夏至祭のお面
@moon_moon
第1話
私の村では、夏至の季節になると奇妙な面を飾る風習がある。おとぎ話に出てくるような古めかしいデザインの動物たちや 小人たち、みんなしかめっ面をしているお面を。
子供の頃、周りの大人たちに聞いてみたことがある。
「夏至になると飾られるお面は、誰が作っているの? みんな同じお面を飾っているけど、別のものを飾っちゃいけないの?」
すると誰もが同じような返答をした。
「昔からそういうことに決まっているからね。こういうことって、昔からのしきたりを変えない方がいいんだ」
「ふーん、そうなんだ」
私はそう返事をしたものの、とても納得はしていなかった。
大人になって別の街の学校に行き、忙しさにかまけているうちに、昔疑問に感じたこともすっかり忘れてしまっていた。
里帰りをしたある日のこと。
私は友人たちと話をしている時に、ふと夏至祭のお面のことを思い出した。
そういえば、あのお面。いつもしかめっ面の、古い中世のようなデザインだった。でも毎年違うデザインだったんだよね。ということは、毎年新作を誰かが作ってるって言うことだよね。誰が作ってたんだろう?
友達と他愛ない会話をしながらも、私の視線の先にはその夏至祭のお面があった。
今年の面もやっぱり奇妙な顔をしている。ちっとも可愛くない。猫と犬。鹿に熊。そして小人。特に小人は、眉間にシワを寄せ怒った顔でこちらを睨んでいる。
私は友達に話題を振ってみた。
「ねぇ、○○ちゃん。あのお面ってどう思う?」
私は○○ちゃんちの玄関先に飾られたお面を指さした。
すると彼女は言った。
「えー、別にどうも思わないよ。まあ、確かに今時のデザインじゃないよね。なんか変わってるなーっていつも思ってたよ」
「あのお面 ってさ。毎年違うんだけど、誰が作ってるんだろう?」
「さあ、知らないな。気が付いたら村中にいっぱい飾られてるよね。うちのお母さんはさ。毎年村長さんのところに行ってもらってくるって言ってたよ」
「村長さんが配ってたんだ!」
「それぞれの家に割り当てがあって、それをもらってくるんだって。必ず飾らないといけないらしいよ」
「飾らなかったらどうなるの?」
「さあ、お祭りだしね。雰囲気も出るし。ただなんだから飾るくらいいいんじゃない?」
「じゃあさ、飾り終わった後のお面はどうするの?」
「また村長に返しに行くんだって」
「村長は誰からもらってくるんだろう?」
「さあね。村長に聞いてみたら?」
「そっか。そうだね」
私はそれ以上は彼女に聞けなかった。聞いたって知らないってわかったから。
ところでこの村長は、それこそとっても気難しい人で。雑談 なんてとてもできるような人じゃなくて。私は苦手だ。話を聞きに行くなんてできない。
彼女と別れた後、私は久しぶりの故郷だったので、そこら辺をぶらぶら散歩した。
変わらぬ町並みや風景、自然が懐かしい。昔懐かしい薫りの風が、都会で疲れた私の心を癒すかのように頬に流れる。
急な坂道を登っていくと、ふと目の端に、さっきの奇妙なお面が重なって見えた。
あれ、別のデザインもあるの?
私はちゃんと見ようと注視した。
すると道端の小さな祠のような物の中に、お面が重ねてあるようだった。
なんだ、飾ってない人も居るじゃん。必ず飾らなくてもいいんだね、やっぱり。
私は決して土産物屋さんに売られることのない、この奇妙なお面を、もし余っているのなら ひとつ持って帰りたいと思った。故郷の記念に。
どうせ来年は同じのを使えないのだし、ちょっとぐらい貰って帰ってもいいよね、て。
道端の祠に近づいた時、横におじいさんが立っているのに気がついた。村長ではない。村長はこんな場所にはいないし、もっと恰幅が良い。いくら久しぶりでも、わからないはずがない。一応、これでも昔は村の子供の一人だったんだから。
祠の横に立つ謎のおじいさんは、私とお面との間に立ちはだかっているような気がした。
このおじいさんのお面だったのか。一応聞いてみようかな。
「あの、すみません。このお面。もし飾らないんだったら、猫の面をひとつもらってもいいですか?」
そのおじいさんは何も言わず、一番上の小人の面を取り上げた。それは紙だった。その下にあったお面もみんな紙だった。
「あ」
私は、それは下書きだと気がついた。ひょっとしてこのおじいさんこそが、お面デザイナーなのか? 毎年新しいお面のデザインを作っているのは、このおじいさん?
私は長年の疑問だったお面のデザイナーにやっと出会えて、ちょっと興奮した。だから食いぎみに彼に話しかけた。
「あの、このお面のデザイン、あなたが作られてるんですよね? 結構リアルな感じで独特で。毎年すごいな、て思ってたんです。私も元々はここの村の子ですから知ってるんです。今は別の街に行ってますけど」
おじいさんはフン、と鼻息を洩らすだけだった。
「このデザインって、これじゃないとダメなんですか? 例えばもっと親しみやすい表情にするとか、現代風のアレンジとか、てダメなんでしょうか?」
あ。なんか機嫌悪くさせたかな? まるでデザインが悪い、みたいな文句に聞こえたかも。
私は慌てて取り繕った。
「まあ、昔からの伝統的デザイン、てありますもんね。変えちゃいけないデザインとか。でも、そもそもこのデザイン、てどうやってできたんでしょう?他では見たこと無いんですよね」
私は子供の頃からの疑問を、今がチャンスとばかりに問いかけた。
「ひょっとして、あなたなら知ってるんじゃないですか? 教えてもらっていいですか? それに、村長の家に村の各家の割り当て分のお面が積み上げてあるらしくて、それをもらって帰ってきたら、必ず外の目につくところに飾らないといけないらしくて。みんな飾ってるけど、もし 飾らなかったらどうなるのかな、て」
おじいさんは下を向いたまま言った。
「ただでさえ人間は勝手なことをしてばかりいる。それなのに言いつけを守らなかったら、どんな罰が当たっても仕方がないよな」
「罰、ですか? 誰がどんな罰を与えるんです?」
「もともと人間は後から来たんだ。先に居たものは仕方なく人間を受け入れた。だから、あちこちに神社を建てて貢ぎ物をしたり、境内をきれいにしたり。 毎年祭りもしてきた。あの祭り、てのはな。あれは昔から住む者のために、人間がやる余興さ」
「それ、何者ですか? 妖怪とか?」
「普段人間は好き勝手なことばかりやってるから、年に何回か施しでもしてやらんと、我慢できなくなるもんも出る。祭りはそんな奴どもを慰めるためにやるんだ。人間が楽しむためじゃない。人間がやってくる前の、太古の昔から存在する者たちへ、これからもよろしく、て頭下げて頼む為のもんなんだ」
「じゃあ、このお面にはどんな意味があるんですか? このデザイン、て毎年新しくする意味あるんですか?」
彼は肩を小刻みに震わせて言った。
「そりゃあな。毎年同じ顔をしている奴なんていやしないだろう? ほら」
彼は小人の面の絵と自分の顔を並べて、初めて私と目を合わせた。
そっくりだった。怒った表情。深い縦シワの寄った眉間、意地悪そうに曲げた口元。
「あなたがモデルだったんですね。じゃあ、他の動物たちも?」
「ああ、そうさ。人間にいつも我慢している者達さ」
「まさか、ペットの犬や猫まで?」
「あいつらこそ普段人間の近くに居るから、相当我慢してるだろうな」
「そんな。まさか。うちの猫達は違います! こんな憎たらしい顔してなくて、かわいいし。いつも私に撫でて、て来て。撫でたら喉をゴロゴロ言わして喜んで」
憎々しい表情のおじいはんは、哀れむような目付きで私を見る。
「そりゃあね。人間には本当の顔を見せないさ。人間に飼われている犬や猫。あれが本当の顔だと思ってたんか。俺に言わせりゃあ、あれこそ嘘の顔さ。本当の顔がこっちだ」
私は猫のお面の下書きと、実家で飼っている猫とを頭の中で見比べてみた。
まったく似ても似つかない。何訳のわからないことをほざいているんだ、このジジイ。
「絶対に違います!」
私は聞かずにはいられなかった。
「あの一つだけ確認してもいいですか? 小人の絵のモデルがあなたなのは分かりました。毎年デザインを変えるのも。でも、あなただって人間ですよね? いくらなんでも太古の昔からずっと生きてる、なんて嘘は信じませんから!」
「やれやれ。人間っていうのは信じたいことしか信じないからな。昔から何を言ったってそうだ。たとえ本当のことを話したところで、自分たちで勝手に作った答えしか信じないんだ。好きにしろ。ただ、村長はこの村の人間を災いから守るために、お面を配ってるんだ。どうしても災いを受けてみたいなら、お前の家のお面を外してみればいい。何が起こっても知らないがね」
私は呆然と立ちすくんでいた。
いくらなんでもおかしいと思う。それは確かに人間は好き勝手に生きてると思うよ。それに対して動物たちとか、なんかよくわからないけど昔から存在しているかもしれない山の精霊とか海の精霊とか風の精霊とかその他もろもろが、人間に腹を立ててるのかもしれない。昔から色々な地方にある祭りが、実は人間のためではなくてそういった精霊たちの腹立ちを鎮めるためだ、なんて。
私は腹立ち紛れにジジイを睨み付けた。への字にぎゅっ、と固く結ばれた口。
あれ? そういえば。
私は気が付いた。彼は口を開いていない。一度も。じゃあ、さっきからの会話はどうやって?
彼はずっと私と頭の中で会話をしていた。テレパシーだ。そんなばかな。
私はなんだか急に怖くなってきた。
踵を返しそこから走り去った。走って走って、村のハズレの方にある実家に戻ってきた。
「お母さん!」
と肩で息をしながら、私は母に声をかけた。
母は私が久しぶりに帰ってきたので、私の好物を作っているようだった。
私は母の手作りの梅干しが大好きだ。完熟一歩手前の梅を庭から収穫し、紫蘇は使わない。代わりに生姜が入っている。実が大きくてふっくらして、とても美味しいし、決して他では食べられない。
「どうしてうちは紫蘇の葉を入れないの?」
「お母さん、紫蘇に付く虫が嫌いなのよ」
生まれた時からこの村を出たことの無い母は、そう笑って応えた。
田舎者なのに虫嫌いなんだ。変なの。
そう、子供の頃の私は思っていた。今となっては、お陰で他所では見ないオリジナル梅干が食べられてラッキーだったと思っている。
母が何やらゴトゴトと台所でやっている間、机の上に置いてある大きな瓶の中から、私は添えてある箸を使って梅干しをひとつ取り出した。そして口の中に放り込んだ。
うんまい。
続けてコップにお茶を注ぐと一気に飲み干した。
ほっとする。ようやく落ち着いた。
きっと私はあのおじいさんにからかわれたんだ。さっきの絵、確かにおじいさんにそっくりだった。本当にお面デザイナーなんだろう。でも猫や犬の絵まであれ、て酷いセンスだ。よく村人はクレーム入れなかったな。
私は実家に戻った時の楽しみのひとつの、愛ニャンを抱っこしようと辺りを見回したが見つからなかった。
夕飯前の散歩からまだ戻ってないのかな。残念。
私は台所で夕食準備中の母の後ろ姿へ話しかけた。
「ねえお母さん、この村ってさ。毎年夏至祭になると変なお面飾ってるよね。少なくとも私が知ってる子供の時から。なんでなの?」
母はいつものように答える。
「さあ、よくわからないね。昔からそう、としか」
私は続けて聞いた。
「私、さっきお面デザイナーさんに会ったかもしれない」
「え」
母は初めてびっくりしたように振り向いた。
「会ったの?」
「うん。〇〇ちゃんと話してて、その後そこら辺ぶらぶらしてたら、いつものお面の下書きが祠の中にあって。その絵に触ろうと思ったら変なおじいさんが近寄って来てさ」
母は食い入るように私を見つめていた。そして静かに言った。
「あんたはもう、ここに帰ってきたらあかんよ。少なくとも夏至祭の間は」
「なんで?」
母は眉間にシワを寄せて言った。
「あんた、そのデザイナーさん 怒らせたんちゃうやろねぇ」
私は少し首を傾げながら言った。
「わからない。でも、どうしてお面を飾るのか、とか。もし飾らなかったらどうなるのか、とか 聞いたら、知りたいなら飾らなければいい、て。どうなるか試してみれば、て言われた」
母は、急に寒気がしたかのように、ぶるっと体を震わせた。
「あんたは本当に。昔から怖いもの知らずで困ったこと。何でもポンポン聞いて。この村のような小さな人間関係では、そんな風で生きていけないよ。昔からの風習はちゃんとその通りに守るんだよ。言いたいことはそのままは言わないの。こっそり 誰かに、ちょっとだけ聞くに留めないと」
母は今度はキッパリと言った。
「お母さんは、あんたがいなくなって寂しかったけど、でもホッともしたんだよ。異質なタイプだからね、あんたは」
母はこの村の中の世界しか知らない。お面を飾らない、だなんて思ったこともないらしい。もしそんなことをしたら、どんな恐ろしいことが起こるか?
私は思った。
結局これだ。みんな、恐ろしいことが起こる、恐ろしい天罰が下る、て想像して怖がってるだけ。 誰も他の方法を試したりしない。
私は、
「ちょっと△△(猫の名前)を探しに行ってくる」
と、外へ出た。
そしてうちの玄関先に飾ってある夏至祭の面をまじまじと見た。
猫の面は、眉間にシワを寄せ、とても頭が痛いんです、みたいな顔をしている。
絶対に趣味悪い。センス無い。かわいい生き物代表とも言えるあの猫に対して、このデザインは無い。それこそ猫に失礼だ。この顔の方が本当の顔だなんて。そりゃ多少は人間から餌をもらう為に媚びを売るとか有るだろうけど、甘える時の顔とか、こんなんじゃない。こんな怖い顔してない!
私はちょっと腹が立った。
だから飾ってあった猫の面を外した。
そして母には内緒でこっそり自分の部屋に持って行き鞄に隠した。
今夜が夏至。いつもだと、今日の夜が過ぎればお面は外しても大丈夫だった。外す時間は人それぞれだけど、外し始める時間は決まってた。夏至翌日の日の出以降だ。
母も他の家族も、飾ってあったお面が一つ足りなくなっていることに、全く気がついていない。
しれっと内緒にしたままご飯を食べた。
結局実家で飼っている猫だが、いつまでたっても帰って来なかった。ちょっと寂しかった。
猫は魔女のお供、とか言うし夜遊びしてやがる。
と少し 腹が立った。
夜の間に猫の妖怪に襲われるような夢を見た。
猫の妖怪が私に覆いかぶさって、体の内側から浸食していく。痛い わけではないが、気持ち悪くて吐きそうになった。
よく猫耳をつけたり猫のコスプレをしたりして喜んでる女の子がいるけど。本気で猫の体になりたいわけではないだろう。
私はどうかな。裕福な家に飼われて大切にされている猫だったら、なってみたいかもしれない。
寝苦しい夜を過ごし、何度も寝返りを打ち、ようやっと鳥の声が聞こえ始めたので起きた。
布団から抜け出すと足音を立てずに台所へと行った。
何か食べるものがないかな。目ぼしいものが見当たらない。困ったな。
昨日の夜はなんだかあまり食欲がなくて、ご飯とかちゃんと食べなかった。メインディッシュのお肉とか魚とかは一生懸命食べて、サラダも少し食べたけど。いつもなら母手作りの梅干しを上に乗せたご飯を山盛り食べていたのに、食べれなかった。
昨日の食欲に後悔しながら、私は外へ出た。
ひんやりとした空気が気持ち良かった。朝露に濡れた草の上の踏み心地も良かった。
なんとなく高いところから村を見てみたいな、と思いずんずん山の中へ歩いて行った。
子供の頃よく一人になりたい時に行った、とっておきの場所があった。
山の途中の木々の先に1箇所開けた場所があって、そこにいい感じの岩が有り、よく座って考え事をしていた。
周りが木に囲まれていて安心感もあるし、そこだけ開けて日が射し込むので気持ち良かった。なぜか蚊とかの虫もいなかった。
覚えている足に任せているうちに、自然とそこへ出た。
昔と同じように岩があった。久しぶりに見る岩はなんだか前より大きく感じた。
こんなに大きくて、でこぼこしてたかな。
私は岩の上に腰掛け、そして空を見上げた。
太陽は出たばかりで明るくなってきてはいるものの、まだ薄暗かった。
私は頬杖をついて考えた。
結局、罰なんて当たらなかったよね。私はここにこうして来たけど、体はピンピンしてるし、なんだったらいつもよりも元気なぐらい。親や兄弟たちも特に異常ないみたいだったし。あのくそジジイはやっぱり私を怖がらせただけだった。
村長とぐるの旧体制なんだ、きっと。他の村人たちも、新しいことをするのも考えるのも怖いし面倒だから、言われた通りにやってるだけ。違うことをしたらどうなるか、とか。もっとこんな風にしたらどうか、とか。そういうアイデア すら出さない。
私は昔から、村のそういうところが嫌いだった。退屈で閉鎖的で息が詰まりそうで、誰がどこの学校に行ったとか、彼氏や彼女ができたとか、すべてのことがあっという間に村中に伝わった。個人のプライバシーというものが全く無かった。私はどちらかというと一人でゆっくり ものを考えたいタイプだから、そういうのが耐えられなかった。
そして一人で考え事をしていると、決まって
「何を考えているの?」
て聞かれた。
そんなの教えられるわけがない。とりとめもなく色々なことを考えているんだから。でも聞かれる。
他人は私に関心があって聞くんではなくて、何か秘密を持っている雰囲気が許せないみたいだった。
何もかも共有するのが当たり前だった。
私は人に頼むのも嫌いだった。
誰かに頼めば、頼られた側は嬉しそうに一生懸命期待に応えようとする。でも私は時間がかかって大変でも、自分独りでやりたかった。なぜなら完成図は自分の頭の中にだけあるのだから。
当然、水臭いとか冷たいとか言われた。
分かってないなぁ、と私は思っていた。
どうしてみんな、自分のことを人に頼めるんだろう。恥ずかしくないんだろうか?
むしろ私は疑問に思っていた。
大きくなって外の世界への憧れが強くなり、私は機会を見つけて外へ飛び出した。そして年に数回実家へ戻るだけになった。
そのことを後悔していない。当然の成り行きだったと思う。
でも 昨日。 久しぶりに会った○○ちゃん。彼女は私のことをとても歓迎し、楽しそうに話してくれたけれど。なんとなく垣根を感じた。
もう村人じゃない、部外者だ、と。
仕方ないことではある。
さあ 家に戻ろう。少し歩いてさっきよりもお腹が空いた。母特製の梅干しとご飯を食べよう。
私は立ち上がって岩から離れ山を下った。
だが、どこまで歩いても家は出てこなかった。
あれ、おかしいな。確かこっちの方向だったんだけど。そんなに高く登ったわけではないのに。なんで家が出てこないんだろう?
私は山の外に出てみた。実家があったはずの場所には、何もなかった。ただの草っ原しかなかった。
えっ、嘘。さっきまであったじゃん。
私は当惑し、家があったはずの場所をぐるぐると歩き回った。
何で? どうして何もないの? 変。それにお腹がすいた。お腹がすいたよ。お腹がすいたよぅ。誰か何かちょうだいよ。お腹空いたってば。喉も渇いたよぅ。
私はぶつぶつと文句を言い続けた。だんだん文句が大声になっていってたと思う。
ふと目の前に誰か人が立った。見上げると○○ちゃんだった。
〇〇ちゃんだ!
私は大喜びして話しかけた。
「ねぇ、○○ちゃん聞いて、変なの。さっき迄ここにあったうちが無くなってるの。お母さんも居ないし、お腹も空いてきたし。喉もすっごく乾いてきたんだ。何かもらえないかな?」
「わあ。かわいい猫ちゃん!」
○○ちゃんはそう言ってしゃがみ込むと、私をすっと手のひらで包み込んで持ち上げた
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