病室からの反乱

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 ──病室からの反乱



 イーサンもおかしいとは思っていた。


 シエナが領地に戻ってきたとき、疲労困憊な上に体を崩していた彼女を見て、イーサンもショックを受けた。彼女が暫く屋敷で休みたいと言ったときには、ウィリアムとの婚約のことなど忘れて受け入れた。


 それからディランやサウスゲート上級大将が屋敷を訪れるのも、帝都で何かあったのだろうとばかり思っていた。


 だが、あれからもう暫く経つのに屋敷には陸軍の軍人が出入りしている。同じ将校で名前はラッチェンス大佐という将校だ。


 明らかに娘の見舞いに来るような人間ではない。参謀本部か、あるいは情報部勤務と思われる寡黙で、頭の切れそうな男だった。


 実際に陸軍に問い合わせればラッチェンス大佐は陸軍情報部の人間だった。


「何故情報部の将校が屋敷に出入りしているのだ?」


 まるで理由が分からなかったイーサンだが、彼も聡明なシエナの父だ。状況証拠を集めていくことでひとつの結論に達した。


「シエナ」


「お父様。どうされましたか?」


「お前はウィリアム皇子への報復を考えているのか?」


 そう、シエナがウィリアムを含めた皇室と宮廷貴族たちへの陰謀を画策しているということにイーサンは気づいたのだ。


「仮にそうだとしたら、どうなさいますか?」


「軍や国家保衛局を使ってクーデターでも起こすつもりか? そんなことをしても我々には何の意味もない。皇室に代わる新たな暴君が誕生するだけだ」


「かもしれません。私は権力を一時的に分散させますが、いずれ軍と内務省は権力を巡って衝突するでしょう。内戦になるか、別のクーデターが起きるかです」


 暴力で手に入れた権力は暴力で奪われるとシエナは言った。


「それが分かっていて、何故だ?」


「我々の破滅を避けるため、です」


 イーサンの問いにシエナが語り始める。


「これを見てください。皇室は近いうちに司法権を自分たちのものとします。その上で皇室はアシュクロフト家の財産を没収するという行為に出るでしょう。私たちの育ってきたこの領地が奪われるのです」


「まさか……」


 シエナがイーサンに見せたのは国家保衛局が盗聴したウィリアムと宮廷貴族たちの企ての様子だ。司法権をまず皇室が得て、そして司法による妨害を防いだうえでアシュクロフト家の財産を没収する企ての様子が移しとられている。


「戦うしかないのです、お父様。ですが、王殺しの汚名は私が負いましょう。お父様には国を立て直すことだけに集中してくだされば結構です」


「そんなことを認められるか。クーデターだの反乱だのの企ては、軍が勝手にやっていればいいのだ。お前がそれにかかわる必要はない」


 イーサンはそう言ってシエナを抱きしめる。


「馬鹿なことをするな。お前には未来がある」


「駄目です、お父様。もう止められないのです。全ては動きだしていて、そこら中に私の痕跡がある。それにゴールドストーン閣下も、サウスゲート上級大将閣下も、私が言ったから決断したのです」


 だから、今になって投げ出すわけにはいかないとシエナは静かに語った。


「知ったことか。彼らは彼らで利益になるから企てに乗ったのだ。お前はそれに責任を負う必要などない。連中のことなど放っておけ」


 イーサンはそういうとどうやって娘を一連の企てから引きはがすかを考え始めた。


 海外に亡命することが一番に頭に浮かんだ。だが、そうなれば別の問題が浮上することを彼は知っていた。そう、請求権と戦争の問題。イーサンも貴族なのであり、その点は思慮深かった。


「暫くお前を入院させておこう。これ以上関わるべきではない」


 イーサンはそう言い、自分で何かしらの手を打つ間、シエナを領地の病院に入院させておくことにしたのだった。


 シエナはまた病院に戻り、病室に籠ることになった。


「彼は過保護だね」


「お父様なりの愛なのです」


 ラルヴァンダードがそう愚痴るのにシエナが微笑んでみせた。


「しかし、クーデター計画は今も進行中だ。今さら止められない。大勢が計画に関わり、それぞれの利害が既に絡んでいる。彼らは君なしでも強行するかもしれないが、君がいなければ成功しない」


「ええ。今さら手を引く気はありませんし、手は打ってあります。お父様がこういう手段に出ることは想定済みです」


 すると、シエナの病室に医師と看護師が入ってきた。


「シエナ嬢。体調はいかがですかな?」


「今は特に問題はありません」


「それはよかった。それからからのお手紙を預かっています。どうぞ」


「ありがとうございます、先生」


 いつの間にかこの病院の医師と看護師の一部が、国家保衛局の捜査官や軍病院の人間に入れ替わっていたことにイーサンは気づいていなかった。


「近衛師団師団長アイゼンバーグ中将のご子息を国家保衛局が確保したようです。これで近衛師団を機能不全に陥らせる第一歩となりました」


「的確に相手の戦力を削いでいこう。それから重要なのは世論の支持は得ておくということ。銃剣で王座は作れても、いつまでもそれに座ってはいられない。王座は座り心地のいいものの方がいい」


「反皇室キャンペーンは今も続いています。そろそろ司法権の簒奪の件も漏洩させるべきでしょうね。法曹関係者は貴族ばかりでなく、平民もいます。彼らはこのことに危機感を覚えることでしょう」


「君はこうして病室から陰謀の糸をつむぐわけだ」


 シエナが指示を出す手紙を書くのを見て、ラルヴァンダードはそう笑った。


 シエナの指示でウィリアムたちが司法権を皇室のものとしようとしていることが暴露され、新聞社が相次いで報じる。シエナの予想通り法曹関係者たちが危機感を持ち、反皇室キャンペーンに加わる。


 内務省、陸軍に続いてブルジョワ層が反皇室となった。


「問題はクーデター後の権力の配分ですね」


「君は地位に就くのかい?」


「王殺しは私が引き受けるのですから、そうなります。一時的に私とゴールドストーン閣下、サウスゲート上級大将閣下の三頭体制トロイカを形成、そこから命令で一連の粛清を行うつもりです」


「君は権力に飢えた陸軍の将軍を押さえられるかな?」


「サウスゲート上級大将閣下が権力を握るには、私を味方に付けるか、ゴールドストーン閣下を味方に付けるかしなければいけません。私は味方にならないし、ゴールドストーン閣下もサウスゲート上級大将閣下を警戒している」


「それが危ういバランスだということは君自身がもっとも理解しているよね」


「だから、お父様の力を借りなければいけないのです」


 シエナの影でイーサンが財政において大きな権力を握れば、ディランもサウスゲート上級大将も、迂闊に動けなくなる。彼らには経済を立て直す能力はないのだから。


「いずれ民はお父様を新しい皇帝として崇めるでしょう。そうなれば私の勝ちです」


 シエナはラルヴァンダードにそう微笑んだ。


「君のその自己犠牲が報われることを祈るよ」


 ラルヴァンダードはそう言うのみ。


 それから全ての手筈がほぼ整った日。


 ウィリアムがシエナを帝都に呼び出した。


……………………

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