秘密警察
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──秘密警察
国家保衛局は内務省の傘下にある秘密警察だ。
政治犯やスパイの摘発を行う組織であり、これまでは皇帝を頂点とする帝国の体制を維持するために仕事をしてきていた。
しかし、そこに変化が生じている。
「皇族の監視を……?」
「そうだ。皇族の中に最近外国と取引をしている人間がいるとのことだ」
国家保衛局に勤める将校が疑問を口にするのに、国家保衛局局長のエリオット・ホワイト国家憲兵隊中将がそう返した。国家保衛局は主に国家憲兵隊の将兵によって運用されている。
「我々はあらゆる脅威に備えなくてはならない。国を裏切るのが、皇族以外の人間だけだと決まったわけではないのだ」
「了解」
国家保衛局は皇族や宮廷貴族たちについて盗聴や手紙の検閲、尾行などの監視を始めていた。そして、判明したのは国民が重税に苦しむ中でも、何不自由なく優雅に暮らしている彼らの現状であった。
彼らは金の心配などせず、豪華な夜会に明け暮れていた。
「忌々しい連中だ」
「国民を何だと思っている」
国家保衛局の将兵たちの中に皇族と宮廷貴族に対する不満が募る。
そう、これも目的のひとつであった。国家保衛局という皇帝を頂点とする国体維持の牙城を切り崩すことが。
このような監視で国家保衛局が集めた情報は密かに国家保衛局内の金庫に保管されるほか、とある場所に密かに運ばれていた。
それはアシュクロフト家の領地。そこにあるシエナが暮らす屋敷だ。
「粛清のリストはできたかい、シエナ?」
「ええ。それぞれの罪がここに記載されています」
ラルヴァンダードが愉快そうに尋ねるのにシエナが微笑んで答える。
シエナが集めた皇族や宮廷貴族の汚職のリストは彼女がそれらの人間を粛正するために使われるのだ。
シエナはただ皇族だから、宮廷貴族だからという理由で彼らを殺すつもりはなかった。それはただの短絡的な暴君の所業であり、国民は納得しないだろう。
シエナは彼らをちゃんと裁判にかけ、合法的に処刑するつもりである。
「それから彼らが私たちの企てに気づていないか、把握し続けないといけません。国家保衛局と内務省が私たちの側に立ったとしても、彼らは事前に企てに気づく可能性はゼロではありませんから」
シエナはウィリアムと半ば喧嘩別れする形で領地に戻り、父イーサンは再び皇帝と皇室への協力を拒み始めた。そのような不穏な動きを見せるシエナたちを、ウィリアムたちが見張っている可能性はある。
「君は聡明で、血に飢えている。上手くやるだろう。もちろん彼らの気を引く別の事件も考えてあるのだろう?」
「そうですね。ちょうどいい情報が来ました。これを使って彼らを私たちを見張っているような場合ではなくさせましょう」
シエナはそういうとある情報を使って工作を始動した。
それは国家保衛局が掴んだウィリアム皇子の妹アン皇女が行おうとしている愚行についての情報である。
アンはこの財政危機のときにおいて海外からあまりに高価な首飾りを購入しようとしていた。その資金作りのためにアンは皇室図書館の館長と結託して、大体国に伝わる古文書を売却しようとしていたのだ。
シエナは掴んだこの情報を密かに新聞社に送り、新聞社は大々的にこれを報じた。しかも、新聞社たちは声を揃えたかのように、そのまま反皇室キャンペーンを展開し始めたのである。
「皇室は今も贅沢に暮らしている!」
「我々は飢えているのに!」
「国の宝を売って、首飾りなどを買うのか!」
皇室は激しい攻撃にさらされ、アンと皇室図書館館長は取引を中止したものの、文化財を勝手に売却しようとしたとして、文化財法違反で告訴された。
しかし、妹のアンを捜査していた警察と検察にウィリアムを始めとする皇族が圧力をかけ、捜査は中止された。その情報は国家保衛局がしっかりと掴んだ。
このことも報道され、皇室は法律すらも守らないと反皇室キャンペーンは激化した。
「どこから情報が漏れたというのだ?」
ウィリアムたちは自分たちが、自分たちを守るはずの国家保衛局が自分たちを見張っているとも知らず、誰かが情報を漏らしたのだろうと疑心暗鬼になり始めた。
「宮廷貴族が情報を流した」
「他の皇族が身内を売った」
そのような噂が宮廷に流れるようになり、誰もが密告を恐れた。
ウィリアムも自分には敵がいることを知っていたので警戒していた。彼は皇帝が考えた財政立て直しの一手であったアシュクロフト家との婚姻をほぼ破談にしている。そのことで誰かに恨まれていたとしても不思議ではない。
「ウィリアム殿下。何やら宮廷が騒がしいようですね」
「イザベル」
不安そうな表情で現れたのはウィリアムが狩猟大会で出会った宮廷貴族の娘であり、シエナに注がなかった愛を注いだ相手たるイザベルだ。
彼女が現れるのにウィリアムはすぐに彼女の下に行き、彼女を抱きしめた。
「何も心配することはない。今は無暗に騒ぐ輩がいるだけだ。直に落ち着くだろう。そう、皇帝陛下や俺が今の財政危機とやらを解決すれば、民衆は反省し、再び俺たちに首を垂れるだろう」
「そうであるのならばいいのですが……」
イザベルはウィリアムの胸の中でそう呟いた。
そのイザベルについても国家保衛局は捜査を進めており、ある事実が判明していた。
「それは本当なのですか?」
アシュクロフト家の屋敷を訪れていたディランが思わずそう尋ねる。
「ええ。イザベルの父グレイソンは国外の情報機関と繋がっており、娘のイザベルもまた同様。彼らはスパイですよ」
シエナはそんなディランにベッドの上からそう告げた。
「この国を内部から崩壊させようという企てですね。そろそろお気持ちは決まったでしょうか、ゴールドストーン閣下?」
「まさか腐敗が本当にここまで進んでいたとは……」
ディランはそう言って呻き、シエナの赤い瞳を見つめる。
「国を救いたいと、そう仰ったのは閣下ですよ。私と父はこのまま亡命してもいいのです。それでもこの国に残っているのは、あなたとの約束があるからです。我々がことを成さなければ、腐敗は進み、帝国は崩れ落ちる」
「しかし、あなたの御父上はあなたが想定しているような手法で権力を得たとしても、そのような権力には協力しないと言っているのではありませんでしたか? サウスゲート上級大将もそのように言っていましたが」
「愛する娘が助けてくれと言えば、お父様は力を貸してくださいます」
「そうですか」
こともなげにシエナが言うのにディランは思わずうなりそうになった。
この娘はどこでこんな芸当を身に着けたんだろうか? とそう思わざるえなかったのだ。彼女はその年齢早々の女性には目えず、ディランが相手にしてきた老獪な貴族たちよりも、さらに狡猾であるように見えた。
何より貴族たちが自由に行動した上で陰謀を成すのに対して、あの首飾りにまつわる事件も、続く反皇室キャンペーンも、シエナはベッドから動くことなく成し遂げている。
自分の前にいるのは本当に自分の知っている存在なのか──。
「閣下。どうかサウスゲート上級大将をこの屋敷に」
「分かりました。3日以内に」
「お願いします」
……………………
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