第1話 和泉勝利
幼馴染が昔から言っていた。
オリンピックの花形は陸上だって。
その中でも100メートルは別格だって。
自身の身体のみを使って競争し、どちらが速いか、優劣を決める。
すごく単純で原始的な競技。
事実、短距離走は古代オリンピックでも行われていた、由緒正しい種目(当時の競技は約200メートルだったらしいけど)だったらしい。
ルールはその頃からかわってない。ただ一番最初にゴールについた者が勝ち。
なんてわかりやすい競技だと思う。
それは現代においても同じ。
小学生から大人まで沢山の陸上競技会が日本中どこでも行われており、石川県高等学校陸上競技選手権大会。いわゆる高校の県大会が今日、明日、明後日の3日間にかけて開催される。
その花形種目である100メートルは初日の今日に予選。2日目となる明日に準決勝、そして決勝を予定している。
我が七星高校からも三人が出場予定で、そのうちの一人は一年生ながらもなんと優勝候補だ。
その名前は和泉勝利。私の幼馴染でもあり、これまで陸上競技への愛(短距離走への)を囁いてきた張本人でもある。
中学時代に、「100メートルで世界一になるからマネージャーになって支えてくれ」とみんながいる前で告白まがいの勧誘をしてくるような肝の座った男だ。
そして実際に中学では全国No.1スプリンターになるほどの実力の持ち主でもある。
「今日もいい風が吹いてるじゃん」
和泉はグラウンドを眺めながらひとりごちた。
「世界一を目指すスプリンター的には今日も明日も楽勝に勝ちたいところですな」
「また調子に乗って、中学と高校じゃレベルが全然違うと思うよ」
「へっへっへ。持ちタイム的にはかる~く勝てそうだし?本番は北信越大会からかなーなんて思ってたりするんだよな」
おどける和泉をたしなめようとするも全く気にしていない。世界一(予定)のスプリンター様は調子に乗りやすいところが玉に瑕なのだ。
「負けて泣いても知らないからね」
そうは言っても実際問題フライングやその他アクシデントでもない限り、全体の6位に入賞し、続く北信越大会への出場はほぼほぼ間違いなさそうではあるため、自信は慢心ではない。
本人の調子もマネージャー目線的には好調を維持しているように見えた。今日の予選突破は間違いないだろう。
大会はスケジュール通りつつがなく進んでいた。マネージャーの私は出場選手のタイムをとったり出場登録の確認をしたりと他のマネージャーたちと連携をとりながらあくせく働いている。
そのうち100メートルの予選が始まった。予選は全6組。各組上位3名と4位以下でタイム順に6名までが準決勝に進める事になっている。
私は和泉の姿を探した。
いた。
ストレッチをしながら自分の組を待っている。表情は遠くて読めないが少なくともストレッチは真面目にやっているようだ。
「口では舐めたこと言ってたけどちゃんと集中してるじゃんか」
一つ上の先輩マネージャー、上見先輩が語りかけてきた。言っているのは当然和泉のことだ。
「怪我だけはしたくないってよく言ってますからね。だからいつもストレッチは入念にやってますよ。調子も良いとみました」
「さすが。詳しいね。じゃあとりあえず今日は安泰かな」
「オンユアマーク」
最初の組がはじまろうとしている。
「セット」
号砲とともに、8人が飛び出す。
8人ともほぼ横並びで入選した。
速報タイムは10秒94。
予選1組目にしては良いタイムといえる。
予選は2組目に入ろうとしていた。
「今日はグラウンドコンディションが良いからね、記録も期待できそうね」
先輩が言うグラウンドコンディションとは、風や気候などの天候の状態のこと。
大まかにカラカラじゃない程度に晴れて、追い風が吹いていればオッケーだ。
2組目のタイムは11秒04。まあまあのタイムが出ている。
「さて、我らがエース和泉くんはどうかね」
和泉の出場する3組目が始まろうとしている。
ブロックの前で大きく2回ジャンプし、スタートブロックにおさまっていく。少し窮屈そうだがピタリと静止し、飛び出した。
走り出すや否や先頭に躍り出て、抜け出してからは軽く足の回転を緩めてゴールした。
圧倒的に力の違いを見せつけてゴールした。速報タイムは10秒74。予選にしてはいいタイムと言えた。
「流石ね。圧倒的じゃない」
「世界一を自称してるぐらいですからね。これくらいは出してもらわないと」
「とりあえずデビューは成功ということで、楽しみね。明日の決勝は」
翌日行われた決勝は10秒58。2位に0秒30の大差をつけて優勝した。
中学全国No.1が、高校でも大暴れをする。誰しもがそんな姿を想像するデビュー戦となった。
しかし、その翌日に和泉を不幸が襲った。
セカイチ! @chang0731
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