第27話 作戦会議と弟子宣言


 エクイブリウムは一度若いドラゴンたちから、対戦相手を連れてくるために飛んで行ってしまった。

 あたしは勝負を吹っ掛けたアルビダさんとひたすら作戦会議。

 勝てるわけがない相手に、勝てるわけがない内容。

 少しでも頭を捻らないと、ただドラゴンの前に丸焼きにされるために出たことになる。

 アルビダさんの口にした作戦に、あたしは頭が痛くなるのを感じた。


「本気ですか?」

「本気も本気よ」


 カラカラと特徴的な笑い声を上げながら、アルビダさんが頷く。

 あたしがエルダを背負って走る事。

 それがアルビダさんがあたしに告げた作戦だった。

 ぶっちゃけ、作戦とさえ言えない。普通の人間だったら、ドラゴンのブレスや魔法を避けるだけで精一杯なのだから。


「エルダを背負って走れなんて、無茶すぎます!」

「いつもしているじゃないかい」

「いつもは移動です。今回は戦闘……しかもドラゴンとですよ?!」


 移動と戦闘は違う。

 あたしは逃げるとか走るのは大好きなのだけれど、戦闘はからきしだ。

 なんて言っても最初のウォルフ戦で嫌になったくらいなのだから。

 その点、アルビダさんの出した対戦方法はだったから、死ぬ気で頑張ればいけると思えたのだ。

 それなのに、なぜか「最初に攻撃を当てた方が勝ち」なんて条件が加わってしまった。

 あたしの必死の訴えにも、アルビダさんはまるで興味がないように酒を煽っているだけ。


「だってお主、魔法使えんし。魔法が使えるエルダがおらんと、攻撃できんじゃろ?」

「元からわかってたでしょ! まだ避け続けるだけだったら良かったのに」

「ほぅ、やはり、避けるだけなら自信があったんじゃな?」


 アルビダさんの瞳がニヤリと円を描く。

 そういう問題じゃない。

 あたしは苛立ちが募ってきた感情のまま叫んだ。


「ちがーう!」


 避けることに自信はある。走る事にも、ダンジョンを使っていいなら、どうにでもできる。

 それが配達人という職業だし、マッピングで培ってきた知識はドラゴン相手でも使えるだろう。

 だけど、それは全部、なのだ。

 あたしはエルダの方へ視線を向けた。アルビダさんの作戦を聞いてから、エルダは顎を手で支えてずっと何かを考えているようだった。


「大体、エルダを背負って、ドラゴンのブレスに当たったらどうするんですか? エルダはルーンフェルのお姫様なんですよ?」

「ぶつからなければいい。ぶつかって生きてても、どっちみちドラゴンの怒りを買えばルーンフェルは終わりじゃ」

「なんて極端な……!」


「何を当たり前のことを」とでも思ってそうな顔で、アルビダさんが言ってくる。

 ドラゴンのブレスにぶつからない。

 そんな芸当ができる冒険者がどれだけいると思っているのか。

 その上、ぶつかった後の展開もリアルで、ありありと想像できてしまう。

 こうなると、ルーンフェルという国、もっというとエルダはだいぶ崖っぷちにいると言える。


「私はいいわよ。アリーゼの背中に乗るのは」

「エルダ?!」

「ほれ、お姫様の方が話が分かるじゃないかい」


 だから、エルダがそんなことを言ってきたことに、あたしは目を丸くするしかなかった。

 簡単に言っているが、強がっているのは明らかだ。

 エルダは今までもあたしの背中に乗って移動している。ちょっとショートカットするような道だと、すぐに顔を青くして気持ち悪くなっていた。

 そんな人間がドラゴンからの回避の動きで参らないわけがない。


「いつもあんなに気持ち悪そうにしてるじゃん」

「それとこれは話は別よ。必要ならあたしはずっとしがみついてるわ」


 出た、エルダの頑固な部分。

 エルダはそれがとなると、どんな無理でも飲み込んでしまうのだ。

 普段はできないことでも、そんな様子は表に出さない。

 まるでそういう魔法でもあるのかと思うくらいだ。


「……ほんとにいいの?」

「あなたなら、避けられる。攻撃できないなら、私がすればいいのよ」


 もう一度確認するように、あたしはエルダにの顔を伺った。

 エルダは小さく唇を引き結ぶと頷く。それから、にっと緊張をほぐすように笑った。


(困るなぁ)


 怖い癖に笑うのは良くない。

 そんな顔で笑われると、できないと言っている自分が馬鹿らしくなってしまう。

 エルダはエルダにできることをしようとしている。

 絶対に具合が悪くなるあたしの背中に乗って、ドラゴンからの死の恐怖に耐え、必要なときに魔法を当てるという、聞くだけで無理な話をやろうとしているのだ。


「これで決まりさね!」


 アルビダさんがエルダの肩を軽く叩いた。

 あたしは自分を納得させるように、長く息を吐く。

 それから顔を上げて、やけくその様に叫んだ。


「わかりました。もうっ、避ければいいんでしょう! それで勝ってみせます!」

「そうそう、その意気さ」


 エルダを背負って走るだけなら、

 ドラゴンのブレスがどれくらいのスピードかは、実際に見てみないと分からない。

 だけど少なくとも、最初の一発さえかわしてしまえば、どうにかなる。

 見てないものは避けれないけれど、見たものは避けられる自信があった。


「あ、でも、私、まだ魔法使えないんじゃ」

「「あ」」


 エルダの発言に、あたしとアルビダさんの間抜けな声が被る。

 そうだ。それもあった。エルダはゲート拡張薬を飲んでいた。

 アルビダさんの家で飲んで、ドラゴンの巣までの移動で約半日。その後エクイブリウムとの対話などあったが、まだ一日は経っていない。

 おそらく、あと数時間はある。

 嫌な沈黙が辺りに広がった。

 エルダもどうしていいのかわからないのだろう。きょろきょろと瞳を動かしている。

 アルビダさんはわざとらしく咳ばらいをした後、話し始めた。


「……どっちみち、ドラゴン相手に魔法を当てられるタイミングなんて、すぐには来ないさね」

「え、それまでひたすら逃げるんですか? 負ぶって?」

「ドラゴンとスタミナ比べができるなんて、中々ないよ?」

「アルビダさん!」


 それはあまりに人任せじゃないだろうか。

 少なくともエルダが魔法を使えるのがわかるようにして欲しい。

 ドラゴンとスタミナ比べなんて、想像しただけでぞっとしない。


『準備は良いですか?』

「ああ、問題ないよ」


 だというのに、もはやその時間は来てしまった。

 頭に直接響くエクイブリウムの声に、あたしたちは再び崖の近くに寄る。

 ドラゴンの巣は、だいぶ様変わりしていた。

 緑がほとんどを占めていたはずなのに、今ではその半分ほどが赤や黄色に明滅している。

 ドラゴンの怒りに対応しているならば、時間はあまりないだろう。


『こちらも準備はできています。フィンブル、おいでなさい』

『へっ、これが俺の相手だってのか?』

「威勢のいいドラゴンじゃの」


 真っ白なエクイブリウムの隣に、薄い緑の色をした一回り小さいドラゴンがいた。

 フィンブルと紹介されたドラゴンは、あたしたちを見ると威嚇するように翼を動かす。

 ドラゴンも色と属性が連動しているならば、フィンブルは風属性なのだろう。

 フィンブルはアルビダさんを見て鼻を鳴らした。その鼻息だけで、風が舞い起こる。


『エルフごときが、生意気な口を利いてるんじゃねぇ』

『フィンブル! アルビダ、すみません。まだ若いもので』

「まったく、あっしも自分より年下にそんな口を利かれるなんてね」


 さすがドラゴン、人にとっては伝説扱いのエルフでさえ、この扱い。

 わかりやすい愚弄にエクイブリウムが注意をするも、反省した様子は見えない。

 アルビダさんはまともに取り合わず、腕を組むとドラゴンより数十分の一しかない体でフィンブルを見下した。


「まぁ、いいさ。あんたはあっしの弟子に負けるんだからね」

『弟子? あのちっぽけな人間二人が? しかも、俺が負けるなんて有り得ないぜ』


 もちろん、フィンブルは信じず、バカにしたように笑う。

 ドラゴンでも馬鹿にした笑いというものはあるんなだと、あたしは変に感心してしまった。

 アルビダさんが頬をぴくぴくさせながら言い放つ。


「アリーゼ、エルダ、見せてやりな!」

「はい!」

「ええっと……はい」


 素直に返事ができるエルダは凄いなと思いつつ、あたしはいつ弟子になったのかと変な疑問が頭の隅を過っていくのを止められなかった。

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