第34話 再び龍谷の泉へ


 今や部屋にいる全員の視線はフィンブルに向かっていた。

 ルーンフェルの宝玉と呼ばれたものが、ドラゴンの子どもが使う魔力ゲートだと言ったからだ。

 あたしはエルダの手に持たれた宝玉に視線を向けた。


「ドラゴンの子どもが使うの?」

「そうだぞ。まぁ、ドラゴンは子どもが滅多に生まれないから、最後に使われたのは人の時間でいうと三百年くらい前かな?」


 三百年前となると、ルーンフェルの建国より前になるだろう。

 元々ドラゴンの生体なんて謎に包まれている。誰も気づかなかったのも仕方がない。

 まさかの宝玉の正体に王様もあんぐりと口を開けた。


「なんと……では初代はなぜ使えたのでしょうか?」


『宝玉と若者』に宝玉に対して何かした記述はなかったはず。

 若者ば宝玉を拾っただけ。それでも宝玉は若者に力を貸しているし、ルーンフェルの初代が使った様子も王家には伝わっているようだ。

 フィンブルは首を右左と傾げながら答えてくれた。


「魔力がある奴が触ると自動で追跡して、魔法の補助をしてくれるんだ。エネルギー切れになる頃には、ドラゴンは成長して自分で魔法を使える。そうなったら、龍谷の泉に返すんだよ」


 龍谷の泉。ドラゴンの巣の奥にある場所だ。

 エルダのゲート拡張薬を作るために、ナンテン草を取りに行った場所でもある。

 泉にドラゴンが定期的に集まっていることは知られていたが、その理由までは分かっていなかった。

 エルダと行動するようになってから、様々なダンジョンの秘密を知っている気がする。

 あたしは大きく息を吐いた。


「なーるーほーどー……」

「まさかの事実ね」


 もう一度エルダと一緒に宝玉を見つめる。

 それじゃ、初代以外に宝玉が扱えないはずだ。


「ってことは、エネルギーを充電すれば、また使えるってことよね?」


 フィンブルの話通りなら、龍谷の泉に宝玉を返せば充電されて使えるようになるのだろう。

 なら、話は簡単であたしが宝玉を龍谷の泉に持って行けばいい。

 そして充電できたらルーンフェルの王家に返せば、宰相殿も納得させられるし、すべて上手く事が収まる。

 そう思ったのだけれど、フィンブルは眉間にシワを寄せた。


「いや、どうだろうな。ドラゴンと同じ魔力量がある人間って珍しいんじゃないか?」


 なるほど、結局、ある程度の魔力量がなければ扱えない代物らしい。

 ドラゴンの魔力量は大きすぎるからコントロールが難しいのだろう。


「あれ、でも、初代って宝玉を手に入れるまで魔法を使えなかったんじゃなかった?」


『宝玉と若者』に出てくる主人公は、宝玉を手に入れるまで魔法の使えない冒険者だった。

 魔力量が多いのに魔法が使えないなんてことがあるのだろうか?


「ええ、そうだけど……もしかしたら、私と同じなのかもしれない」


 エルダは魔力量が多すぎて、火属性以外使えなかった。

 ならば、魔力量が多くてもゲートがそれに対応してなければ魔法は使えない。

 まして、宝玉はドラゴンの子どもが魔法を使うための〝魔力ゲート〟と言った。

 ドラゴン用のゲートなら魔法が使えたと考えるとすっきりする。

 納得したあたしを見て、ゲートの話を知らない王様がエルダに視線を向けた。


「エルダと同じ?」

「私が他の属性を使えない理由は、魔力量に対してゲートが小さすぎるからだとエルフの師が教えてくれました」

「そのような理由で魔法が使えないことがあるのだな」


 エルダの説明に王様は興味深そうに頷いた。

 アルベリック王子とセリーヌ王女も整った顔を驚きに染めている。


「エルダは魔力量だけなら頭抜けていたからなぁ」

「なんで使えないのか不思議だったのよね」

「あなた」

「うむ、やるべき事が決まったな」


 パタパタと事態が進んでいく。

 あたしはエルダをみる視線が変わっていくのを、彼女の隣で感じていた。

 エルダは王家として期待をかけられれば応えようとするだろう。

 それは間違いない。

 エルダを見ていたあたしに予想通りの声がかかる。


「アリーゼ殿、そなたを凄腕の配達人と見込んで頼みがある。エルダと宝玉を龍谷の泉に届けてくれないか?」


 そうなるよね、とあたしはため息を飲み込んだ。

 エルダとルーンフェルの初代は話を聞くと似通っている。

 ゲートだけの問題ならば、魔力量が抜きん出いてるエルダに賭ける。


「レイフルは宝玉を触りに日に一度は来る。今出ても、時間は半日ほどしかない」

「もちろん、時間稼ぎはするわ」


 毎日触りに来るとは余程自分に自信があるようだ。

 宝玉にさえ認められれば王様になれるなら、王位に興味のある人間ならそうするか。

 あたしには理解できない。

 でも、そんなに宝玉に執着しているならば、ないと分かった時は大変なことになる。


「ですが、宝玉がないのに気づかれたら、御身が危険に晒されるのでは?」

「ふはは、どうせ宝玉が認めなければ同じ運命よ。それであれば、エルダに賭けてみたい」


 あたしは長く息を吐く。

 こうなってしまうと、もうどうしようもない。

 行く側も行かせる側も覚悟を決めているのだから。


「分かりました。書状について宰相殿は確認してから返事をすると仰っていました。待つ間、あたしたちはルーンフェルの観光をすることにします」

「おお、それが良い。時間を潰すにはぴったりじゃからな。噂ではダンジョンへ続くなんて伝説の場所もあるぞ」


 ニッと王様が笑う。

 それはありがたい。ダンジョンの中では自由に動けても、入口の前にいる衛兵は誤魔化せないと思っていたのだ。

 あたしは表情を変えないようにしながら、目だけでエルダを見た。


「そうなんですね」

「ああ、エルダも知っているだろう?」

「! ええ、馴染みの店の近くだもの。案内してあげるわね」


 意図は伝わったようだ。

 王家だけが知る抜け道というやつか。

 初代が冒険者だったら、一つや二つそういう抜け道を見つけていても不思議ではない。

 あと、残った問題は……あたしはフィンブルに向き直る。


「フィンブル、龍谷の泉にこれを返すだけなら、ドラゴンたちは怒らないよね?」


 一応、怒りを抑えてもらっている状態だ。

 下手に刺激するのは嫌だし、事情の説明が必要なら道順を考えなければならない。


「あー……大丈夫じゃね? 通るだけで怒ることはないと思うぜ」

「わかった。ありがとう」


 フィンブルは軽く肩を竦めながら答えてくれる。

 少年がするには落ち着きすぎた仕草なのだけれど、彼がすれば似合っているから不思議だ。


「エルダも、また無理させるけど大丈夫?」

「嫌と言うと思う?」


 疑問に疑問で返された。

 エルダはただ口角だけを上げて笑っていた。

 あたしも釣られたように笑顔を作る。


「思わない」

「でしょ。私からもお願いしたいくらいだわ!」


 今にでも出発したがるエルダ。

 その肩を押さえるようにして、後ろからマルグリットが顔を出す。


「私も町中まではついて行くわ。その方が自然でしょうから」

「あなたも安全な場所に居てね」

「私は魔法も得意だし、うちの家も宰相様から目をつけられてないから大丈夫よ」


 ということは、マルグリットは魔法を得意としているのだろう。

 二人の気心がしれたやり取りに場が和む。

 あたしは周りをぐるりと見回した。


「それじゃ、行こうか?」


 全員が頷く。

 エルダと宝玉を龍谷の泉に届ける任務はこうやって始まった。


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