内務大臣との会談
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──内務大臣との会談
シエナがディランと面会したのはすぐだった。
「どうぞ、お掛けになってください、シエナ嬢」
ディランは快く面談を受け入れてくれ、シエナは内務大臣応接室に通された。
「話というのは?」
「宮廷内でいささかきな臭い話が持ち上がっています」
「……ほう?」
シエナが告げるのにディランは興味を示す。
「ウィリアム殿下は私との婚約を破棄するおつもりのようなのです」
「何と。あの方はことの重大性をここに来ても理解しておられぬのか」
信じられないというリアクションをディランが見せる。
彼は当然皇帝がどうやって財政危機を乗り越えようとしているかを知っていた。ウィリアムとシエナが結婚することで、アシュクロフト家を皇室に取り込み、イーサンの知識と彼の財産を利用するつもりなのだと。
しかし、その計画をよりによって皇帝の息子であるウィリアムが台無しにしようとしている。ディランには本当に信じられないようなことであった。
「ウィリアム殿下は別の女性を選ばれたのですよ、大臣閣下。イザベル・セイヤーズという宮廷貴族の娘です。調べて見られるといいでしょう」
「……そうしましょう。あなたはこれからどうなさるのですか?」
「領地に戻ります。父にこのことを伝えなければなりませんから」
シエナがそう言うのにディランの表情が険しさを増した。
イーサンがこのことを知れば、激怒するだろう。財政危機に加えて国内の有力な大貴族が皇室から離れるというのは痛手以外のなにものでもない。
「ご安心を。父には私とともに国外に亡命を進めるつもりです。ウィリアム殿下は私を手放したとしても、アシュクロフト家の財産は手放さないつもりでしょう。そうなれば、父にも危害が及びかねませんので」
「それは……!」
だが、状況はディランの想像を超えて悪かった。
もはやシエナはウィリアムを含めた皇室を敵と見做している。その上で父イーサンに国外に亡命を進めるつもりだ。
それが意味するのは帝国の莫大な資産の海外への流出だけでなく、国外の王族や貴族がアシュクロフト家と婚姻を結ぶことで、アシュクロフト家の領地への、帝国の領土への請求権を得ることに繋がる。
つまり、その国は帝国に対する宣戦布告の条件を満たすのだ。
そうなれば最悪だ。財政危機で軍は機能不全に陥りかけていると言うのに!
「シエナ嬢……! 帝国を見捨てるおつもりか……!?」
「いいえ、閣下。帝国が私たちを見捨てたのです」
悲し気なシエナのその言葉にディランは沸き起こったシエナへの怒りが一瞬で覚め、沈黙するしかなくなってしまった。
「ですが、もし閣下が私に協力してくださるのであれば、私は父に伝える言葉を変えましょう。帝国に留まることを父に促しましょう」
「協力とは……」
「閣下の指揮下にある内務省の、その傘下にある国家保衛局を私にお貸しください」
「国家保衛局を……」
このときシエナの隣にはラルヴァンダードがいた。
「民衆に選ばれたわけではない独裁者は常に秘密警察を有していた。情報は黄金より価値がある。ましてそれが自分の敵の情報ならば」
ラルヴァンダードがシエナにささやく。
「そして、敵対者が行動する前に潰せれば、独裁者の体制は続く」
独裁者は常に身内に殺されてきた。カエサルがそうであったように、ネロがそうであったように、ムッソリーニやチャウチェスクがそうであったように。
「ロシアという国は特にこの手の仕事を行う秘密警察が好きだ。イヴァン雷帝のオプリーチニキ。ニコライ1世の皇帝官房第三部。レーニンのチェーカー。スターリンの
ロシア人は帝政ロシアの時代からソ連を経てロシア連邦に至るまで、自分たちが望んだ指導者が地位に就いたことがないからとラルヴァンダード。
「皇帝も国家保衛局という秘密警察に守られている。君はそれを奪い、自分のものとするんだ。そして、その刃を皇帝と皇室と宮廷貴族に向ける」
だから、君は国家保衛局を手に入れなければならない。
「閣下。国家保衛局への指揮権を私に。そうしなければ私は父に帝国を見捨てるよう促します。父はそれを受け入れるでしょう」
シエナの言葉にディランは苦悩していた。
国家保衛局をシエナに渡して、何が起きるのか分からない。
「閣下。皇室の心配をしておられますか?」
「それは、もちろん……」
「今の帝国にとっての最大の敵とは何ですか?」
答えに詰まるディランにシエナがそう尋ねる。
「国庫の富を食いつぶし、財政を改善するはずであった方法も拒否し、差し出された救いの手も跳ねのけた。それは一体誰ですか?」
シエナがそう問いかけ続けるのにディランの表情は緊張を増す。
「仮に彼らがいなくとも、この国の国民と領土さえあれば、この国は存続します。むしろそうしなければ存続できないでしょう」
シエナは皇室を排除するつもりだった。
もはや彼らは何の意味もない存在どころか、この国にとって負債に成り下がっている。歴史や権威ということを鑑みても、彼らをこれまで通り存続させることへの意味は見いだせない。
「しかし……」
「いいですか。我々がやらなければ、軍が反乱を起こして行うこともあり得るのですよ。その場合、あなたの身も危ない。軍の将兵たちは他の宮廷貴族とあなたを区別することはしないでしょう」
躊躇うディランにシエナがそう説き伏せる。
「ですが、私の企てに参加してくださるのならば、あなたの身の安全と財産、地位は保証しましょう。あなたは救国の英雄として讃えられるのです」
シエナはそう小さく笑って言う。
「ああ。なんということだ」
ディランは頭を抱えると、俯いて何やら考え込んだ。
考えているのは、これから先のことである。
皇室を打倒するというシエナの考えは、ある意味短絡的だ。しかし、現状では比較的ベターな答えだとも言えた。
財政をここまで悪化させたのは皇室の無計画さにあり、それに加えて全てを解決するはずだった提案を、ウィリアムは踏み躙ったのだ。ウィリアムはアシュクロフト家の機嫌を取るどころか、その顔に泥をぶちまけている。
だが、皇室は海外の王室とも手を結んでいる。婚姻によって結ばれた王族のネットワークだ。それがあるが故に下手に皇室を潰せば、海外に介入する口実を与えかねないということもあった。
ディランはどうしていいのか分からず、頭を悩ませる。
「他国の介入について責任が皇室にあるということをはっきりと内外に示すつもりです。国民に財政悪化に至るまでの過程を示し、その上で皇室を維持するかどうかを投票で決めます。恐らく国民はこんな皇室を望まない」
「それだけで他国の軍事介入は防げると?」
「むろん完全には防げないでしょう。ですが、国民が自分たちの手で決めることによって、新しい体制に国民の協力を求めることができます。つまりは国民を兵力として動員することが可能になるのです。それは抑止力なるでしょう」
シエナのその指摘にディランは思いもよらなかったという顔をする。
国民の権利を向上させることで、国民に新しい義務を背負ってもらう。そういうことだ。シエナはただ皇室を憎んで、皇室を潰すためだけにクーデターを画策しているのではない。彼女は革命を起こすつもりだとディランは気づいた。
「なるほど。理解できました。それであれば──」
ディランは覚悟を決めた。
「あなたの企てに私を参加させてください」
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