第64話 略奪
「なに? トカゲが我が国の物資を狙っている?」
朕はゲーゲンバウアーの国王である。今は国の方針を決める大事な会議の場だ。当然、手中に収めた元ルクレール王国をどう差配するかもこの会議で決まる。
できれば、元ルクレール王国について言及したくない。朕が元ルクレール王国に対して言及すると、必ずと言っていいほど水を被ることになるからだ。
朕に水を被せた犯人はまだ見つからない。臣下の間では、朕に水を被せたのがウンディーネだともっぱらの噂になっている。最近では、朕の退位も囁かれるほどだ。適当な人間を犯人に仕立て上げることもできるが、それでは臣下の信を失う。
まるでじわりじわりと首を絞められるように朕の立場は脆いものになっていた。
そこにきて、今回のトカゲの蠢動だ。
以前ならば、闇雲に城や砦を襲う程度だったというのに、ここにきてガラリとその行動を変えて、我が国の弱点を狙ってきた。
まるで頭が変わったかのような……。
「レオンハルト・クラルヴァインの仕業か……?」
クラルヴァイン侯爵家の異端児、レオンハルト。奴はヴァッサーからトカゲを守った裏切り者だ。一属性しか使えないくせに、ありえないほど強力な魔法を使うらしい。
レオンハルトがトカゲを操っているとしたら?
ありえない。バカバカしい妄想だ。人間がドラゴンを操るなど聞いたことがない。
だが、もしレオンハルトがトカゲに知恵を授けたとすれば厄介なことになる。
「ヴァッサー様にお頼みするしかないか……」
ドラゴンにはドラゴンをぶつける他ない。人間には手を出せない力の領域だ。
「ヴァッサー様に輸送隊の護衛を願い出る!」
その瞬間、朕は大量の水を浴びることになった。
朕は水を含んで垂れ下がった髪をかき上げた。
またこれだ……。朕が元ルクレール王国について言及すると必ずこうなる。
「もう我慢ならん! 必ず犯人を見つけ出せ! 絶対にだ!」
「は、はっ!」
近くで朕の守りを固めていた宮廷魔法使いに厳しく申し付ける。
ウンディーネの忠告だと? 下らん噂だ!
仮に本当にウンディーネの忠告だとしても、領土を増やして国を富ませてなにが悪いと言うのだ!
ルクレール王国を飲み込んだことで、我がゲーゲンバウアーの国力は増したのだ。これまでのような相対的な強国ではなく、絶対的な強国になれるチャンスだと言うのに、こんなところで足踏みしてはいられない。
後日。結局、間抜けな宮廷魔法使いどもは犯人を見つけることができず、また噂の信憑性が増してく。
なぜだ?
朕はルクレール王国を併呑し、強いゲーゲンバウアー王国を作る偉大な王のはずだ。
だというのに、なぜこうも苦しい立場に置かれることになるのだ!
◇
その日、オレたちはいつものようにゲーゲンバウアー王国の輸送隊を襲撃していた。
ゲーゲンバウアー側も対策に本気なのか、冒険者の護衛の他にも、兵士の護衛も増えていた。だが、オレの前にはそんなものはまるで意味をなさない。いつものようにタイダルウェーブで押し流し、二、三人手足を燃やしてやれば恐れをなして逃げ出していく。
そして、オレたちは輸送隊の置いて行った物資を回収し、回収しないものは焼き尽くす。
『来たか……!』
そろそろ帰ろうかというところで、グレンプニールが突然北の空を見上げて呟いた。
「どうかしたのか?」
「グレンプニール様?」
オレとセレスティーヌの質問には答えず、北の空の一点を見つめるグレンプニール。その視線をたどると、空になにか影のようなものが見えた。
影はどんどん大きくなり、その姿を明確にしていく。
ライトブルーのきらめく鱗。ヴァッサーだ。ついにゲーゲンバウアーもこの問題を看過できず、ヴァッサーを投入したようだ。よくよくヴァッサーの周りを観察するが、どうやらウンディーネは来ていないようだな。ならば、なんの問題もない。返り討ちだ。
『あなたたちですね。性懲りもなく安寧を脅かすのは。これ以上の狼藉は認められません。あなた方はもう負けたのです。大人しく受け入れなさい!』
頭の中にイライラした様子の女の声が響く。
とういうか、平和に暮らしていたルクレール王国を侵略したのはゲーゲンバウアーの方じゃないか。なんでこんなに自分は正義だと疑っていないの?
「その理論だと、オレはお前に勝っただろ? お前の方こそ大人しく帰れよ」
『あなたは……!』
ヴァッサーがオレを見て目を細めた。ドラゴンの表情はわからないが、その口調からだいぶ怒っているのがわかる。
『聞きましたよ? あなたはゲーゲンバウアーの貴族ではないですか。なぜ、ルクレール王国になんて肩入れするのです? ゲーゲンバウアーの貴族なら、謹んでウンディーネ様の統治に協力するべきです! ウンディーネ様こそ、精霊王になるべきお方だというのがわからないのですか!?』
「うへー……」
なんかだいぶ思想が強めのドラゴンみたいだ。話をしても無駄だろうし、早めに片付けちゃおう。
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