第30話 ゲート拡張薬の結果


 エルフの里には、アルビダさんの笑い声が響き渡っていた。


「いやっはっはっはっはっ」


 お腹を抱えて大爆笑。その周りには、もはや背景のようになってきた酒瓶たち。

 エルフに対して夢を抱いている人に一度は見せたい場面だ。

 アルビダさんが何に対して、そんなに笑っているか。

 それは他ならないあたしの髪の毛だった。


「笑い事じゃないですよー!」

「結局、爆発するのね……」


 フィンブルとの勝負を制して、四人でエルフの里に戻ってきた。

 あまりにも色々あって忘れていたが、元々ドラゴンの巣に行ったのもエルダのゲート拡張薬を作るためだった。

 その効果の確認もしないまま勝負に突入したのだが、結局確実に使える火属性しか光っていなかった。

 薬の効果を確認しようと、エルダが様々な魔法を試して、爆発させた結果がこの焦げてチリチリになった髪の毛だ。

 アルビダさんはどうにか収めようとしても、あたしを見ると笑いが復活するらしい。

「くっくっく」と笑いすぎて出てきた涙を拭った。


「いやはや、爆発するなんてどういことかと思ったが……まだ小さいとは!」

「結局火以外、使えないようなものじゃない」

「初級は使えるんじゃから、まだ良いさね」

「そうですけどっ」


 ゲート拡張薬は確かに効いていた。

 火属性は、前より威力も大きく、操作もスムーズになっていた。

 だが、それ以外の属性は、相変わらず爆発する始末。

 どうやら魔力量に対して、まだゲートが小さいらしい。


(むしろ火属性だけ、どれだけ大きいの?)


 呆れるというか、感心するというか。

 ギルド長が言っていたのもこういう事だったのだろうか。

 確かにエルダほど属性が表に出いてる人は見たことがなかった。

 アルビダさんも同じことを思ったのか、エルダに向かい宥めるように言葉を紡ぐ。


「何より、その火属性はもはや火属性を超えておる」

「本当だよー。岩が溶ける火って何?」

「魔力が込めやすくなったのよ」


 簡単に言ったエルダは、指先に炎を灯して見せる。

 呪文もないのに見事なコントロールだ。

 目の前で避けた魔法が当たった岩が溶けたあたしの気持ちも考えて欲しい。

 岩が溶けて穴が開くなんて、見たことがなかった。

 あたしの言葉にフィンブルも腕を組んだ状態で何度か頷いた。


「あの時のファイヤーアローだって速すぎだったぞ」

「そうなのね」


 勝負の時に放ったファイヤーアローも確かに早かった。

 死角からの攻撃とはいえ、ドラゴンは回避能力も優れている。

 そのドラゴンがほぼ動けなかったのだから。


 フィンブルの見た目はもう少年にしか見えない。

 口調と合わさると生意気盛りの少年そのものだ。

 髪の色は薄緑の短髪で、瞳は碧眼。大きくなったらワイルド系のイケメンになりそうな顔立ちだった。


「魔法を尊ぶルーンフェルでも、その力は抜きん出ておろう」


 アルビダさんの言葉に、やっとエルダが頬を緩めた。


「ありがとうございます」

「良かったね、エルダ!」


 一応とはいえ、他の属性も使えるし、火属性だったらエルフからのお墨付きだ。

 ルーンフェルに戻っても馬鹿にされることはないだろう。

 ルーンフェルにエルダが戻る。その時が確かに近づいている。

 前だったら喜べたことなのに、少しだけ胸の奥がチクリとした。


「さて、これからお主らはどうするんだい?」

「一度ヴァルクランドに帰って、報告を」

「あの鬼娘にか。また美味い酒をよろしくと言っといてくれ」

「伝えるだけ、伝えておきます」


 アルビダさんの言葉に苦笑しながら、肩を竦める。

 今はまだ仕事がある。

 エクイブリウムと約束したとはいえ、ドラゴンは短気だ

 なるべく早くルーンフェルのごたごたを解消しないといけない。

 問題はその方法がまったく思いつかないことだった。


「さて、帰り方だけど」

「俺は乗せないからな」

「えー、風竜なんだから、風で運ぶくらいできるでしょ?」


 エルフの里からヴァルクランドへ。

 今まではあたしがエルダを背負って走る。その一択だけだったが、フィンブルがいることで選択肢が増えた。

 ドラゴンに乗って移動するのが一番早いし、安定する。

 そう思ってたのだけれど、本人からはばっさり拒否されてしまった。


「できる。けど、断る。人間を運ぶために力を使ってられるか」


 ドラゴンにしたら微々たる力でしょうに。

 あたしは唇を尖らせた。


「ケチだなぁ。じゃ、走るからついてきてよ?」

「ふふん、俺を誰だと思ってるんだ」

「あの、アリーゼの道は、特殊だから……」


 おずおずとエルダがフィンブルに教えてあげている。

 だけどフィンブルは聞く耳を持たない。

 そういう態度だから人間に足元を掬われるのだ。

 ドラゴンが抜け穴を知っているかは知らない。だけど、人化した体であたしについてくるのは、きっとフィンブルが考えているより大変だ。


「気にしなくていいよ。エルダには、また大変になると思うけど」

「私はフィンブルとの勝負で大分慣れたわ」


 遠い目をしながらエルダが言った。

 確かに、あの立ち回りくらい派手に動くことはそうそうない。

 気合を入れるようにエルダの肩を軽く叩く。


「さっすが! じゃ、フィンブル、ちゃんとついてきてね」

「誰に言ってるんだか」


 また馬鹿にするように笑うフィンブルに、あたしはエルダを背負った状態で走り始めた。

 後ろは見ない。

 ドラゴンだったら、余裕なはずだから。


「よう帰った。今回もうまくやったみたいじゃな」

「ギルド長、客人もいますから」

「おお、これはすまんすまん」


 そうやって走り帰ったヴァルクランドギルド。

 あたしはエルダを下ろしながら、ギルド長とトミーに軽く頭を下げた。

 エルダは少し気持ち悪そうだが、前のように座り込むことはない。

 フィンブルだけが慣れない人間の体に膝に手を着いて荒い息をしていた。

 ふふん、だから言ったじゃん。

 と思いながらも、あたしは結果の報告をする。


「アルビダさんに協力してもらい、ドラゴンたちと対話することができました」

「ほうほう。エルダの魔力量が膨大すぎて爆発するとは面白い見解じゃのぉ」


 あたしから手渡された書状に、ギルド長が目を通す。

 アルビダさんからの報告書だ。

 ドラゴンとの対話についてだけかと思ったら、エルダについても書いてあったらしい。

 ギルド長から見ても、エルダの体質は興味深いものらしく、口の端の笑みが深まった。


「他の属性も初級だけなら使えるようになったわ!」

「火属性の魔法で、岩も溶かすんですよ……そっちの方が怖いですよね」


 エルダが成果を主張するように腰に手を当てて胸を張る。

 あたしはその姿を横目に見ながら、頬を掻いた。


「なんとのぉ。火で岩を溶かすとは聞いたことがない」


 ギルド長が目を丸くした。それに気をよくしたのか、エルダが嬉しそうに頬を緩める。

 だけど、話はここからが本番だ。

 ドラゴンとの約束、そして、そのためにしなければならないことができた。

 あたしは気を引き締める。


「それと、ドラゴンたちとの対話により、ルーンフェルに行くことになりそうです」

「ほう、くわしく聞こうか」


 ドラゴンとルーンフェル。

 その二つの単語に、ギルド長の瞳がぎらりと鋭く光った気がした。

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