ルーンフェルと魔法

第31話 ルーンフェルへ


 ギルド長との情報交換は問題なく終わった。

 ヴァルクランドからルーンフェルに送った使者は素気無く返されたらしい。

 ルーンフェルはダンジョン内での行動、ドラゴンの巣での調査をすべてを知らぬ存ぜぬで通した。

 こうなるとヴァルクランドの面目としても丸つぶれになってしまう。


(そこにちょうどよく、あたしがフィンブルと一緒に帰ってきたからなぁ)


 そりゃ、エルダと一緒に使者に立つことになる。

 あたしは発見された姫をルーンフェルへ送る役割を担うことになった。

 ただの使者じゃない。状況を考えると、一触即発というか、エルダが戻ったら、そのまま争いに発展することがほぼ確定している。

 エルダはドラゴンという後ろ盾がある。もうただの爆発姫じゃない。


「あらまぁ、それはまた大変ねぇ」

「せっかく家を整えたのに、ゆっくりするのはしばらく先になりそうです」


 そんな大変な状況になるのを見越して、あたしは準備に勤しんでいた。

 今日は久しぶりにジェニファーさんのお店に顔を出して、頼んでいた魔道レンジを回収しに来ていた。

 仕事に出るついでに新しい魔道具がないか聞いていたのだ。


「なぁ、なんであの女の人はあんな格好してるんだ?」

「人間の女性は好きな服装をしていいのよ。貴族だとちょっと違うんだけど……ジェニファーさんは基本的にゆったりとした服装が好きなの」

「ふーん」


 後ろではフィンブルがジェニファーさんを興味津々に見つめている。

 ドラゴンは基本的にドラゴンのままで過ごしている。人化の際にはエルフを参考にするようだが、エルフも基本的に身なりに興味がない。

 皆が同じような格好なので、人の間でも特徴的なジェニファーさんは物珍しく見えたようだ。

 エルダが言葉を選んで説明しているのに小さく苦笑する。


「それにしてもアリーゼちゃんは来るたびに面白い子を連れてくるわねぇ」

「すみません。勉強中なんで、失礼なことも多いと思いますが」

「気にしないわよ。それより、新しい魔道具作ったんだけど、どう?」


 ジェニファーさんはカウンターの上に肘をつくと、フィンブルを見てゆったりとほほ笑んだ。

 何も聞いてこないけれど、何となくバレている気もする。

 ジェニファーさんのお店は色んな人がよく訪れる場所だ。なので、下手な冒険者よりも多くの情報を知っていた。


「いや、今は家にいる暇がないので……」

「ダンジョンで使えるセンサーよ。対象が通ったら、教えてくれるの」


 魔道レンジを家に戻して、それで今回は終わり。

 そう思っていたのに、先読みするようにニッコリ笑いながらそう言われてしまう。

 誰かが通るたびに教えてくれるなんて、便利すぎる。

 ドラゴンの巣に来た時の証拠にも使える。

 あたしは横に振っていた首の動きを縦に変えた。


「……買います」

「毎度ありがとうございますぅ」


 ハートマークが付きそうなほど甘い声だった。

 怖い。まるであたしの欲しいものを見透かされているよな気分になる。

 半笑いで道具が袋に詰められていくのを見ていたら、大きくウィンクされた。


「サービスで目くらましの魔法手榴弾もつけておくわね」

「的確な品ぞろえ過ぎて怖いです」


 逃げるときに使えそう。

 魔法が使えないあたしにとっては、とても大切なアイテムだ。

 今まで戦闘の依頼を受けたことがなかったので使った試しはない。

 大荷物になった袋を受け取ろうとして、ジェニファーさんが動きを止めた。

 あたしは首を傾げる。


「アリーゼちゃんに限って大丈夫だと思うけど、ちゃんと帰ってきなさいね?」

「はい、必ず」


 大きく膨らんだ袋。それだけ心配が詰め込まれている気がした。

 それを両手で受け取る。

 真剣な瞳で告げられたジェニファーさんの言葉に、あたしは笑顔で頷き返した。


 *


 正式な使者として立つとはいえ、装備はいつもと変わりない。

 エルダの格好だけは、見慣れてきた冒険者の服装から、出会ったときの上級貴族の格好に戻っていた。

 王族としては、これでも質素な方だろう。

 ギルド長から預かった書状もある。ジェニファーさんから買った魔道具もできるだけ詰めた。

 そして――あたしはエルダとフィンブルを振り返る。


「忘れ物はない?」

「ないわよ。というか、行方不明だった姫が持ってる必要があるものなんてないでしょ」

「それもそうか」


 エルダの言葉に苦笑する。エルダは一応、行方不明扱いだった。

 行方不明の間にドラゴンと知り合う冒険をしたなんて、それこそ神話のような話だ。

 その冒険の一端を担ったフィンブルは、いつものふてぶてしい態度のまま。

 大分、人間に見える行動にも慣れてきたようだ。


「フィンブルも大丈夫?」

「俺は付いていくだけだからな。危なくなっても助けたりしねぇぞ」

「はいはい、わかってるよ。自分の身だけ守ってね」

「あったりまえだ!」


 ふんぞり返るように強気に言い返される。

 ルーンフェルに行くことになってから、何度も繰り返されたやり取りだった。

 ドラゴンの力を借りれれば、そりゃありがたいけど。

 アルビダさんが言ったように、ドラゴンが世界の調和を司っているなら、片方にだけ与するのは難しいだろう。


「それじゃ、行きますか」

「ええ」


 バラバラと言えば、バラバラの組み合わせ。

 あたしはそれでもこの集団を気に入っていた。

 荷物を持ち直し、ルーンフェルへの道を進もうとしたとき、思いもよらない声が聞こえてきた。


「お待ちなさい!」


 場所はヴァルクランドからダンジョンへの入り口。

 一番多くの人が利用する場所と言ってもいい。

 特徴的な声に最初に反応したのはエルダだった。


「マルグリット? どうしてヴァルクランドに?」

「あなたが見つかったという報告は、すべての国のギルドに通達されるもの。〝行方不明の姫様、ドラゴンからの使者として帰国!〟って、どういうことなの?」


 いつも唐突な少女だ。

 あたしは新聞片手にエルダに詰め寄るマルグリットを見て、一歩下がる。

 フィンブルも面倒事の匂いをかぎ取ったのか少し距離をとっていた。


「ルーンフェルへ戻るわ。私はレイフルと話をしなければならない」

「でも、あなたでは……」


 マルグリットの言葉を遮るように、エルダが首を横に振った。


「私は全ての属性を使えるわけじゃない。でも火属性だけなら、レイフルにも負けないつもりよ」


 ぴくりとマルグリットの眉が動いた。

 レイフルに負けない。

 そう言い切ったことに驚いている様子だ。

 だけど、すぐにその表情を打ち消し、エルダを真剣な顔で見つめる。


「宝玉が認めてくれると限らなくても?」

「宝玉のために戻るんじゃないもの、ルーンフェルのために戻るのよ」


 エルダはまっすぐにそう言い切った。

 そこに迷いはない。

 いつも、エルダは返りたがっていた。自分の故郷であるルーンフェルのためにできることをしたいと言っていた。

 そんな彼女がこの機会を逃がすわけがない。


 エルダのそういう気質を誰より理解しているのは、もしかしたらマルグリットかもしれなかった。

 エルダを見つめていた表情が諦めたように緩む。


「そう、なら、私も一緒に行くわ。その方が正当性が高まるでしょ」

「ええ?!」

「マルグリット、でも、これは危険よ」


 言い出した言葉に、あたしは頭を抱えた。

 エルダがエルダなら、幼馴染のマルグリットもマルグリットだ。

 さすが、行動自体が似てくるのか。なんで、そう危険の中に飛び込む令嬢ばかりなのか。

 顔をしかめるエルダに、マルグリットが呆れたように息を吐く。


「今更よ。大体、あなただけ行かせたなんてなったら、家からなんて言われるか」

「ありがとう、マルグリット」


 二人の関係性をよく知らないあたしでも分かる。

 マルグリットはエルダを心配しているのを隠しているだけだ。

 幼馴染のやり取りを見つめていたら、エルダがあたしを振り返った。


「と、いうわけなんだけど、アリーゼ、大丈夫かしら?」

「今更だよねぇ。ま、今回は普通の道を使うから大丈夫だよ」


 ルーンフェルの地理に詳しい人間が増えるのはありがたい。

 町の様子はマップがあるとしても、王城付近は立ち入りが難しい場所だ。

 エルダの知識だけを頼りにしていたのだが、マルグリットも一緒なら助かる。

 とはいえ。


「行きはよいよい、帰りは怖い……だけどね」

「ルーンフェルについたら、自分のことは自分でどうにかするわ」


 脅すように言ったあたしの言葉にマルグリットは静かに頷くだけだった。

 連れていくのは問題ない。

 ルーンフェルから帰ってくるとなると、きっと問題が山積みになる。

 レイフル、宝玉、ドラゴン。

 頭の中に問題は山ほど回っているけれど、あたしは笑顔を作った。


「じゃ、急ごしらえだけど、このチームで行きますか」

「ええ、よろしく、アリーゼ!」


 この四人でルーンフェルに行ってどうなるのか。

 それは何もわからない。


「エルダと会ってから、慣れないことばっかだよ」


 不思議と、どうにかなる気はしていた。

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