朝のコクーン内で使命を達成しようとする下界のファルシをパージせよ
祐里(猫部)
ファルシのルシがコクーンでパージ
七月のある朝、私は駅のホームで通勤電車を待っていた。いつもと同じ時刻に到着する電車を、いつもと同じ場所で。他に待つ人たちもきっと、いつもと同じ面々だろう。
その日は朝から厳しい日差しが降り注いでいた。暑いなぁと思いながら、電車を待つ。
遅延などもなく目の前に電車が滑り込んでくる。乗り込むと空席がぽつぽつとあり、そのうちの一つに腰を下ろしながら「よし、今日も座れた」と思う。私は夏目漱石の『こころ』を続きから読もうと、栞を挟んでいる文庫本のページを開いた。
ふと、左すねにちくっとした痛みを覚える。が、すぐに消えたため、特に気にせず文庫本から目を離すことはなかった。それから五分ほど経ち、今度はもっと強烈に同じ箇所に痛みが走った。何だろうと思い、デニム生地に包まれた自分の左足を見てみると、大きな蝉が止まっているではないか。
大声を出したい衝動に駆られたが、私も和を乱すことを嫌う日本人の一人だ。仕方なくデニム生地をつまんで皮膚から浮かせ、蝉が樹液――人間だから血液なのだが――を吸おうとするのを防いでいた。私のおかしな姿勢に、周囲の人たちの視線が刺さる。「あっ(察し)」という、彼らの心の声も聞こえてきそうだ。次の駅に到着するまでの辛抱だと、私は何度も自分に言い聞かせなければならなかった。
幸い、蝉は鳴いたりせず、静かに私の左すねに留まっている。次の駅に到着するや否や、私はさっと席を立ってホームへ降り立った。せっかく座れたのにと思いながら。その甲斐あってか、蝉は私の左すねからすぐに電車とは逆の方向に飛び立っていった。ここでは樹液を吸えないと判断してのことだったのかもしれない。
私は安心し、元の車両に乗り込んだ。「蝉はもう飛び立ちました」と大声でアナウンスしたい気分だったが、当然そのようなことはせず、大人しくつり革に掴まった。もしかしたら周囲の人たちの善意で席がそのままになっているかもと思ったが、そんな期待は即刻、水泡に帰した。
仕方ない、安寧のためには多少の犠牲は付き物――
ジジジッ! ジジジジイイイィーー!!
同じ車両内の二メートルほど離れた場所で、今度は別の蝉が暴れ始めた。周囲の人たちの視線がまた私に刺さる。「オマエ、蝉逃がしたんじゃなかったんか……」という声が聞こえてきそうだ。
「私じゃない! 私は逃がしたからあああ!!」
と心の中で叫びながら、次の駅までの地獄の時間を過ごした。
私、蝉、嫌い(泣)。
朝のコクーン内で使命を達成しようとする下界のファルシをパージせよ 祐里(猫部) @yukie_miumiu
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