第2話 宅飲み配信

 世の中には宅飲みという文化がある。

 それは常闇之神社でも同じであり、彼らはその様子自体を配信したら面白いんじゃないか——と昼間話していた。

 プライベートの何もかもを見せびらかすつもりはもちろんないが、自分たちは知られることによってその力を増す妖怪である。一つのサブカルチャーとしては恐るべき速度で浸透し、拡散した配信というのは、妖怪にとって最高のものだろう。


「充電器セットよし、サブカメラのGoProはなぜか電源がつきません!」


 配信画面にデカデカと映ったラヰカが、そんな心底どうでもいい近況報告をする。

 画面に映るのは常闇之神社の居間。神使たちがくつろいでおり、すでに宅にはツマミと酒が並んでいる。


「乱暴に扱うからへそ曲げたんじゃないの」

「竜胆みたいに?」

「僕は別にへそ曲げてないだろ」


 と、コメントがちらほら流れてくる。


 がしゃどくろ:神使勢揃いや

 きゅうび:がしゃどくろ兄貴早っ

 だいてんぐ:宴会場みたいだなあ

 ユッキー☆:これを社務所というのはちょっと無理があるのでは?


 ラヰカはヒラヒラ手を振って、コメントに応じた。

 ウイスキーをソルティライチで割ったものを、ラヰカは手にしていた。


「今日は本当に……雑談オブ雑談。いつも以上に雑談」


「今時は便利よねえ……まじで配信とか昔考えらんなかったもん」


 万里恵がお腹を撫でながら言った。彼女は今妊娠中で酒を飲めないので、ミルクを飲みながら話している。


「え、なんで万里恵は急にそんな年寄りくさいことを」椿姫が鶏皮を齧りつつ聞いた。

「だってさあ、私らのケータイって言ったらメール一通十円とかの時代よ?」


 MIKU♡:Pメール懐かしい

 きゅうび:??

 オカルト博士:うわっ、ディープな話題!

 だいてんぐ:センター問い合わせとかの世代かあ

 トリニキ:何の話……?


「センター問い合わせっていうのはね、簡単に言えばサーバーが受け取りしたメールを受信するシステムかな。問い合わせて「あ〜〜〜〜来てるかなあ」ってドキドキする気持ち今の子にはわかんないだろうなあ」

「私メールしすぎてすっごい請求きてお母さんにめっちゃ叱られたなあ」


 隣の楓が「月に二万もメールを使う子なんて誰だって叱るわよ」と漏らす。


 ユッキー☆:ちょっと前でいうパケ死みたいな

 だいてんぐ:まあそうだね

 MIKU♡:ツレとかだけ着信音変えたりとかしてそう

 きゅうび:ラヰカニキの「俺ついていけねえ」って顔、まさに今の僕の表情まんまです


「わかんねえもんなあ。俺、既読無視耐えられない自覚あるからLINEもやってねーしな。ほんと、デフォルトのメッセージアプリしか使わないわ」

「お前は根本的にネットに向かないからな」


 燈真が辛辣な一言をぶつけた。ラヰカが厚揚げを箸で切り分けながら、


「まあ……自覚は、ある。でも発表の場としては最高なんだよなあ」

「今時ちまちま展覧会に応募して、ってだけの活動はしねえしなあ」光希がレモンサワー片手に言った。

「そういえば源ご……ああいや、きゅうび君のお兄さんは芸術家だそうだが」


 光希の姉、秋唯がビールジョッキを傾ける。


 オカルト博士:色々事情あるけど実力で評価されてるから鼻が高い

 きゅうび:ワイ、彼女役をやったゾ

 見習いアトラ:ん……?

 トリニキ:これは掘り返したいなあ! 根掘り葉掘りいきたいなあ!

 ユッキー☆:よくワイらのことをブラコンと言えたな

 だいてんぐ:きゅうび君のそれはブラコン的な行動原理じゃないから

 隙間女:これは美味しそうな隙間がいっぱい……


「芸術家の彼女役……?」


 ラヰカが首を傾げる。


「なんでそこで僕を見るの」

「次に俺を見るな馬鹿」光希がブンブン手を振った。


「まあきゅうびニキの兄上が芸術家ってのは、聞いたことがあったが……俺はもっとこう、芸術家ってのはマイノリティだと思ってたよ」


 燈真が焼酎を傾けながらつぶやく。それに対し、大瀧蓮も頷いた。


「ネットで繋がりが、ってのもあるんだろうが、案外身近にいるよな。作家とか、絵描きとか。まあ俺らもきゅうび君も身内にいるわけだが。確かユッキーも絵が上手いよな。俺が絵を描くと……前衛アートになるから羨ましいよ」

「蓮は昔から独特なものを描いてるものねえ。でも達筆じゃない。書道ならできるんじゃないの?」


 蓮の姉・真鶴がそう言った。


 ユッキー☆:大瀧さんの書道めっちゃみてえ

 MIKU♡:俺ら世代はだいたい字上手い

 だいてんぐ:張り合わなくていいです

 きゅうび:それ言ったら椿姫さんとかめっちゃ字うまそう

 サニー:今北真鶴姉さん

 キメラフレイム:飲み会だ

 ペガサス:桜花ニキ、カメラの前で踊ってる……


「桜花、おいで」


 燈真が踊っていた桜花を呼んで、膝に乗せた。歩いている途中に、嶺慈がいたが、桜花は別段恐ることなんてなかった。平気な顔で歩いていく。


 きゅうび:肝めっちゃ据わってる……

 キメラフレイム:まじか……


「俺が怖くねえとは、大した妖怪だよ」

「? べつに、ぼくまけないし」


 ケロッとした顔で桜花は断言した。これには周りも呆気にとられ、直後全員大笑いし始めた。当の嶺慈も手を叩いて抱腹絶倒である。隣にいた円禍はワインをむせそうになっていた。


 MIKU♡:将来有望すぎないか?

 だいてんぐ:是非うちで育ててあげたい

 きゅうび:まずいですよだいてんぐさん!

 トリニキ:だいてんぐニキってめっちゃ仕事できるエリートなんでしょ? いいじゃん

 ユッキー☆:女性目線ではね……

 キメラフレイム:ノーコメントを貫きます


 桜花は枝豆をポイポイ口に放り込んでいく。ラヰカは「まあ稲尾の狐はみんなあんなだよな」と呟いた。


「なんか僕やらかしたっけ?」

「ん……いや、俺何度か竜胆の寝返りパンチで悶絶してるから……ほんとに恐れ知らずだなって」

「ああ……それで僕らは今万里恵と一緒にねちゃいけないよって言われてるのか」

「竜胆様、この氷雨を置いてよその人妻と同衾なさるのですか?」


 ぬるっと現れた竜胆の妻にして雪女・氷雨が、底冷えするような声で言った。


 きゅうび:ひえっ

 ユッキー☆:雪女だけに?

 トリニキ:これは寒い

 サニー:息ぴったりで草

 キメラフレイム:僕の方がもっと上手く合わせられたし……

 ペガサス:張り合わないでもろて


「いやあ……宅飲み配信するだけで常連コメントくるって幸せだよなこれ」

「しみじみいうね、兄さん」

「悪くない妖生だよ。住んでる世界全然違うかもだけど、なんか小さくとも接点があるのはな」


 女子陣の盛り上がりがすごい。

 ほとんど居酒屋並みのガヤである。


「桜花、父さんの豆を全部食べるのはどうなんだ?」

「おいしいから……」


 MIKU♡:子供が枝豆全部食べるのあるあるすぎる

 ユッキー☆:おいしいからね

 きゅうび:燈真ニキの若パパ感がすごく親身なものに思えるなあ

 オカルト博士:ハーレムだの酒池肉林だの言ってたのが夢見たい

 だいてんぐ:きゅうび君それを堂々と親族会議で言ったんだよね……

 トリニキ:草


「漆宮、枝豆じゃあねえが」

「悪い」


 燈真が嶺慈から落花生を受け取る。

 光希が「距離感が悪友って感じだぜ、お前ら」と言った。


 きゅうび:……宿敵、なんですよね?

 MIKU♡:ワイにはただの喧嘩仲間の距離感に見える

 ユッキー☆:これはちょっとわかる

 サニー:そうなの?

 ペガサス:そんな漫画みたいな感覚って実際にあるのかな?

 キメラフレイム:いうて僕らの関係も小説より奇なりって感じだし


 ラヰカはふ、と笑いながら厚揚げに大根おろしを乗せて、頬張った。


「じゃあ、その……続きはメンバーシップで。っていう嘘を挟んで、終わろうかな」


 だいてんぐ:一体なんの嘘だったんだ……

 きゅうび:乙

 ユッキー☆:おっつおっつ


「いやあ今日はなんかわかんねえけど酒がうめえわ。じゃ、コン・コャージュ。ドラマでお会いしましょう」


 ラヰカがカメラに近づいてきて、「あれ、どうなってんだっけ」と言いながら、その電源を落とした。

 しばらく音声が続いていたが、それも切れて、配信終了の待機画面が最後に残されるのだった。

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常闇之神社の社務所日誌・深 裡辺ラヰカ @ineine726454

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