第28話 ドラゴンブレスのよけ方
何度か屈伸を繰り返す。
ドラゴンの巣は、最初に来た時と同じように緑、赤、黄色と色を変えていた。
時間は経過しているのに空の暗さは変わらない。
暗くなれば、あたしたちが不利になる。ドラゴンは夜目も効くのだ。
崖や下の谷の状態をもう一度目視で確認する。
それから、あたしはエルダの隣に戻った。
「条件は最初と同じ」
『先に攻撃が当たった方が勝ちとなります』
アルビダさんとエクイブリウムが並んで告げる。
エルフとドラゴンが並んでいるなんて、おとぎ話を見ているような気分になる。
素直に考えればすごいことだ。ほとんどの冒険者には信じてもらえなそうだけど。
エクイブリウムが正気かというような瞳で、あたしを見る。
『……本当に、その格好で良いのですね?』
「はい」
あたしは深く頷いて見せた。
いつも通りの配達人の服装。そこにエルダを背負う。
念のため、体に括り付ける用の革バンドで固定した。
固定したとはいえ、バンドの幅は動きを制限しない程度の細さだし。何より、専用の物じゃない。
最終的にはエルダがどれだけしがみついていられるかになる。
ぴょんぴょんと動きを確認するように跳ねる。背中にいるエルダの腕がきつくしまった。ある程度くっついていた方が動きやすい。
『はっ、すぐに消し炭にしてやるぜ』
「アリーゼにあなたの攻撃は当たらないわよ」
『言ってろ』
フィンブルが完全に呆れた瞳でこちらを見ている。
エルダも言い返しているが、おんぶしている状態じゃ締まらない。
アルビダさんはエクイブリウムと視線を合わせる。
「それじゃ、ぼちぼち始めるかい?」
『ええ』
すーはーと深呼吸。
どうせ、しばらくはゆっくり足を止めるなんてできないだろう。
胸に手を当てる。珍しく心臓が早鐘を打っていた。
武者震い。
その震えが伝わったのか、エルダに肩を小さく叩かれる。
負けられない。攻撃が当たらなかったとしても、エルダにドラゴンブレスを当てるわけにはいかない。
震えが収まった。
同時にアルビダさんの声が響く。
「開始じゃ!」
あたしは思い切り崖へ走り出す。
ドラゴンの特徴。空を自由に飛ぶ。これは自分の魔力で飛んでいるので、風や翼の大きさなどは関係ない。
つまり、巨体だからといって動きが鈍いとは限らない。
だとすれば、足で稼ぐしかないあたしたちに取れる方法は、いかに地面を上手く使えるかだ。
「エルダ、行くよ!」
「ええっ」
『逃がさねぇぞ』
崖を飛び降りる。いつもなら楽しむ浮遊感を味わうことをせず、そのまま足の裏を崖に着けた。
自然落下じゃ遅すぎる。
あたしは蔦やドラゴンの巣により平面じゃない崖を勢いよく駆け下りた。
時折、右にそれたりしながら障害物をよけていく。
(エルダ、ほんとに、ごめん!)
ぎゅっと強くなる腕の力。自然落下さえ怖い子に、この動きは怖すぎるだろう。
心の中で謝りつつ、ちらりと後ろを振り返る。
フィンブルが最初の一から動くことなく、ブレスの準備をしていた。
『これくらい避けられるよなぁ!』
「っ、アリーゼ、早速来るわよっ」
目を閉じていたエルダも薄目でフィンブルの状態を確認したようだ。
あたしはさらに速度を上げる。
まだまだ地面までは遠い。
少なくともあと数秒。その数秒がとても長い。
「降りるくらいまで、待っててくれてもいいのにぃ!」
叫ぶ。
ドラゴンなんて最強とイコールの存在なのだから、人間が地面に着くくらいまで待ってくれててもいいのに。
あたしは必死にブレスの放たれるタイミングを見計らった。
一気に大きくなるブレスの色は薄緑だ。
『まずは、一発!』
フィンブルがわざわざ言い放ってくれたから、飛んできた瞬間はわかった。
あとはスピード。
振り返る暇などない。近づいてくる大きな風の塊を、あたしは大きくツタを蹴ることでよけようとした。
「っ、エルダ、口閉じて」
「うんっ」
上手いことドラゴンの巣の陰に入る形にする。
前に飛びすぎると、足場の崖がなくなって遅くなってしまうから、ほぼ滑るような動きだ。
崖を下り降りていたときは感じなかった圧力をお腹に感じる。
無理な動き。わかってても、するしかない。
『ほう、あの横っ飛び、飛べもしないのによくやりますね』
「あの子はちょいと人の枠を超えてるんだよ」
『本人は気づいていないようですが』
「そこが人間の面白いところさね」
上の方ではアルビダさんとエクイブリウムがのんびりとこちらを眺めている。
一応、反則がないように見ていてくれているらしい。
とはいえ、この勝負で反則とされるのは、フィンブルが直接攻撃することだけ。
ぶっちゃけ、フィンブルが動かずドラゴンブレスを放っている間は見ている必要もない。
――Goouuu!
隣を暴風の塊のようなものが通り過ぎる。
その力はすさまじく、崖を削っても少しも勢いが弱まらない。
(し、死ぬかと思った)
だけど、問題だった初発は無事避けることができた。スピードも把握した。
これで後は避けるだけ。
目視できない速度だったら詰んでた。けど、これならエルダを背負っていても避け続けられる。
「だ、大丈夫?」
やっとたどり着いた地面。
崖よりは多い草の感触を踏みしめながらなるべく遮蔽物が多い場所を走る。
エルダに声をかければ、すぐに耳元で声が返ってきた。
「これくらい国のためなら平気よ………予想通り風だったわね」
「うん。あんまり跳ねたりしない方がよさそう。どれくらいで魔法は使えるようになりそう?」
相変わらず、強がり。それか、国関係になると、本当に強くなってしまうのか。
あたしは苦笑を隠しつつ、エルダの状態を聞く。
「まだ魔力が動く感覚はないわ。けど、前より魔力の動きは敏感に感じ取れるみたい。ブレスのタイミングも、なんとなくわかるかも」
「ほんと?」
「攻撃ができなくて、ごめんなさい」
謝るエルダにあたしは首を振った。
全然かまわない。元々、数時間は逃げ続ける気でいた。
魔力に対する検知度が上がっているなら、ゲート拡張薬はうまくいっているのではないだろうか。
「いいよ。あたしの仕事は元々何かを無事に運ぶことだから。エルダが魔法を使えるまで運び続けてみせる」
ブレスと魔法を避けられれば、あとはスタミナ勝負。
エルダの魔法を確実に当てるためには、なるべく近づいた方がいい。
だけどフィンブルは基本的に空の上だ。
隙をついて攻撃するには、焦れさせて近づかせるのが有効。もしくは、上手いワープを見つけるか。
「だから、撃てるようになったら教えて?」
「アリーゼ」
走りながら土地を少しずつ掴んでいく。
やっていることはマッピングと一緒だ。
自分が使えそうなものを頭の中に書き込んでいく。
『はん、よそ見なんて余裕なこった!』
少しだけ位置を変えたフィンブルが見えた。
あたしはエルダを支える腕に力を籠める。
「ほら、避けるよ!」
「全部、あなたに任せるわ」
「はは、お姫様に頼られるなんて嬉しいなぁっ」
エルダは目をつむった。
どうやら魔力の動きに神経を集中させるらしい。
ぎゅっとあたしにつかまる腕に力が入る。
あたしは自分に気合を入れなおすように声を上げた。
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