第26話 人の事情、ドラゴンの事情
エルダと一緒になって、ルーンフェルの状況を説明する。
エクイブとアルビダさんが気軽に呼んだドラゴンは『エクイブリウム』というのが真名らしい。ドラゴンたちを治める長の役割をしている。
人の前に出たのが百年以上ぶりというから、ドラゴンが伝説の存在になるのも仕方ないと思う。
『ふむ、わかりました』
「見逃していただけますか?」
頷いてくれたエクイブリウムに、エルダはほっとした顔で胸に手を当てていた。
エルダが今回の騒動は宰相であるレイフルの指示で行われたことで、他の人間に罪はないことを何度も説明していた。
レイフルは魔法至上主義で、宝玉を探していることも伝えた。
どうにかドラゴンの怒りを鎮めてもらおうと必死だった。
ルーンフェルがドラゴンの怒りを買ったことになるとマズイ。自国の無関係な民が巻き込まれるし、ダンジョンでドラゴンが暴れる様になれば、他国との関係も悪化する。
『いえ、人がしたことには変わりありません。巣を荒らされたことで、若いドラゴンたちの気がたっています』
エクイブリウムはゆったりと顔を横に振る。その仕草でさえ巨体とあいまって風が吹く。
本気になれば彼女の羽ばたき一つで、あたしたちは吹き飛ばされてしまうだろう。
「そこをどうか、お許しください! ルーンフェルの民に罪はないのです」
『そもそも宝玉など……あれは、そのような大したものではありませんよ』
エクイブリウムの言葉に呆れが含まれた。
宝玉について知っているのか、とエルダと顔を見合わせる。
それがあれば、エルダは堂々とルーンフェルに帰ることができるのだ。
失礼にならないように慎重にあたしは尋ねた。
「え、ご存じなのですか?」
『昔、あなたのいう宝玉を手にした若者を追いかけたことはありますが、ドラゴンの宝というわけではありません』
宝玉と若者の話通りの答え。
あのおとぎ話のドラゴンが目の前にいるとしたら、それはとても凄いことじゃないだろうか。
告げられた宝玉は宝ではなく、大したものでもないという言葉。
(どういうこと?)
大したものではないとすれば、ルーンフェルが建国されるわけもないのだ。
あたしが思ったことは、エルダも感じたのだろう。
訝しげな表情で首を傾げる。
「なら、あれは」
「Gkyrrrruuuu!」
一瞬世界が無音になった。
大きな音過ぎて、耳がバカになったのだ。
あたしとエルダは耳を塞ぎ顔をしかめていたが、エクイブリウムは涼しい顔で声の方を見つめるだけ。
ドラゴンの遠吠え。
聞いたこともないのに、そう理解できた。本能的な恐怖が体を震えさせる。
『……若い者たちが襲い始めるのも時間の問題ですね』
エクイブリウムの言葉にエルダが唇を噛みしめた。
「どうにか、もう少しだけ待って頂けないでしょうか?」
『待って欲しいのは、そちらの事情。下手に若いドラゴンを我慢させるより、我らの存在を示した方が良いときもあります』
ばさりとエクイブリウムがこの場所を離れるために翼を広げる。それだけで視界全てがエクイブリウムに遮られた。
マズい。このままじゃ、ドラゴンの怒りがダンジョン中に広がってしまう。
どうにか止める手段がないか。頭を回転させるも、ドラゴンを止める手段なんてちっとも出てこない。
「勝負はどうかい?」
まさに飛び立とうとしたエクイブリウムに、アルビダさんが声をかけた。
まるで飲みに誘うような気軽さ。
アルビダさんの言葉にエクイブリウムがこちらを向く。
『勝負? わたくしたちと、人間が?』
緑の瞳がアルビダさんを訝しげに見る。
と、アルビダさんの手が伸びてきて、あたしの首根っこに手がかけられる。
そのままぐいと引き寄せられた。
首が締まって苦しいとか、顔が近いとか言いたいことはたくさんあったが、胸の中にしまっておく。
「この人間は面白いよ。下手したら、あんたたちにも勝つかもしれない」
『エルフとはいえ、あまりふざけたことを言うとドラゴンの牙が剝きますよ』
あたしが、ドラゴンに勝つ?
エクイブリウムの視線があたしを貫いた。
胡乱気な瞳に、あたしは「あはは……」と愛想笑いを浮かべるしかできない。
アルビダさんが何を言っているのか、あたしにも理解できない。気持ちとしてはエクイブリウムに一票入れたかった。
「なんだい、最強の種族のくせに器が小さいねぇ」
さらに挑発するようなことを言うアルビダさんを、あたしは軽く引っ張った。
「あ、あ、アルビダさん!」
「まぁまぁ、任せておきなって」
にっと笑う顔に不安しか感じない。
あたしにとってアルビダさんはずっと酔っている変人エルフだ。
その人が任せておけと言ったところで、何をさせられるのだろうと思ってしまう。
エクイブリウムがさっきより怒気をにじませた顔でこちらを見た。
『どうしたいのですか?』
「そっちの若いのも人間に怒りをぶつけたいんだろう? なら、ここに丁度いい的がいるさね」
「あたしですか?!」
「あんたなら、当たらんだろ」
いや、ドラゴンの攻撃を避けた経験なんてないから!
自信満々に言うアルビダさんを問い詰めたかった。
大体にして、最初から的扱いになっている。ドラゴンに追いかけまわされて的になるとか、どんな罰ゲームなのか。
『その人間がドラゴンの攻撃を避け続けると?』
「直接攻撃は禁止だよ。ブレスと魔法……遠距離攻撃だけで、どうだい?」
どうだいっていうか、その二つだけでドラゴンはほとんどのものに勝てる。
ドラゴンにとっては不利にもならない条件だ。
『見たところ、その人間には特別な加護があるわけでもありません。若いドラゴンとはいえ、ドラゴンには変わりありませんよ?』
「わかっているさ。死ぬ気で避けるだろうよ」
エクイブリウムの言葉にあたしは大きく頷いた。
その通り、あたしはちょっと身体能力が高いだけの普通の人間だ。特殊な加護もスキルもない。
アルビダさんもそれを分かっているだろうに、問題ないというようにこちらに視線を向けてくる。
「どちらか攻撃を先に当てた方の勝ちとしようじゃないかい」
アルビダさんの言葉にあたしはあんぐりと口を開けてしまった。
避けるだけならまだしも、攻撃を先に当てる?
それは攻撃手段を持たないあたしには無理な話だ。
『……正気ですか?』
「あぁ、正気も正気さね」
エクイブリウムが言葉を失ったように、アルビダさんに尋ねた。
あたしも気持ちは同じだ。正気とは微塵も思えない。
一縷の望みを持ってアルビダさんに言う。
「いや、酔ってますよね」
「酔ってるのが、あっしの正常さ」
胸を張るアルビダさん。
これで、彼女があたしに本気でドラゴンと競わせようとしているのがわかった。
本人の了承もなく、ドラゴンとエルフの間で話が進んでいく。
『わかりました。ではその条件で』
「もし、アリーゼが勝ったら人間にドラゴンの力を見せるのは少し待っとくれ」
アルビダさんの言葉にエクイブリウムは鷹揚に頷いた。
『こちらが勝ったら、待つことはしませんよ?』
「わかっておるさ。なぁ、アリーゼ」
「……はい」
ぽんと叩かれた肩がこれほど重く感じたことはない。
一体どうするつもりなのか。
あたしはアルビダさんを見つめるしかなかった。
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