第十九話 ピンチは結局ピンチ

「楽しい時間ももうじき終わりかぁ」




 ブラッドはそう高らかに笑って下腹部めがけて剣を突き立ててくる。


「へっ、勇者に対して失礼だよ」


 女の子が連れ去られてもうすでに10分以上経過している。アステラさんも立ち往生しているんだ。ここは少しでも急がないと。


「勇者ねぇ、じゃあこんな技はどうよ」

『ブラインド』

「くあっ!」


 敵は杖を出して視界を奪う。サンドラは闇の中での戦闘は感覚が研ぎ澄まされるなどと言っていたが、僕には何も見えない。


「んー、よくよく考えたらツレを待たせながら嬲り殺されるなんて可哀そうだなアンタ。慈悲で次の一撃で殺してやんよ」


 無音で何も見えない空間を前に最弱の勇者は死に絶える。そんな絶望的な展開を前に僕は――――


『ペイン・アゴニー』


 何もできないままだった。


「…………ッッ」

「ハハハハ、絶対的な苦痛の前では声すら出ないだろうよ。じゃあな」


 ハウスガーデンを解除しブラッドはフラフラと逃げていく。

 そこをすかさずアステラさんが駆け寄ってくる。


「…い! …丈………か!」


 耳鳴りのせいで言葉が途切れ途切れにしか聞こえてこない。


(僕は何を成し遂げたんだ?)


 なぜか自分の過去がフラッシュバックしてくる。


 ……辛かったはずなのに、なぜか満たされてたな


 ……人生で初めての仲間もできたんだった


 ……マーサ……サンドラ……マルガレータ


 ……マーサ……? 


 ふっ……僕って……




――――――――




「困るなぁアステラ、こっからは仕事範囲外なんだよ。うちはブラックだからね、残業代なんかでにゃしねえのよ」


 絶望に顔を歪めた警備隊副隊長アステラ。こりゃぁ眼福眼福。


「ワタシの前でっ! 人を殺そうなんてのはっ! ずいぶん生意気なことしてくれるじゃねえのよっ!」

「おいおいアステラぁ、警備隊の教訓にあったじゃねえの。『怒りは身を亡ぼす』ってよ」

「黙れっ! あんな姑息な真似をしておいて一丁前に指図してくるなんて!」


 アステラは俺のことを一切見ていない。焦点だけ合わせているが俺にはわかる。あれは目の前で死んだ勇者を見ている。


『フック』『トリル』『メテオ』


 シュッ バンッ ドーン


 あのハウスガーデンを気合で破壊したと思えばこれだ。荒々しいスキルの数々で俺を殺そうとする。

 今ならコイツを殺すことも余裕だろう。だが、それは俺の信条に反する。


「待て! このクソッ野郎ッが! 死んで責任をとれっ!」

「なぁアステラ、なんでそこまでコイツに拘る。いや、言わなくてもいい。でも俺は予想がついてるぞ?」


 露骨にアステラの火力が下がる。これだから怒りに身を任せた人間は殺すだけ無駄だってんだ。


(流石にやってられねえぜ)


 正直言って俺にはめんどい派閥争いなんて微塵も興味ない。ただあのおっさんに同情しちまったから格安で引き受けただけだ。

 それはそれとして久しぶりに楽しめたのは確かだ。アイツの中には純粋な闘志が見えた。ここで俺が殺さなければ間違いなく殺されてただろうな。


「なにっ! こっちから気をそらしてんだっ! よっ!」

「さぁな? お前の絶望の顔を見てると俺が初めて殺したヤツの親の顔を思い出しちまっただけだぜ?」


 腹が減れば人間はどんなにも醜くなれる。腹が減れば物を盗み腹が減れば他人を殺し無尽蔵に無慈悲になれるってもんだ。

 その時に俺はたまたま死ぬほど腹が減っていて生きる術がなかった。だから殺しただけ。だが仕方ないなんて言うつもりはないぜ? あぁ、俺は悪党だ。


「変な顔を悪党にさらすんじゃねえよ」


『ウィンドチェーン』


 パシッ、ガンッ。攻撃をよけそこなったアステラを引き寄せて、横顔に一発ぶち込む。


「残業だからお前の尊厳なんざ守る必要もねえんだよ。気い引き締めろ」

「…………殺す。」


 殺気が加わったアステラはもはや人間の顔をしていない。人の絶望の先にあるのは我を忘れた怒りだなんて誰かが言ってたな。もちろん実際に目にしたのは初めてだが。


(そろそろ飽きてきたな。このまま引き上げてしまっていいか?)


「死んだら金がもらえねえんだこの仕事、悪いが帰らせてもら…………」


 何かが体をきれいに貫く。アステラの動きは読んでいたはずだし追っては誰も来ていなかったはず。

 一体…………なにが俺を刺した?


「残念ながら、お前は仕事を完遂できなかったようだ」

「お前………… なぜ生きてる?」


 後ろにはさっき《《殺した》》はずの男が立っている。


「ゴボッ………… これは………… 予想外だったな」


 アステラも到底知っていたとは思えない顔をしている。そもそも俺が殺し損ねるなんてありえないはずなのに。


「アステラさん! 大丈夫ですか!」

「俺を無視してどこに行くつもりだ」


 人が死ぬであるところを綺麗に避けた剣、そんなモノ俺は絶対に許すわけにはいかない。


「仕事を強調する人間が何言ってるだい? 少なくとも僕には命乞いにしか聞こえなかったな」


 へっ………… 命乞いか………… 痛いところつくじゃねえか。



 よろめく意識の前に俺は小さくぼやいた。




「お前は、いいやつだな。でも、悪役ってのは殺されることで救われるんだぜ」


――――――――――――


すっごい期間が開いて申し訳ないですが退院しました。毎日投稿頑張ります。


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疎まれ元王子は勇者になったので世界を救ってきました~僕を殺しかけた国王が国を崩壊させかけてるんですが~ 山田りょく @ymdchan

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