陸軍参謀総長
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──陸軍参謀総長
シエナの下にサウスゲート上級大将がやってきたのは、ディランが約束したように3日以内のことであった。
「ようこそいらっしゃいました、閣下」
「陸軍参謀総長を呼び出すとは大したお嬢さんだ」
サウスゲート上級大将は少しばかり不満そうにシエナとティーテーブルを挟んで向かい合っていた。陸軍の重鎮であり、力ある自分からこの場所に来なければならなかったことが不満なのだろう。
「閣下は前にもこの屋敷を訪れていらっしゃいますね。そのときには目的は果たせなかったようですが」
「ああ。君の御父上に国を救ってほしかったのだがね。あいにく断られた。あれから状況が少しは変わったのだろうか?」
「いいえ。より悪化しました」
「そうか……」
サウスゲート上級大将がどのような人物なのかも国家保衛局を使って調べている。
サウスゲート上級大将は陸軍こそ全てであり、国家に陸軍が奉仕するのではなく、陸軍に国家が奉仕すべきと考えている人間だ。
皇室に対しても敬意は欠けているし、何なら自分が皇帝に代わって指導者になってもいいと思っているぐらいである。
「陸軍は大変な状況にあると聞きましたが」
「そうだ。兵士に給与は満足に支払われず、装備はぼろぼろ。誰もが不満を持っている。反乱こそまだ起きていないが、これでは反乱も時間の問題だろう。全く以て、これまでにないほどに酷い状況だ」
「その原因は理解されているのでしょう?」
「……私に何を言わせたいのだ、シエナ嬢?」
サウスゲート上級大将は警戒の視線をシエナに向ける。
皇室のスキャンダルが連続したことで皇室と宮廷貴族たちが疑心暗鬼になったように、サウスゲート上級大将も自分が嵌められる可能性を恐れていた。
「閣下のお力をお借りしたいのです。私は帝国のために必要なことを成し、そして閣下の陸軍と救国の英雄という栄誉を分かち合いたいのです」
「救国の英雄と来たか……」
この段階でサウスゲート上級大将が想定したのは皇帝のために奸臣たる宮廷貴族たちを一掃するというものであった。
「ええ。英雄です。古代において王とは英雄であり、シンプルな武力こそが権力そのものでした。私は古い時代のそのような慣習を今一度再現するべきかと思っています。そして、力なきものには退場してもらいましょう」
「まさか」
「ええ。私はクーデターを計画しています。それによって皇室を廃止するつもりです」
シエナはサウスゲート上級大将にそう明かした。
「本気でそれを考えているのか?」
「本気です。もし、閣下にご協力いただけるのならば、ことを成したあとの地位はお約束しましょう。いかがですか?」
「ふむ。惹かれるものがないと言えば嘘になる」
やはりサウスゲート上級大将は皇室に敬意など抱いていないし、その必要性もないと思っている。彼が皇室に表立って敵対しないのは、それが陸軍のためになり、自分のためになるからに保管らないのだ。
「宮廷貴族たちは閣下に元帥杖を授けることにも反対していると聞きました。由々しきことです。我々はそれを解決しなければなりません」
「確かに」
純粋に国のためを思っているディランと違ってサウスゲート上級大将にはその軍人というキャリアにおける栄光を提示した方がいい。この老人は未だに英雄というものに憧れているタイプだ。
シエナは巧みにサウスゲート上級大将の心を揺さぶり、引き入れていった。
「しかし、だ、シエナ嬢。陸軍には君の考えていることに反対する人間もいる。そういう人間を押さえなければ内戦になってしまう」
「ご心配なく。閣下のご協力があれば我々の協力者が適切に処理するでしょう」
「国家保衛局か?」
「その点はご想像にお任せします」
シエナは決して既に自分が国家保衛局で実権を握っているとは言わなかった。
「ふむ。陸軍の分裂を防ぎながら、
「今はまだ無理です。しかし、状況は適切に把握しております」
「このアシュクロフト領と帝都のタイムラグも含めてかね?」
「ええ」
サウスゲート上級大将はそれを聞いて疑問に思った。
情報のラグは軍の指揮官がもっとも嫌うものだ。少しの情報の遅れが決断を誤らせ、軍を敗北に導くのかを彼は知っている。
だが、とサウスゲート上級大将は思う。
もし、一連の事件──首飾り汚職事件や新聞社による反皇室キャンペーンを裏で糸を引いていたのが、このシエナだとすれば……。
彼女は目隠しをしてチェスをして、そして勝っている。
「なるほど。大した策略家のようだ。手を組むに値する」
サウスゲート上級大将は目を細めてそう言った。
「では、こちらとしてまず達成すべきことを示そう」
「お願いします」
「まず帝都軍管区司令官のイーストランド大将を味方につける。あの男が味方に付けば、クーデターを妨害されることはまずない。それから近衛師団師団長のアイゼンバーグ中将だが、こいつはまず味方にはならない」
「アイゼンバーグ中将はこちらで処理しましょう」
「頼む。軍隊というのは司令官がいなくなれば烏合の衆となる。命令なく勝手に動けば軍法会議だからな。そういう意味では、このクーデターで重要なのはヘビの首を切り落とすことだ」
「参考になります、閣下」
「大いに参考にしてくれ。国家憲兵隊の方は任せていいのか?」
「問題ありませんよ」
なるほど。国家保衛局が推定だが友軍なら、内務省隷下の国家憲兵隊も同様かとサウスゲート上級大将は思った。
「では、近いうちに連絡将校でも派遣しておこう」
「助かります」
それからサウスゲート上級大将はイーサンに挨拶したのちに屋敷を去った。
「ある独裁者は言った。政権は銃口から生まれる、と。武力なくして権力は生まれないというわけだ。そういう意味では軍は真っ先に味方に付けなければならない」
ラルヴァンダードは屋敷から馬車で去っていくサウスゲート上級大将を窓から見ながら、そうシエナに向けて語った。
「そうですね。軍隊と治安組織はこうして私の味方になりました。後はサウスゲート上級大将も言っていたように、ヘビの首を切り落とし、本格的に今の政権を崩壊させる。銃口から政権が生まれるならば、ライフルをなくした政権は?」
「崩壊する」
シエナの言葉にラルヴァンダードが怪しげに微笑む。
「皇室の歴史も何も、これでデッドエンドだ。結局のところ、彼らも他も人間より多くのライフルを持っていたから政権を握っていたにすぎない。そこに絶対に他の人間に代替できない希少価値など存在しない」
ラルヴァンダードはそう語り、シエナのベッドに腰かける。
「その通りですね。だが、そう考えない人間がいることも考慮しておきましょう。近衛師団などはサウスゲート上級大将が言ったように問題になるでしょう。彼らを無力化しなければなりません」
「君はどの程度の流血を許容するつもりだい?」
「そうですね──」
シエナが告げる。
「血は多ければ多いほどいいでしょう」
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