第8話 媚酒 サバラン

「お待たせしました(少しかしこまった様子で)」


(フリルの多いブラウスにハイウエストジャンバースカートでお嬢様風の姿)


「変……かしら」


(ぶんぶんと左右に首を降る後輩。必死で褒めようとするも、照れて「可愛いです」としか言えない)


「(小さな声で)か、可愛いって言ってもらえたっ」


(更に小声で「よしっ」とガッツポーズ)


「会社だと、こんなヒラヒラな服、着れないから……でも、本当はこういう洋服も好きなので」


「えっ、似合ってる!? 普段仕事している時のクールな姿も格好いいけど、今日はお姫様みたいって……本当に?」


「そ、そっか。(照れながら)えへへ、ありがとう」


「実はね、今日のお店はレトロアンティークだから、雰囲気を合わせてみようと思ったの」


(シャランと響くドアベル)


「ここだよ。ね、ちょっと貴族のお屋敷の中みたいでしょ」


(気圧され気味で「はい」と頷く後輩)


「あ、でも、別にカジュアルなお店だから緊張しなくて大丈夫だよ。マナーとか、面倒くさいことは言われないから」


「ねっ(いたずらっぽい瞳で見上げる先輩)」


(ドギマギしながら頷く後輩)


「ここのオススメケーキはね、生クリームとフルーツいっぱいのサバランだよ」


「サバランって知ってる? リング型のブリオッシュに洋酒シロップを染み込ませた、ちょっと大人の味のケーキなの」


「ここはね、五十五度のラム酒がた~っぷりなんだって」


「えっ、五十五度って、アルコール度数が高過ぎないですかって、うふふ、心配してくれてるの?」


「大丈夫だよ。量はほんのちょっとだから」


「えっ、私がお酒弱いって……ど、どうしてそれを?」


「ああ、飲み会の時に、って、私、何かやらかしたかな?」


「何にもやらかして無い、よね。んもう、焦っちゃったじゃない〜」


「でも、本当は弱いのに一生懸命みんなに合わせている姿が心配だったなんて……」


「そんなこと言われたら……(顔を赤らめながら)気にかけてくれてたんだね。嬉しい……」


「(真っ直ぐに後輩を見つめながら)ありがとう」


(パタパタと手で顔を仰ぐ)


「な、なんか熱くない? 食べる前から頬が赤くなっちゃったみたい。ふぅ~」


(サバラン到着)


「うわぁ、可愛いケーキ。丸っこくって、クリームとフルーツが飾られていて……なんかちっちゃな王冠みたい」


「じゃぁ、いつもみたいに、先ずはケーキの写真撮影、よろしくね」


(撮影シャッター音)


「見せて、見せて」


「やっぱり美味しそうに撮るねぇ。ラム酒シロップでトロトロになったブリオッシュが、つやつやしてる〜」


「確かに、私はお酒に弱いんだけどね、ほら、こんなにちっちゃいケーキだから」


「流石に、これくらいで酔うことは無いから大丈夫だよ」


「では、早速食べてみますね」


 撮影ボタンを押す音。


「まず最初は、宝石のように散りばめられた果物から。苺はルビー、メロンはエメラルド、ブルーベリーはラピスラズリで、オレンジはシトリン、なーんてね」


「こんな宝石、プレゼントされたら嬉しいよねぇ(後輩をちらり)」


「でも、これは食べられる宝石なので、いただいちゃいます」


「うふ、美味しい」


「次は、ふわふわ生クリームです」


「うわぁ~、しっとり滑らか。もう一口いっちゃおう」


「あ、あれ?」


(ぺろりと口の端を舐める音)


「口の端にクリーム付いちゃった。恥ずかしい〜」 


(もう一度丁寧に唇を舐める音)


「どう? 取れたかな?」


「ん、大丈夫そう? 良かったぁ」


(恥ずかしそうに笑いながら)


「ごめんね。ありがとう」


「じゃあ、いよいよラム酒たっぷりブリオッシュにいくよ」


(フォークで一匙掬う)


「ね、ねっ、聞こえた?」


「ジュワッって。ラム酒がジュワァ〜って染み出す音」


「いただっきまーす」


(ぱくりと口にいれる。もぐもぐと味わう)


「やわらか〜い。シュワシュワ~」


「(小さな声で)思っていた以上にラム酒が効いてる。どうしよう……」


「(更に小声で)でも、美味しいから食べちゃおうっと」


(後輩の心配そうな表情に気づいて)


「ラム酒の香りが口いっぱいに広がって、喉元を熱が駆け降りてく感じです」


(恍惚とした表情でゴクリと飲み込む音)


「ふわ~、余韻が凄い。香ばしいのに甘ったるくて……癖になりそう」


「今日はさぁ……酔っ払っちゃっても、君がいるからいいよね(いたずらっぽい表情で)」


「いざとなったら家まで送ってね。よろしく」


(携帯を落としそうになり慌てる後輩)


「(とても小さな声で)慌ててる。可愛い」


「じゃあ、続きいきまーす」


(嬉しそうにパクパクと食べる音)


「あれ? なんか……」


「ほんとにぽうっとしてきちゃった」


(急に酔いがまわったような口調に)


「なんか、ふわふわしてる〜」


(フォークを皿に置く音)


「ねぇ、君さぁ。私のこと、どう思う?」


(驚いた後輩、撮影を中断)


「私はねぇ、君のこと、だーい好きだよ」


(後輩、遂に携帯を落とす。でも、先輩は気づかずに続ける)


「いつも一生懸命でさ。手が抜けないから時間かかって苦労してて、バカ正直でちょーっと要領悪いところもあるけどさ」


「そんな君だから、信じられるって……そう、思ったの」


「君が頑張ってる姿に、私も元気貰ってるんだよ。いーっぱい」


「そう、いーっぱい!」


「もっといっぱい元気をもらいたいなって、もっと一緒にいられたらいいのになぁって」


「だから、SNS用のカメラマンをお願いしたの」


「そうしたら、一緒にいられるから」


「私のこと……見つめてくれるから……」


「(とても小さな声で)本当はSNSなんて、どうでも良かったんだ。単なる口実」


(ずいっと身を乗り出して)


「ねぇ、私のこと、どう思ってる?」


「はっきり言って欲しいの」


「私のこと……好き?」


(驚きつつもコクリと頷く後輩)


「やり直しっ。ちゃんと声に出して聞かせて」


「私のこと好き?」


「うふふ、もう一度言って」


「ねぇ、もう一回〜」


「うふっ、幸せ」


「今度は、君のこと、食べてあげるからねぇ〜」


(スースーと可愛い寝息をたてはじめる)


「……だぁーい好きだよぉ」


 『媚酒 サバラン』完


【作者より】

 これにて完結です。最後までお付き合いくださいましてありがとうございました。

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先輩から専属カメラマンを頼まれたので一緒にスイーツ店巡りをすることになった 美味しそうに食べる姿を独り占めできて最高に可愛い 涼月 @piyotama

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