婚約破棄、そして……

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 ──婚約破棄、そして……



 シエナはアシュクロフト領の病院から帝都の城に向かった。


 そこで彼女はウィリアムが何を告げるのかを既に知っていた。


 国家保衛局は既にウィリアムの動向を掴んでいた。彼がアシュクロフト家の財産を奪うために、そして外国が仕組んだイザベルとの婚約のために、シエナとの婚約を正式に破棄するつもりだと。


 シエナは穏やかな気分で城に入り、ウィリアムの待つ場所へ向かった。


「来たか」


 ウィリアムはイザベルを隣にシエナを見た。


「はい、殿下。何の御用でしょうか?」


 シエナはそう尋ねる。


「シエナ・アシュクロフト。お前との婚約を破棄する」


 ウィリアムがそう言い放った。


 全て予定通り。全て計画通り。全ての歯車がかみ合わさり、回転を始める。


 シエナはこのウィリアムとの会談の前にディランとサウスゲート上級大将にクーデターへのゴーサインを出していた。


 クーデターは今日この日に実行される。


「理由をお聞かせ願っても?」


 シエナはそう尋ねる。既に分かり切った質問をして時間を稼ぐ。


「理由などいくらでもある」


 ウィリアムはこれから待つ末路を知らず、居丈高に告げる。


「まずは病弱であること。皇室の一員となるならば心身ともに健康であるべきだ。その点において私にはお前よりずっと相応しい相手がいる」


 ウィリアムはこれで十分だろうとばかりに言葉を切った。


「殿下は私との結婚の意味を理解してそう仰っているのですね」


「ふん。お前との結婚に価値はない。私はそう判断した」


「そうですか」


 シエナはもう何も思い悩むことはないと思った。


「言いたいことはもうないな?」


「ございません。ですが──」


 思わず口角が吊り上がりそうになるのをシエナは抑える。たとえ将来の愚帝だとしても彼も人間だ。その死を楽しんではいけない。


「それならば、あなたには死んでいただきます、ウィリアム皇子」


 こうして『6月26日の惨劇』が始まった。


「で、殿下! 軍が城に向かっています!」


「何だと」


 サウスゲート上級大将が帝都軍管区司令官イーストランド大将を経由して、帝都内の陸軍部隊に命令を発した。


 その命令は帝都に至る街道全ての封鎖。宮廷貴族の屋敷の制圧と宮廷貴族の身柄の拘束。そして城において皇族全員の身柄を拘束することだ。


「全部隊、行動開始だ。速やかに目標を制圧せよ!」


 このサウスゲート上級大将の命令で次々に宮廷貴族たちが拘束され、抵抗すればその場で射殺された。


 内務省では国家憲兵隊も陸軍の作戦を補助し、国家保衛局は逃亡を試みていた皇族や宮廷貴族を一斉に拘束する。


「陸軍の部隊がこちらに向かっています! 殿下、お逃げください!」


「クソ、クソ! お前の仕業か、シエナ!」


 侍従が叫ぶのにウィリアムがそう叫んだ。


「皇族として誇り高い死を迎えられるといいでしょう」


「おのれ……!」


 その間に城に陸軍が突入してくる。皇族を守るための近衛師団は直前になってアイゼンバーグ中将が国家反逆の共謀の疑いで国家保衛局に拘束され、命令がないまま動けず、クーデター部隊によって武装解除されてしまった。


「ウィリアム! そこから動くな!」


 ウィリアムはイザベルとともに使用人の恰好をして逃げようとしたところを拘束された。彼らは使用人の服の下に大量の宝石を隠しており、その様子を見た陸軍将兵は国民が飢えている中でこんな格好のウィリアムたちに嫌悪を抱いた。


 拘束された皇帝を含めた皇族と宮廷貴族は軍刑務所に収容された。


 豪華な衣服を剥がされ、囚人服を着せられた彼らを陸軍の兵士たちが見張る中、クーデターは確実に成功へと向かった。


「ここに救国評議会を設置します」


 シエナは城でそう宣言する。


 一時的な統治組織である救国評議会には予定通りシエナ、ディラン、サウスゲート上級大将が指導者として名を連ねた。


 救国評議会はそのまま全土に戒厳令を宣言し、その戒厳令の中で軍法会議に皇族と宮廷貴族とその家族をかけた。


「被告人ウィリアムは外国勢力の陰謀に加担し、これは国家反逆のそれであり──」


 その被告のほとんどに下った判決は死刑。


 その後、戒厳令の中で国民投票が実施され、皇室の廃止が決定された。国民は熱狂的にシエナが示した共和制を支持した。皇室と婚姻関係にあった諸外国は異論を唱えたものの、軍事介入は至らなかった。


 それによって刑は速やかに執行されることとなる。


 帝都の広場に断頭台が設置され、囚人服の皇族や宮廷貴族が連行されてくる。ほとんどの皇族は自らの死を受け入れ、最後は誇り高い皇族として最期を迎えようと、抵抗することなく斬首されていく。


「嫌だ! 死にたくない! やめろ!」


 だが、宮廷貴族はそうでもなく、みっともなく命乞いをし、泣き叫び、抵抗した。しかし、死刑執行人はその程度のことは気にせず、彼らは斬首された。


「ウィリアム殿下! 助けて! 死にたくない!」


 イザベルもまた斬首された。彼女は断頭台の上に載せられる前に髪をほとんど切られた哀れな姿のまま泣き叫んで抵抗した。ギロチンの刃がその叫びを終わらせるまでみっともなく叫んだ。


「ふん。さっさとやれ。見世物にはならんぞ」


 ウィリアムはそう言ったが、シエナが死刑の場に現れると動揺した。


「シエナ。これがお前の復讐か?」


「いいえ。私は身を守っただけです。残念ですよ、殿下」


「呪われろ」


 ウィリアムはそう吐き捨て、そして刃が彼の首を刎ね飛ばす。


 皇帝も、皇族も、宮廷貴族たちも皆が断頭台に消えた。


 それからイーサンが帝都を訪れたのだった。


「シエナ。ついにやってしまったのだね……」


「ええ。後悔はしていません。後はお父様次第です」


「分かっている。最善を尽くそう」


 イーサンによる財政立てなおしが開始され、帝国の財政は急速に回復した。


 しかし、シエナはそれを最後まで見届けることはなかった。



「皇帝陛下万歳!」



 王党派の青年がシエナが病院に戻ろうとしたところを刺したのだ。青年はその場で取り押さえられたが、シエナは血の海に沈んだ。


「シエナ嬢! 急いで病院へ!」


 意識がもうろうとする中、シエナは病院に運ばれた。だが、主要な血管が引き裂かれており、いくら止血しようとしても、血があふれ出てきて止まらない。このままでは出血性ショックで死亡する。


「君がこうなってしまって本当に悲しい」


 ラルヴァンダードは病院で絶望的な手当てを受けるシエナを見て言う。


「残念ではあります。ですが──」


 シエナは青ざめた表情で笑う。




「とても満足しました」




 そして、帝国は共和国となり、これからは定められた血筋ではなく、国民の意志が指導者を決定するようになった。


 初代大統領には財政立て直しに貢献し、国民からの絶大な信認を得たイーサン・アシュクロフトが就任。


 彼の治世で共和国は穏やかな平和を享受した。


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病室の悪魔、反逆令嬢シエナ・アシュクロフト 第616特別情報大隊 @616SiB

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