第3話 競売会場

 競売の会場は、ホテルの洋風宴会室ホール


 すべて入り口には警察官とホテルの警備員がガッチリ固めて、中に入るものも身体検査等もして猫の子一匹入れそうもないでしょう。


「さあ、お二方はこちらです」


 入るための身体検査の列を横目に、わたくし達は警部の手招きで優先的に中に入れてもらえました。

 宴会室の舞台に向かって均等にイスが並べられているのは、女学校時代の卒業式を思い出させてくれます。しかも、席は決まっていないので、出席者がバラバラに座っているのは、まさにそれ――クラス全員が卒業するわけではありませんもの。学生中にお見合いなどで、中退される肩が大勢いらっしゃいましたから。


(さて、わたくし達はどこに座るべきでしょうか?)


 最前列はあまり賢い選択ではありませんわ。

 もし『怪盗8面相』が身体検査をすり抜けて、出席者の中に紛れた場合、前方では見失ってしまいます。後方、出来れば一番後ろで見るべきでしょう。


 と――

「どちらに行かれますの!?」

「もちろん、中央だよ。ソノ子君」


 あの『開智あけち幸助こうすけ』が勝手に行動し、会場の真ん中に座ったではありませんか!


(勝手に何をなさるの!?)


 本当に困ります。しかし、放っては置けません。そもそもこの方がくだんの怪盗かもしれませんのに――

 結局、わたくし達は、警部と名探偵を挟むように座りました。わたくしは左側を、警部さんは右側を固めることとしたのです。

 競売開始まで少し……警部さんは『開智幸助』を名乗る殿方と談笑して、暢気なものです。わたくしは彼の鼻先を横目で見ながら、この方が何者なのか考える事としました。

 世界に『開智幸助』を知っているのは、もうひとり……わたくしの文通相手しかおりません。

 女学校時代に何気なく始めた文通。雑誌に載っていた文通相手募集に載っていた住所は、M県T市の方のはず。送られてくる便せんには、僅かばかり磯の香りが染みついていました。相手も同性でなにげなく始めたのですが――


 そうです。がいてこその名探偵『開智幸助』かもしれません。


 なにせ『伊呂波いろは連続殺人事件』の核心を突いたのは、あの方なのですから――。

 ですが、途中からどうもおかしくなってきたのです。女学校が終わろうとしていた頃、手紙の量が極端に増えて、家のものに不思議がられてきました。言えるのは、とてもひとりの人物が書けるような量ではなかった。それに、直接会って話し出したいとか――わたくしも少しは思った事もありますが――あの方の熱心さに、付いていけなくなってきたのです。

 なので、しばらく『文通を控えよう』とわたくしから提案をして、それっきり……それっきりのはずです。手紙は来ることもありませんでしたから。


(ひょっとして、わたくしが文通していたお相手は、異性の方だった!?)


 そんなことはないはず……そうであっては困ります。かなりきわどいご相談もしたことですし……それに、そう文字ですわ。筆跡というものは、人を表すとか。

 わたくしに送られてくる便せん一枚一枚に込められた文字は、殿方が書けるような文字ではないはずです。


が、わたくしからの手紙が来なくなったことにお怒りになり、この殿方を送り込んできたのかしら?)


 磯の香りのする便せん。そこに鉛筆で書き込まれた文字が物語っているのは、心優しい人のはず。決して、わたくしの心を痛めるような事はしないと思います。


(そうなるとやはり、この殿方が『怪盗8面相』なのでは!)


 何かあっても、今の状態なら警部がなんとかしてくれるでしょう。わたくしは武術などは全くだめです。護身術などをしっかりと学んでおくべきでした。

 わたくしは改めて、彼の横顔を見直しました。


(――変装しているような様子はなし)


 変装なら、単純に皮膚の上から被りもの等をしているでしょう。ですが、それを隠しているような様子は彼の皮膚から見えず、キレイに剃られた髭に、太い首に大きく飛び足した喉仏。刈り上げられた髪には違和感もなく、自然でした。


「さて、皆様、次の商品は――」


 気が付くと、競売が始まっておりました。

 会場は薄暗く、舞台の上にスポットライトが当てられて、出展物が紹介されていきます。欲しいものがあれば、手を上げて購入を希望……要は外国のオークションと同じです。


「動きはなさそうですねぇ……」


 警部がボソリとそんなことを呟いた。

 渡された競売品のカタログによれば、すでに半分以上終わっている事となります。順番通りなら、次がご依頼主の小林氏が所有する宝石、元露西亜ロシア貴族の家宝のはず。


「さあ皆さん。お待ちかねのダイヤモンドです。元の持ち主はロシヤの貴族――」


 司会者が早口でスポットライトが当たった宝石のことを説明します。

 わたくしも、そして周りの方々もそれに注目しています。

 キラキラした素晴らしい宝石……ん? なんでしょう。少々焦げ臭いと言いましょうか、甘い鼈甲べっこう飴のような匂いが立ちこめてきました。


 そして――


「一体どうなっているんだ!?」


 前方の席の男性が声を上げました。

 立ち上がって見れば、スポットライトの当たっていたダイヤモンドが消えていたのです。正確には、溶けて無くなっている……水飴のようなものが、ダイヤモンドを飾っていた台の上に滴り落ちています。


「アメにすり替えられたようだね。怪盗君?」


 わたくしの横で、『開智幸助』が呟いたのはその時です。

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