第3話
息子に車から降りるよう促すと、抱っこを要求してきた。小学一年生にもなって甘えん坊であることに、独り立ちできるのか心配だが一方でかわいくて仕方がない。玄関の前で抱っこから降ろそうとするが、息子は美佐子の身体に脚を絡ませて離れようとしない。
「久しぶりのひいおばあちゃんの家で緊張してるの?」
方に乗ったあごが小さく震えている。六歳というより一歳ころの息子の面影が底に合った。
「ばあちゃん、来たよ」
夫がドアを開けて奥にいるであろう義祖母を呼んだ。玄関入ってすぐ右手が応接間、その奥には仏間があり、仏間の壁には代々の家の主人と思われる遺影が五枚並べてある。義祖母は応接間から四つん這いで現れ、「うう」と何やら唸っている。
「ばあちゃん、なんかあったん?」
「いや……」
義祖母は美佐子らの目の前でゆっくりと立ち上がり、皺だらけの頬を持ち上げたが彰隆に強張っていた。抱きついたままの息子に手を伸ばすと、また鼓膜が千切れるほど大きな声で泣き始めた。以前も義祖母に対して泣きはするもののこんなに大きな声で泣くものではなかった。もはや叫んでいるようだった。
「なんで泣くねん。そんな泣いてたらいつまで経っても強くなれへんで。ただでさえ女の子みたいやねんから」
義祖母はいつも通り陽向に対し小言をぶつけた。本気で言っているわけではないが、こういう言葉が嫌われる原因だと義祖母は気づかないのだろうか。
仏間に行って夫と一緒に手を合わせたあと、何気なく肖像写真のある壁を見上げた。美佐子は悲鳴に近い声が漏れた。義祖父の遺影の顔が、祖父の写真と同じように真っ黒な渦を巻いていた。義祖母が美佐子の祖父を撮ったときよりも渦は黒く、顔の輪郭でさえも渦の中心に引きずり込まれているようだった。
「ばあちゃん、じいちゃんの写真……」
夫も気づいていたようで義祖母に言っていた。
「あれ、美佐子ちゃんのお爺さんの葬式に行ってからああなり始めてん、怖いわ」
義祖母はさっきからずっと腰に手を当ててさすっている。
「私のおじいさんの写真はまだ残してるんですか?」
「いや、あんなことがあってから消したんやけど……」
義祖母は言いながら美佐子に抱きつく息子と自分をフレームに入れようと自撮りを試みていた。祖父の顔に黒い渦を巻いた写真を撮ったスマートフォンでもう写真を撮ってほしくなかったが、あまり強いことは言えない。
「やっぱり……」
撮った写真を見て、義祖母がまた呟いた。美佐子は写真を見せてもらうと、祖父や義祖父の肖像と同じように、義祖母の顔に黒い渦が巻いていた。鼻が中心となってねじ曲がっており、目や口もそれに引っ張られるように曲がっていた。
「あれから写真撮ると毎回こうで……」
祖父の葬儀のあと、義祖母は姉妹で旅行に行ったらしい。旅先で撮った写真に映る義祖母の顔だけすべてに渦が出ているという。
「最初は小さかったんやけど、だんだん大きなってきて……」
近くの神社や寺に写真を持っていったらしいが、解決できないと言われたようで義祖母は深いため息をこぼした。
私は怖くなり、義祖母が離れに行き、スマートフォンを置きっぱなしにしているのを見て私と夫、息子の映った写真を削除した。夫に耳打ちして急きょ用事ができたことにして早めに帰ることにした。
翌日、義祖母は自宅の屋根から落ちて亡くなった。遺体は見ることができなかったが、意図的かと思うほど顔面から垂直に落下し、顔の損傷が激しくて見ない方がいいと警察に言われた。
顔が歪む 佐々井 サイジ @sasaisaiji
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます