第29話 ドラゴンブレスは真下に吐けません


 フィンブルの吐いたドラゴンブレスが隣の岩を爆発させた。

 石のつぶてが降ってくる中を細かく避ける。

 どうやらフィンブルの攻撃の中で一番早いのがドラゴンブレスのようだ。

 魔法も何度か放っていたが、ブレスより前動作が多くよけ易い。

 何より速度が遅いので、ブレスに慣れてしまえば、問題はなかった。

 だけど、フィンブルの高みの見物は変わらない。


『どうした? 避けるばかりじゃ、勝負にならねぇぞ!』

「そっちこそ、もうバテたんでしょ?」


 地べたを走るあたしたちと違って、フィンブルは空からそれを眺めているだけ。

 ドラゴンがどれだけ空中に浮いていられるか知らないが、普通に考えて走っているあたしたちの方が先に体力を使いつくす。

 けど、余裕そうな雰囲気を少しは崩したい。

 すべてをマッピングし終えたあたしは、その一つに突っ込んだ。


「とぉーりゃ!」

『うわっ、ドラゴンに蹴りとか信じらんねぇ』


 跳び蹴り。上手いことフィンブルの横に飛び出せた。

 さすがに当てることは当てることは難しかったか。

 フィンブルが慌てて距離をとる姿をくるくると回転して勢いを殺しながら見る。

 衝撃を殺しながら地面に手を着いて、すぐに走り始める。と、後ろから声が聞こえた。


「アリーゼ」

「エルダ、ごめん、気持ち悪い?」


 いくら驚かせたかったとはいえ、激しすぎたか。

 あたしはちらりとフィンブルの位置を確認すると同時にエルダの表情も確認する。


「それもあるけど……そろそろ使えそう」

「ほんと?!」


 わずかにかすれた声は、気持ち悪さを堪えているせいか。

 魔法が使えそうという声は細かったが、しっかりと聞き取れた。

 目と目があう。赤い瞳がしっかりと頷いてくれた。

 上空で元の位置に戻ってきたフィンブルが苛立たし気に翼を動かす。


『ほんっと、しつけー』


 よしよし。元々イラついているフィンブルは長時間の追いかけっこにイライラしているらしい。

 最強種として我慢する場面なんて少ないだろう。

 あたしはフィンブルの位置をもう一度確認する。


「うん、でも、制御が難しいかも」


 グーパーと手を開けたり閉めたりするエルダ。

 その顔には不安の色が見え隠れしていた。

 ゲート拡張薬なんて、効果が不明のものを飲んだのだ。その効果を確かめずにぶっつけ本番。

 魔法が以前とと同じように出れば、それだけで御の字だろう。


「大丈夫、絶対、当てさせるから。エルダはとにかく早い攻撃を使って?」

「うん」

「名前を呼んだら、ね」

「わかったわ」


 あたしはエルダの魔法の上手さを知っている。

 火属性だったら、彼女はとても上手にコントロールしてみせた。

 だったら、あたしにできるのは、エルダの魔法が絶対当たるようにすること。

 それこそ、出してくれればぶつかるようにすればいいのだ。

 気分は砲台を背負っているようなもの。射出口を意識して、フィンブルに当てる体勢にすればいい。

 あたしはくるりとフィンブルの方を見て足を止めた。


『ふはっ、もうかくれんぼは終わりかぁ?』

「うるさいドラゴン君だねぇ。たまには、足元にいる羽虫をちゃんと見たら?」


 空から眺めるばかりだと、ダンジョンの楽しさは半分も見つからない。

 それに、空にいるなんて有利さは、あっという間に覆せるのだ。

 あたしはフィンブルの足元に向かって走り出す。

 そして、大きく跳んで踏み込んだ。


『なんだ? 自爆か?』


 ピカッとトラップが発動した小さな光。

 踏んだ足元から何かが大きくせり出してくる。

 緑の大きな蔦。

 トラップは落とすばかりじゃない。こういう突き上げる系もあるのだ。

 あたしは蔦の勢いとともにフィンブルの真下に飛び出した。


「エルダ!」

「ファイヤーアロー!」


 真下はドラゴンであっても死角。

 しかも、ブレスもそっちには放てない。

 フィンブルの足の裏がはっきり見える位置であたしはエルダの名前を呼んだ。


『うそ、だろ?』


 声にフィンブルが反応したときにはもう遅い。

 一点に凝縮されたエルダのファイヤーアローが流星のような速さでフィンブルに当たる。

 威力は低い攻撃に鱗が焦げることもなかったけれど。

 あたしは勝負を決める一発に両手を上げて喜んだ。


 *


 見ていたエクイブリウムとアルビダさんが、あっという間に降りてくる。

 あたしは括り付けていたベルトを外して、エルダを下ろしていた。フラフラする体を支える。

 アルビダさんがうなだれるフィンブルに対して腰に手を当てて胸を張っていた。


「ほれ、言った通りじゃったろ?」

「なんでアルビダさんが一番誇らしそうなんですか……エルダ、大丈夫?」

「うー、目をつむってたから、まだ平気よ」


 そう言いながらエルダの顔は真っ青だった。

 目をつむっていたことに驚く。

 見ないまま、本当にあたしの声だけを頼りに魔法を放ったらしい。

 まったく度胸が据わっている。

 あたしは胸の奥から溢れてくる嬉しさに、頬が緩むのを止められなかった。


『フィンブル。あなたの負けです』

『うっ、はい』


 もうちょっと暴れるかと思ったフィンブルは思ったより大人しく。

 エクイブリウムから言われたことを受け入れていた。


『約束通り、ドラゴンたちは少し待たせます。ただし、この子を連れて行ってください』


 きちんと守ってくれることにほっとした。

 だけど、エクイブリウムはこの子とフィンブルを指さす。

 連れていくとは、どういう意味だろう?


「え?」

『えぇ、面倒なんだけど』

『フィンブル』


 面倒くさそうに身震いしたフィンブルは、エクイブリウムにもう一度名前を呼ばれると諦めたように顔を下げる。

 フィンブルの輪郭が光り、その光が徐々に小さくなった。


「これでいいんだろ? まったく、怖いったらないぜ」

「ほう、人化か」

「窮屈だから嫌いなんだよ」


 現われたのは12才くらいに見える男の子。

 口調と態度から彼がフィンブルだとわかる。

 アルビダさんが物珍しそうに、フィンブルを眺めていた。

 え、それだけ? これってすごく珍しいことじゃないの?

 目の前で行われたことに目を丸くしていたあたしは、エルダも同じように呆然としているのを見てほっとした。


『アリーゼ、見事でした。彼に人の世界を見せてください』

「あたしがですか?」

『あなたが適正だと判断しました。人という存在を学ばせるのも必要なことです。安心してください。ドラゴンは負けた相手の言うことを聞きます』


 命からがら生き延びたと思ったら、また違う課題が降ってきた。

 ドラゴンを預かるとか、重荷でしかない。

 少なくとも攻撃されることはないようで安心する。

 そにしても負けたら絶対服従とか、思ったより弱肉強食の世界のようだ。


『あなたやエルダに何かあれば、ドラゴンはすぐにでも人に対して怒りを放ち始めるでしょう』

「えぇ……なんで、そんな責任重大に」

『あなたたちはドラゴンに認められたのです。それくらい当然です』


 エクイブリウムの真剣な表情に言葉に詰まる。

 これって、もしかしなくも、レアなパターンのおとぎ話じゃないだろうか。

 エルダも気づいているのか、隣で目を輝かせていた。

 さっきまで青い顔をしていたくせに、とあたしは唇を尖らせる。


『次に会う時は、もうドラゴンの巣が荒らされないという報告をお待ちしています』

「わかりました」

「必ず、そうしてみせます!」


 やることが山積みだ。

 とりあえず、ヴァルクランドのギルドに報告。

 それから、ルーンフェルの方も、関わらないわけにはいかなくなった。

 エルダのやる気の満ちた返事にエクイブリウムは満足そうに頷いた。


『では』


 遠くなるエクイブリウムの姿を見て、あたしはどうしてこうなったと思わずにはいられなかった。

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