第32話 宰相レイフル
ルーンフェルはヴァルクランドより南に位置している。
温暖な気候ではあるが、作物を作るのには向いていない。
そのため国民の多くが魔法を使い、ダンジョンに潜り獲物を捕る。
そう考えると、魔法を尊ぶ国だになるのもわかる気がした。
その大元に建国神話があるなんて知らなかったけれど。
「これがルーンフェルの城下町」
「……久しぶりに帰ってきたわね」
あたしたちは、ダンジョンの出口からルーンフェルの街並みを眺めた。
一番目立つのは何より高くそびえ立つお城の尖塔だ。
そこを中心にして城壁が同心円状に広がる。
段々畑のように城壁が見え、その間を水路が通っていく。
水の通う国と評されることもあるらしい。
「ルーンフェルは元々山の上に建てたお城を中心に発展した国よ」
「うん、ソルフィヨルドもだけど、ほんと綺麗だよね」
「離れて見ると綺麗なのよね」
マルグリットの説明に頷く。
あたしは目に焼き付けるようにルーンフェルの風景を見ていた。
色々国は回ったが、見惚れる国はそう多くない。
あたしの感心をよそにエルダが平然とそう言う。
「あは、中に住んでちゃ見えないもんね」
一番目立つところに住んでいると、外から眺めるのは難しいだろう。
あたしはやっと視線を離して周囲をぐるりと見回した。
と、フィンブルが周りを確認するように忙しなく動いている。
「フィンブル、どうしたの?」
「いや、この国、ダンジョンみたいな空気だなって……魔力が濃いのか?」
くんくんと鼻を利かせるように、フィンブルは斜め上を見上げて首を傾げた。
ダンジョンの空気?
そう言われても、あたしには分からない。
でもーールーンフェルの雰囲気はどこか懐かしい気がした。
「フィンブルさまにそう言われると、そうなのかもしれませんね。元々ルーンフェルは魔力量が多い人間が生まれやすいと言われています」
「へー、そうなんだ」
「魔法好きの国で魔力量が多い人間が生まれやすいんだから、そりゃ、魔法の研究ばっかになるわよ」
マルグリットはドラゴンのフィンブルには丁寧な口調で話。
とても穏やかで、少し固さを感じる口調は、社交界での彼女を想像させる。
きっとマルグリットはこうやってエルダとエルダの周りを繋いできたのだろう。
エルダもマルグリットと一緒だと少し砕けた雰囲気になる。
幼馴染。それはあたしにはない絆だ。
「行きましょう。ヴァルクランドの使者なんだから、正式に門をくぐれるわ」
「うん、行こうか」
エルダに背中を押されるようにあたしたちは王城へ向かった。
その先であたしは初めて宰相殿に会うことになったのだ。
*
レイフル・ヴァン・フロストベインは、元々平民だった。
平民であっても魔法を使えるのが普通のルーンフェル。
だがレイフルは子どもの頃から頭一つ抜きん出ていたらしい。
それを能力重視の前宰相ーーフロストベイン公爵が養子にした。
貴族としての教育を受けたレイフルはあっという間に頭角を現し、今に至る。
それがエルダから聞いた宰相殿の話だ。
あたしは通された謁見の間で、もぬけの殻の玉座の前に跪いていた。
隣ではエルダが立ったまま、まっすぐ前を見つめている。
その視線の先には宰相レイフルが銀に近い長髪を流して立っていた。
彫りの深い顔立ちに薄い唇。最低限の笑みは浮かべているはずなのに、冷笑に見えてしまう。
無言の圧力が彼の周りにはあるように見えた。
「ヴァルクランドより使者として参りました。アリーゼと申します」
「ドラゴンから命を受けて戻ってきたエルダです。もちろん、ご存じでしょうけど?」
あたしは型通りの挨拶をした。エルダは言い終わると鼻で笑うようにレイフルを見た。
端から見ても喧嘩を売っている。
背中を冷や汗が伝っていく。この場で争うになるのは避けたいのに。
だが、宰相殿も気にせず、冷たさを増す笑みを浮かべ言いかえした。
「これは姫様、お久しぶりです。ずっと行方知れずだったので、心配しておりました」
「ありがとう。その間に、色々なことを知れたわ」
「ええ、ドラゴンと知り合うとは興味深い……少しは魔法も上達しましたか?」
褒めて下げる。うわぁとあたしは内心で引いた。それくらい分かりやすい嫌味。
言葉の間にフィンブルへちらりと視線が向いた。
ドラゴンの巣を無断で調べるくらいだ。ドラゴンに興味はあるのだろう。
何しろ魔法だけにしてもドラゴンは最強の種族と言える。
エルダに向ける視線と温度差があり過ぎて、エルダの頬が引きつり始めた。
「おかげさまで。火属性は元より、他の属性も扱えるようになったわ」
「ほほう! 素晴らしいですな。では宝玉が認めるのは姫様になりますかな?」
「それはあなたが決めることではないわ」
嘘は言ってない。
だけど、レイフルはそんなことを気にした様子もなく、宝玉のことを口にする。
王家のことに軽く口を出す態度に、エルダはピシャリと言い放つ。
まるで氷のような冷たさを含んでいた。
「すみません。ヴァルクランドからの使者として、書状の確認と認証をお願いしたいです」
この空気の中で、そう言い出すのは勇気がいった。
このままではエルダとレイフルの争いになってしまう。
それは望ましくない。表向きだけとはいえ、目的は書状なのだ。
宰相殿はあたしにうっすらと笑みを作ると書状を受け取った。
「ああ、もちろん。ところで、あなたは魔法は使えますか?」
「いえ、身体能力強化のみで、配達人だけをしております」
「そうですかーー姫様は相応しくないご友人を作るのが本当にお上手ですね」
あたしにとって魔法は大した意味をなさない。
今使えるものだけで十分生活できるからだ。
それでも、使えないと言った瞬間に見下げられたのがあたしにもわかった。
あたしが反応するより先に、エルダが毛を逆立てた猫のように声を荒げる。
「レイフル!」
感情の高ぶりにあわせて、エルダの瞳が赤く輝いているように見えた。
ゲート拡張薬を飲んでからなりやすいらしい。
あたしの代わりに怒ってくれているエルダの肩に手を置く。
これくらい言われ慣れている。
反論があるとしたら、エルダを馬鹿にされたことくらいだ。
「……ありがたいことに、仲良くさせてもらってます。エルダの魔法は、見たことがないくらい素晴らしかったですよ」
「ほう」
あたしと宰相殿の視線がぶつかり、沈黙が広がった。
しかし、それは一瞬でレイフルは書状を手に持ち、少し高く上げる。
「内容を確認して、のちに書状を渡します。それまではどうぞご家族と歓談なさってください」
「ありがとう」
空席の玉座。
その前で堂々と書状を受け取る宰相。
これだけで、ルーンフェルの現状がわかる。
あたしは内心怒りの炎が燃えたままのエルダについて行く形で謁見の間を出た。
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