2-6 人気者

 容疑者をかばてする危険性がかすめる。

 深くは知らないが、瑚灯ことうも警察のような立場だと聞いている、もしそうなると危うい行動なのではないか。

 

 しばしの悩みに、気付いているだろう瑚灯ことうは、わざと触れない。


「もし、運ばれた女……魚のあやかし【ゆず】が気になるんなら、会って話してみな」

「……いいんですか」

「そりゃ構わねぇさ。止める権利もないが。ただし、そのときはゆうがおは他のやつに任せとくんだ」


 二人を、会わせてはいけないのか。


 何か知っている瑚灯ことうに、ふと別の疑問も浮かび上がる。

 瑚灯ことうは彼女の名前を知っていた。


「倒れていた女性とはお知り合いですか?」

「この町で知らない名前はないさ」


 すごい言い切った。


 小さな町とはいえ、住民は数え切れないほどいる。

 それを。全員、覚えて、いる?


(記憶力お化けか?)


 あやかしと人間の記憶力は違うのか。いや、いや。それでも、そんな。


 頭が理解を拒絶している。瑚灯ことうにかかったら、まつの失態も事細かに覚えられていそうだ。


「全部覚えてるぞ」

「ひぇ」

 まさか心を読むのが可能ですか、と見つめれば機嫌良さそうに喉を鳴らす。

 悪戯いたずらめいた少年みたいな笑顔だ。


「顔に全部、書いてあんぞ」

「うそ」

「ほんと」 


 くしゃりと頭をでると、瑚灯ことうせんで口元を隠す。

 瞬く間に店用の、あでやかな笑みに変わるのは見事である。


 切り替えの早さ、見習わなければ。


「もし会いに行くなら、これを渡しといてくれ」

「これは、ああ、風呂敷の」


 ゆずが大事に抱えていた荷物だ。

 受け取ると案外重く、ずしりとしている。何か柔らかく、土の匂いがした。


 質感を確かめていると、瑚灯ことうは、ひらりと手を振って背を向ける。


「さぁて、そろそろ行くかね」

「どこかお出かけですか」

「お前も行くんだよ。――市、行きたいだろう?」


 ちょんと細く長い指が、まつの持つ風呂敷を突いた。


 どうやら考えが読まれているらしいので、いさぎよく肯定した。


 一人でも構わないが、と伝えてみたが「ちょいと不穏だから、今日ぐらいは大人しくしてくれや」とやんわり断られる。


 その言い方だと普段、まつは暴れていると誤解を生みそうなのでやめてほしい。 


「まぁ市のあとは、ようがあるんで、ついていけないんだがな」

「何かありましたか」

「んー……気になること、がな」


 すん、と何かを嗅ぐように鼻を鳴らして、ゆらりと水の中を泳ぐ金魚のように、優雅に前を歩き始める彼の背中を追いかける。


 狐花きつねはなから外に出ると、初夏の生ぬるい風に迎え入れられた。


 空を見上げればまだ太陽はだいだいいろにはなっていない。

 市から帰ってすぐに作業すれば、夕暮れまでにはゆずと話せるだろう。


「ほら、傘の中に入りな」

「日傘とかするんですね」

「印象は大切だからな」


 見た目は妖艶な女性のような男だ。

 肌も太陽など知らぬ、冬の雪のような色をしている。


 男性でも日傘をさすだろう。

 

 だが、瑚灯ことうの性格だけを考えると、日焼けは気にしない。

 隠しているが豪快なのだ、色々と。

 繊細な見目とは真反対で、対人ではおそろしいほど丁寧でも、己のことになると、途端におおざつになる。

 食事を一日忘れていたりするのを見かけて不安になる。


「こんにちはぁ、瑚灯ことうさま! 見回りありがとー!」

「はいはい、こんにちは。今日も元気だなぁ、転ばないよう気をつけな」


 子供たちに愛想よく返した声、変わらぬ光景だ。彼が一度外出すると皆が声掛けをする。


 からすぬれいろの髪をきらめかせて優雅に歩く。

 しゃらんと耳元の、赤とだいだいの彼岸花のピアスを揺らめかす姿に、誰もが声をかけた。


「こんにちはー! ことーさま!」

「おう、こんにちは。前見て走りな、こけたりぶつかったりするなよ」

瑚灯ことう様。今日もおきれいねぇ」

「はは、ありがとな。そういうアンタも一段とれいだなぁ。今日は確か、旦那の誕生日なんだろ? よかったらウチで祝いでもしてくれよ、うまいもん作っとくよう言っておく」

「あらでも、今月はちょっと余裕がねぇ」

「おいおい、めでたいときに、な話はなしだ。それぐらい俺に払わせてくれや」

瑚灯ことうの旦那ぁ、俺も恵んでくだせぇよ!」

「お前は嫁さんにばくがバレて怒られたばっかだろう? しばらくは大人しくしてな」


 彼が歩くだけで花街は活気づく。

 休みなく見回りする瑚灯ことうは人気者だ。

 豪快かつ気前の良さが人を集めるらしく慕われている。


(休んでる姿を、見たことないのが気がかりだけど)


「おーっまつちゃん、今日は瑚灯ことう様ときかい?」

「ありえません」

「おい」


 とんでもなく恐れ多い勘違いに即答で否定すれば、隣から小突かれる。


 しかしここで誤解など生まれれば、瑚灯ことうに迷惑がかかるではないか。


 きっちり否定しておかなければ。きりっと真面目な顔を作ってみせる。が、ただの無表情だったらしく、瑚灯ことうあわれみの目を向けてきた。今日も容赦のない冷たさである。


まつちゃん、今度は俺と遊ぼうぜ!」

「人の従業員に手を出すなー、しょっぴくぞ」

「職権乱用っていうやつじゃないですかい?」

「いいんだよ」


 住人の対話を市まで続けて、目的の店に辿り着く。

 注文すれば、


瑚灯ことう様の美しさと、まつちゃんのわいさに割引しちゃう」


 と、オネエさま店員にほぼ無料で、譲り受けた。

 ちなみに今回は筋肉がたっぷりのいかつい男性だが、変化しているだけだ。毎日姿を変えている。前は、金髪のチャラそうな男性になっていた。


 ろうにやくなんによ、どれでもなるので、毎度誰か一瞬わからなくなるのが、まつの悩みだ。

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狐の花言葉 〜あやかし店主さまと、縁結びの花〜 鶴森はり @sakuramori_mako

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