第4話 探偵VS怪盗

「えっ!?」


 わたくしが振りかえってみてみると、彼の右腕には手錠がかけられ、イスに固定されているではありませんか!


(どういうこと……)

 と、考えているうちに視線が警部の方に……


「諸君っ! 驚くことはない」

「警部さん!?」


 イスに登り、拳を振り上げて演説じみたことをしているのです。

 しかも、先程までステージの出展品を照らしていたスポットライトが、わたくし達の周りを照らしているではありませんか。


「私の名前は、怪盗むげん面相。新聞社が、∞と8を取り違える馬鹿な真似をしてくれたおかげで、私の名誉は傷つけられた!」


(名前が違う? そんなことで犯罪を行っているんですの?)


 いいえ、そんなことよりも、今、そこにいるのは知っている警部さんに間違いないのですが……と、警部さんは懐から布をサッと取り出すと、クルリと一回転。

 それはまるで奇術か何かでしょう。全くの別人が現れたではありませんか。

 シルクハットに夜会服。やはり、仏蘭西ふらんす小説の義賊の格好をしています。唯一違うのは、赤いスカーフで顔を隠していらっしゃるところかしら。


「そうとも、名探偵君。すでにダイヤモンドは頂戴し、アメにすり替えておいたのだ。

 このスポットライトの焦点を調整し、熱で溶けるように細工をしておいたのだ」


(なるほど……飴が溶けて、鼈甲飴べっこうあめのような匂いがしたのですね。しかし、それをわざわざ、説明するなんてどういうことでしょうか? 

 予告をしているとは言っても、律儀すぎます!)


 わたくしは、

「あなたは、劇でもなさっているおつもり!」


 怪盗∞面相に強い口調で言い放った。

 異常な精神の持ち主が、自分の欲求を満たすために犯罪を行う……そのようなことを聞いたことがあります。この怪盗も自分の欲求を満たすために行っているのでしょう。


 しかし、怪盗は笑い出すと、

「君もだろ? 助手君?」


 収まりきらない笑いを堪えながら、わたくしに向かって言い放ったのです。


(たしかに、わたくしも架空の『開智あけち幸助こうすけ』を作り上げ、探偵をしておりますが――)


 わたくしは痛いところを、突かれた気がしました。

 それに、架空の名探偵のことも知っている……では、そこに座り、手錠で動けなくなっている人物が偽物であることも――


(一体どこまで知っているというの!?)


 いけない。こういう時は、他のことを考えては――


「あっ!? 離してください!」


 一瞬、スポットライトの光が目の中に入り込み、視界が真っ白になり消えてしまったのです。


 そして気が付けば、あの怪盗が背後に立っているではありませんか。しかも、わたくしの腰に腕を回し、ガッチリと抱え込まれています。


「君は脱出までの人質だよ」


 振りかえれば怪盗の顔……おぞましい犯罪者の目がわたくしを睨み付けてきます。腰に回された腕も、わたくしの力ではどうすることもできません。


建物ホテルは警察が周りを囲んでいます。逃げ出すことはできませんわ」

「それをやってのけるのが、怪盗∞面相だよ」


 一体どうやって……気が付けば、天井から縄梯子が垂れ下がっているではありませんか。


(天井から!?)


 怪盗はそれを残った片手で掴み、足をかけると、スルスルと縄梯子が天井に吸い込まれていくのです。上で彼の部下が引き上げているのかもしれません。


「待て! 怪盗8面相ッ!」

「名探偵はそこで指をくわえていろ!」

「止まれ! 撃つぞッ!」


 気が付けば、名探偵が立ち上がり、こちらに銃を向けているではありませんか。


(ですが、その銃は玩具ではありませんの!?)


 わたくしに向かって行ったハッタリを、またここで行うというのですか。それが怪盗に効くとは到底思えません。


「そんなオモチャで私を脅すというのかね、名探偵君。それに助手君に当たったらどうする?」

「僕は射撃の名手だ!」

 と、言うなり発砲音……彼に当てられるスポットライトのひとつが沈黙しました。


(彼が撃った? でも、あれは……着火器ライターのはずでは?)


 ですが、足場にあるスポットライトのひとつを撃ち抜いたのです。本物の拳銃なことは確かでしょう。わたくしに見せたのは偽物で、もう一丁持っていたのかも知れません。


「もう一度、言う。止まれ、ソノ子君を離したまえ!」


 銃口を向けられても、一旦止まった縄梯子は上昇を続けています。

 その途端、が発砲。ヒュッという音が私の耳元をかすめるのを感じました。


(躊躇せずに、撃った!?)


 ですが、わたくしは痛みも感じず、怪盗の顔を見ると……頬を一筋の赤いものが走っているではありませんか。


「何っ?」


 怪盗が何か合図したのでしょうか。突然、すべてのスポットライトが消されました。

 会場はすべて明かりは消え、漆黒の闇が突然覆い被さります。その途端、私を拘束していた腕が外されました。


「あっ!」


 理解するまでに時間が掛かりました。わたくしは怪盗の拘束から離れ、床へ真っ逆さま。数メートルはあったはずです、床から脚を離したところから。受け身など取っている暇もなく、床に叩きつけられて――


「ソノ子君、大丈夫だったかね?」


 気が付くと、わたくしの名探偵が心配そうに顔を覗かせています。

 わたくしは助かったようです。周りに警官でしょうか、彼らが走り回っている足音が聞こえますが、


(何てことでしょう! 殿方の腕の中にいるなんて!)


 想像した理想の男性が目の前に……顔がまるで火で炙られているかのように、熱くなったのを感じました。


「おっ、降ろしてくださいまし――」


 その時は浮ついた声で、それしか口に出来ませんでした。




 その後のことは、バタバタと過ぎていくのを呆けてしまい、なにもお役に立てませんでした。


 わたくしの名探偵が見聞きしたことを纏めます。

 怪盗∞面相は、大勢の警官とその配下と乱闘の末、屋上まで追い詰めたのですが、彼奴は熱気球を用意したそう。

 残念ながらまんまと展示品を盗まれたのですが、一週間もしないうちに持ち主に郵便で返却されたそうです。どうやら、怪盗∞面相は本当に愉快犯だった様子。盗むことに情熱を燃やしているのでしょうか。


 ですが、窃盗は罪です。

 ちなみに怪盗が変装していた間抜けな警部さんは、ホテルの一室に監禁されているところを見つけられ、めでたしめでたし……とはなりません。



 わたくしの名探偵を名乗った謎の殿方は――

 今日も『開智探偵事務所』にお客様が来たようです。


「あなたが噂の――」

「そうです。僕が開智幸助です!」


 わたくしの探偵事務所に居座っておりいます。



〈了〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

わたくしの名探偵~開智探偵事務所より 立積 赤柱 @CUBE9000

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画