第65話 ヴァッサー
『くっ……。こんなことをして、ウンディーネ様が黙っていませんよ……』
「ウンディーネにその気はないよ」
オレは両手の片手剣を腰に戻しながらヴァッサーを見る。
さすがのヴァッサーもオレとグレンプニールを相手にするのは荷が重かった。グレンプニールの援護もあって、意外と楽に倒せたな。
しかしヴァッサーの命までは取らない。ウンディーネが本当に来ても面倒だしね。
だが、翼を焼いたから帰るのに難儀するだろう。話を聞く限り、こいつが率先してルクレール王国の侵略に力を貸したみたいだし、それくらいの罰はあってもいいじゃないか。
『必ず後悔させてやりますからね!』
「負けドラゴンの遠吠えだ」
恨み言を言うヴァッサーを無視して、オレとセレスティーヌはグレンプニールの背中に乗る。
「おつかれさまでした、レオンハルト様! ドラゴンに勝てるなんて本当にすごいです!」
目をとろんとさせた笑みのセレスティーヌがオレを褒めてくれた。おかげで元気百倍である。
「グレンプニールも手伝ってくれたからね。助かったよ」
『うむ!』
グレンプニールもヴァッサーに勝ててご満悦の様子だった。
まぁ、グレンプニールとヴァッサーが戦ったら、ヴァッサーが順当に勝つだろうし、グレンプニールにとっては初めての勝利かもしれない。
「じゃあ、帰ろうか」
「はい!」
『うむ!』
『必ず後悔させてやるううううううううううう!』
ヴァッサーの絶叫が心地いいね。
そんなことを思いながら、オレたちはグレンプニールの神殿へと帰る。戦闘でかなりお腹が減ったから、すぐにでもご飯を食べたいな。
今日はなにを作ろうか?
ピザが食べたいところだけど、トマトソースが無いからなぁ。カレーでも食べるか。カレー用のスパイスはなぜか調合された状態であるからな。適当にカレーでも作って、ナンを焼いて食べよう。
「グレンプニール、適当にモンスターを狩ってきてくれ。できれば前の牛やイノシシがいいな」
『うむ。いいだろう』
「レオンハルト様、なにかつくるのですか?」
「うん。今日はカレーを作ろうと思うよ」
「わたくしにもお手伝いさせてください!」
最近のセレスティーヌは、料理に興味津々だ。オレが料理していると、いつも手伝ってくれるし、たまに一人で作って練習している。その料理はオレのお腹に入るけどね。
「セレスは料理が好きなの?」
「はい! だって、レオンハルト様に食べていただけるんですもの!」
「ッ!?」
そんな満面の笑みでそんなことを言われると、さすがに照れしまうよ。
「わたくしはお料理が好き。レオンハルト様は食べるのがお好き。お似合いの二人だと思いませんか?」
「思うよ……?」
うふふと笑うセレスティーヌ。どこまで本気で言っているんだろう?
そんなこと言われたら、オレはセレスティーヌを本気で求めてしまうよ……。
でも、思うのだ。オレはこんなデブだし、告白なんてしたら迷惑かもしれない。それなら、告白して関係がギクシャクするより、このままセレスティーヌとほんわかした空気を味わっていたい。
自分の選択が弱虫の理論だというのはわかっている。それに、セレスティーヌはルクレール王国の最後の王族だ。ルクレール王国が復活したら、絶対にその血を次代に繋ぐことが求められる。
その時、セレスティーヌの隣には自分が立っていたいけど、それは高望みが過ぎるかもしれない。
いつかは、セレスティーヌとの関係に決着を付けないといけない。そんなことはわかっている。だけど、なかなか踏み出せず、オレはウジウジしていた。
◇
『くっ……。人間、グレンプニールめ。調子に乗りおって……!』
ルクレール王国内の荒野の道。私、ヴァッサーは恨み言吐きながらゲーゲンバウアーへの道を歩いて移動していた。
全身が痛みに震え、鉛のように重い。両の翼は根元から焼き払われ、空を飛べずに無様をさらしている。
それもこれもあの人間のせいだ。
『レオンハルト・クラルヴァイン……!』
ゲーゲンバウアーの貴族のクセに、ルクレールに加担する裏切り者。ウンディーネ様の崇高なご意思も理解できない愚物め!
『ヴァッサー……』
その時、いと清らかなる調べが私の耳に届いた。
『ウンディーネ様!』
私の目の前に現れた水の乙女。その美しさを世界に知らしめるべき大精霊様。他の大精霊も皆がウンディーネ様にひれ伏せばいいのに。
『ヴァッサー、あなたにはこれ以上ルクレール王国で動くことを禁止します』
『なっ!?』
しかし、その艶やかな唇から飛び出した言葉は、私を震撼させた。
『なぜですか!? 今、あの人間とグレンプニールが悪事を働いているのです! 今こそ奴らを叩かなければ! せっかく手に入れたルクレールの地が奴らに奪われてしまいます!』
『それでいいのです』
『なんと!?』
『わたくしは元よりルクレール王国への侵略に反対でした。しかし、侵略はなされ、ルクレール王国を飲み込み、世界はイフリートを失ってしまった……。とても悲しいことです』
『あの愚物は最後までウンディーネ様の素晴らしさを理解しようともしませんでした! 消えて当然です! ウンディーネ様こそ世界の頂点になるべきお方なのです!』
こんなに訴えているというのに、ウンディーネ様は首を横に振られた。なんと奥ゆかしいお方だ。やはりこの方こそ世界の頂点に立つべきお方!
『ヴァッサー、そんな傲慢な考えなど捨ててしまいなさい。わたくしはそんなもの望んではいません。ただ、世界が平穏であればいいのです』
『かしこまりました……』
やはり世界はウンディーネ様によって管理されるべきだ。そのためにはどうするべきか……。またゲーゲンバウアーの王に働いてもらおう。王が動けば民も動く。民が動けば、お優しいウンディーネ様もきっと立っていただけるに違いない。
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