第33話 宝玉の正体
ルーンフェルのお城は所々に装飾が施されていたが、絵画や彫刻は少なく、いわゆる貴族的な趣味にお金はかけない様子が伺えた。
たまにある絵画は王のものかと思いきや、魔法に重点が置かれている物が多い。
タイトルに「初代の魔法」なんてついている絵画は初めて見た。
と、そんな感想を抱いている間に王家の人たちが固められている部屋に着く。
一国の王族が集まっているには、あまりに質素な扉だった。
(このお城だけで、エルダができた理由がわかる気がするなぁ)
ちらりとやっと怒りの炎が鎮火し始めたエルダを見る。
彼女も魔法と国のことしか考えていない。
それはとても王族らしい性質で、また滅多にない性格だ。少なくともこんな王族をあたしはエルダ以外知らない。
「おお、エルダ、無事で安心したぞ」
「ほんと、冒険者と一緒とは聞いていたけれど、充実しているようね」
扉を開けてもらい中に入る。
毛足の長い絨毯は敷いてあるものの調度品は机とソファしかないような部屋だった。
広さは充分にあっても、ものが少なすぎる。
中にいたのは四人。エルダの父母らしき人たちがソファに座り、エルダの姿に頬を緩めていた。
その後ろにエルダより年上に見える男女が同じように暖かくエルダを見守っている。
「お父様、お母様。ご心配をおかけしました。私はこの通り、元気にしております」
うむ、とレオヴァルド国王が頷き、隣のイザベラ王妃がハンカチで涙をぬぐっている。
火属性しか使えないエルダであっても愛されているのは充分に見て取れた。
愛されているからこそ、エルダも他の属性を学びたかったのだろう。
国王たちの後ろに立っていた二人も、エルダに笑いかける。
「エルダがヤーパンを飛び出したと聞いて、本当に肝が冷えたのだぞ」
「エルダは昔から火の玉のようなところがあったから」
「リック兄様にリーヌ姉様まで……私とてそこまで無謀じゃありませんわっ」
兄と姉の言葉にエルダが少し頬を膨らませた。
あたしとしてはリーヌ姉様ーーセリーヌ王女に賛成だ。
彼女は綺麗な金髪で瞳は青い色をしていた。バランス良く魔法が使えると現れる色だ。
ヤーパンを飛び出し、ルーンフェルを目指しながら、ソルフィヨルドの近くに来るのだから、エルダはほとんど火の玉のようなものだった。
「どうかな? そちらの配達人に助けられたと聞いたぞ?」
王家の皆さんの視線が一気に集まる。その圧力にあたしは苦笑するしかない。
リック兄様ーーアルベリック王子は王太子ということになる。
少しくすんだ金髪に緑の瞳。この二人の兄姉と並んだら、エルダの赤は凄く目立つだろう。
「そうですわ。皆に紹介します……アリーゼ・ウィンドリダー。私をずっと助けてくれた人です」
エルダが紹介してくれるのにあわせて、頭を下げる。
一応最上級の礼なんだけと、使うことが少ないので自信はない。
「アリーゼと申します。今回はエルダ、様と一緒に使者の命をヴァルクランドより承りました」
「止めて。今まで通りエルダでいいわ」
ちょっとエルダをどう呼ぼうか迷った。
あたしにとってはエルダだけれど、今いるのはルーンフェル。彼女は正式に王族の立場だ。
あたしの逡巡に気づいたエルダからすぐに視線が飛んできた。
「世話になったな。じゃじゃ馬だったろう?」
「いえ、エルダは様々なことに気づくので、一人で行動するより楽しく過ごせました」
「アリーゼは凄いのよ! まずね……」
さすが、家族はエルダの性格を理解しているらしい。
当たり障りのない会話をしていたら、エルダが言葉を遮るように入ってくる。
その勢いは止まることなく、出会いからの話をドラゴンブレスのように連発した。
「わかった、わかった。エルダがアリーゼ殿を好きな気持はよく伝わった。じゃが、今の私たちには時間がない」
「し、失礼しました」
苦笑いを浮かべる王様に止められるまで、エルダはずっと話していた。
あたしとエルダ以外は全員似たような反応だった。
居心地の悪さに肩を小さくするあたしたちを置いて、マルグリットが本題に切り込む。
「宝玉の状態はいかがですか?」
「私たち全員が試したが、やはり何も反応はない。このままでは、レイフルに正統性を疑われ、王家も廃止になるかも知れぬ」
「そんな所まで話は進んでいるの?」
王家の正統性を示す宝玉が反応しない。
初代以外に反応していないのだから、今更といえば今更なんだけれど。
レイフルという魔法第一主義が台頭してくる状況では話が変わってくる。
「私にも挑戦させてください!」
「だが、そなたは」
「エルフの里で指導を受け、火属性はさらに強く、他属性も扱えるようになりました」
予想通り、エルダが自分の胸に手を当てて宣言した。
爆発姫と渾名された姫が、他属性も使えるようになる。しかもエルフの指導によって。
その喜びようは想像以上だった。
「凄いじゃない、エルダ!」
「本当か?」
「こちらにいるフィンブルが証人ですわ」
褒められて嬉しいエルダは胸を張るようにしながら、後ろでつまらなそうにしていたフィンブルを引き合いに出す。
一気に視線が集まったことにフィンブルは嫌そうに顔をしかめた。
「俺に話を振るなよ。負けた話なんてしたくないんだからな」
「フィンブルさまはドラゴンが人化した姿ということです」
マルグリットの的確な紹介に皆が目を丸くした。
王様がフィンブルとエルダを交互に見つめる。それから、確認するようにあたしに視線を向けた。
「な、エルダはドラゴンに勝ったというのか?」
「アリーゼと一緒でしたが、勝ちました」
「かなり無茶なことをさせてしまい、申し訳ありません」
深々と頭を下げる。
必要なことだったとはいえ、保護してる対象を戦わせているのだ。
エルダはずっと得意そうに胸を張っている。
王様は口元を隠すように手で覆い、数秒沈黙した。
「ふむ、ではやってみるか」
「自由に動けるのですか?」
思ったより軽い。
王家の正統性を証明する宝玉なんだから、もっと厳重な手続きが必要なのかと思った。
あたしの反応に王様は苦笑を深める。
「レイフルは無闇矢鱈に王家を排除しようとしているのではない。あやつは魔法を上手に使えるものが上に立つべきであり、その証拠が宝玉という立場をとっておる」
本当に魔法第一主義なんだなとあたしは思った。
考え方としては凄くシンプル。
だからこそ、ここまで登ってきたのかも知れない。
「王家の誰かが宝玉を扱えれば、正統性を認めてくれると?」
「まぁ、王家がなくなる事態は回避できるだろう」
その言葉に飛びついたのはエルダだ。
「私にやらせてください!」
「わかった。では移動しよう」
王様に連れられ、エルダとともに移動する。
マルグリットの言うことには、ルーンフェルの貴族であれば誰でも一度は宝玉を見たことがあるらしい。
王家の正統性を示すため、よく展示されるのだ。
シンプルな扉が続く中、衛兵が両脇に立つ部屋の前にたどり着く。
「ご苦労」
王様が言葉をかけると衛兵たちは「はっ」と返事をし、頭を下げた。
王様自らの手によって開かれた扉をくぐり中に入る。
部屋の中心に台座が置かれ、そこにビロードの赤い布が敷かれていた。
そこに埋もれるように拳大の白い石が置かれていた。
「これが宝玉なんですね?」
「初代のときは白く輝き、常に後ろに浮いていたと伝わっている」
あたしの疑問に王様が答えてくれた。
エルダは真剣な瞳で宝玉を見つめている。
今は輝くこともない白い石だ。そう珍しい材質にも見えない。
エルダが静かに指先を近づけていく。
つんと指先が触れた。が、何も変化はない。
ゆっくりとエルダの掌が宝玉を持ち上げた。
「うんともすんとも言わないね。ただの白い石みたい」
「そうだね。魔力込めるとかしてみたら?」
「うーん、壊すと怖いわね」
エルダの掌の上でも宝玉はただの白い石だった。
落胆の雰囲気が徐々に流れ始める。
そんな中、フィンブルの一言がすべてを変えた。
「それ、充電切れてるぞ」
「え?」
誰もがエルダと宝玉を難しい顔で見つめていた。
その理由が分からないというように、フィンブルは首を傾げた。
「その白い石は、ドラゴンの子どもが使う魔力ゲートだ。エネルギー切れじゃ誰が触っても動かないぞ?」
「ええ?」
『あれは宝玉というほど大したものではありませんよ』
エクイブリウムが以前にそう言ったときの困惑した顔が頭の中に浮かび上がってきた。
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