第25話 ドラゴンの呼び方


 急いで戻ったアルビダさんの家で、あたしは配達人としての仕事をしていた。

 書状をアルビダさんが受け取ったことで受領印が浮かび上がり、あたしの体に吸い込まれていく。

 通常の仕事ならば、このまま帰ればいいのだけれど――あたしはもう一つ〝ついで〟の仕事をギルド長から請け負っていた。


「受領ありがとうございます。これで配達完了です」

「ルーンフェルの方は良かったのか?」


 あたしから受け取った書状を開いたアルビダさんは目を通しながら話を進める。

 ルーンフェル。その単語に、後ろにいるエルダがピクリと反応した。

 あの後、ギルド長はルーンフェルへの書状とアルビダさんへの書状の二つを作った。

 エルダはもちろんルーンフェルに行きたがったのだけれど、彼女が突入するには状態が悪すぎる。

 王族、エルダの家族に会えるとも限らないし、残酷な言い方をするならば、それは状況を悪くするだけと判断されたのだ。


「あっちは速さより圧力が大切ということで、圧力をかけられる配達人が行くそうです」

「ふむ……しっかし、このあっしにドラゴンとの対話の橋渡しを望むとは大分切羽詰まっておるの」


 アルビダさんが赤ら顔で書状の内容をこちらに見せてくる。

 配達中に勝手に書状を開けることは当然禁じられているが、こうやって見せられてしまえば問題ない。

 あたしには書けない流れるような字で、アルビダさんへの依頼が書いてあった。


「ドラゴンの被害はそれだけ甚大になりますから」


 ドラゴンと対話を持ちたい。

 そんなおとぎ話のような案を、自分が運ぶことになるとは思わなかった。

 怒りを鎮めてくれるよう対話するという発想が人間にはない。

 だが、ギルド長とアルビダさんの様子を見ると、可能なことなのだろう。


「お酒ももちろん、持ってきました」

「ほっほぅ、鬼人族の秘酒じゃないかい」


 あたしは鞄からお酒を取り出した。

 細長い酒瓶ではなく、大きな瓢箪型の入れ物だ。これは鬼人族が好んで使うもので、アルビダさんは見た瞬間に目を輝かせた。

 さすがギルド長。アルビダさんのツボをよく心得ている。


「エルフ族はドラゴンとも会話できるのですか?」

「できるとも。というより、ドラゴンに意思の疎通ができぬ相手は存在せぬ」


 クラクラルと違い、奥に秘酒をしまい込んだアルビダさんは、あたしの言葉に目を瞬かせた。

 当たり前のことを子供に聞かれた大人のような反応だ。

 そのまま、クラクラルの酒瓶を傾けグラスに注ぐ。


「あれの仕事は、世界の調整じゃからな」

「世界の調整」

「そうでなければ、あれは危険物でしかないからの」


 世界の調整。初めて聞いた単語だ。

 ドラゴンはダンジョンの中に巣を持っているが、存在としては世界中に知れ渡っている。

 他のダンジョンに生息するモンスターと違い、地上で被害をもたらした話も多く伝わっている。

 ちなみにエルフや鬼人族も最初はダンジョンにいて、その後に地上に出るようになったと言われている。

 アルビダさんの言うことが正しいなら、ドラゴンは誰とでも会話することができるらしい。


「人相手でも?」

「もちろんよ。いくらか短い生とはいえ、人の間にもおとぎ話として伝わっておろう?」


 ドラゴンの伝説は多くある。

 国を滅ぼしただの、町を失くしたというものが大半。

 あとはダンジョンでドラゴンに追いかけられた冒険者の話。

 ごく少数に、ドラゴンと協力関係になって幸せになる話がある。


「おとぎ話だと、思ってました!」

「私は信じてたわよ」


 がばりと頭を下げたあたしの隣でエルダが「ふふん」と胸を張る。

 そりゃ、エルダは建国神話がおとぎ話で語られる国の人だ。

 おとぎ話への信ぴょう性は高いだろうけど、大抵の人間にとっておとぎ話は夢物語なのだ。

 アルビダさんはエルダの返事に面白そうに笑うと、小さな白い瓶を取り出した。


「エルダは素直よのぉ。ほれ、ゲート拡張薬もできておるぞ?」

「ほんと?」


 さっと手を伸ばしたエルダから、アルビダさんは小瓶を遠ざける。

 プラプラと振りながら怖いことを口にした。


「ただし、これを飲んで属性魔法の種類が増えるとは限らぬ。ゲートを広げる効果を付与したつもりだが、さてどうなるか」


「飲むわよ」とエルダが言ったのは、アルビダさんが言い切ったとほぼ同時だった。

 あたしはそのあまりに早い決断に顔をしかめる。

 エルダはどうにも自分を大切にしない。

 死ぬかもしれないというようなリスクがあっても、良くなる可能性があるなら賭けてしまう。

 それは見ていて、とても怖いことだった。


「エルダ」

「せっかく作ってもらったのよ。それに足手まといは、もう嫌なの」

「なんで、そこだけ頑固なのぉ」

「だって、私は王族だもの」


 王族。王の下には多くの民がいる。

 その多くの人を救うために、エルダは自分を犠牲にすることが普通なのだ。

 足手まといなんて思っていない。

 そう思っても、決めてしまっているエルダの横顔は、あたしが口を出せるものではなかった。


 ***


 エルダは躊躇うことなく薬を飲んだ。以前のように倒れることはなく、普通に過ごしているが、あたしとしては気が気じゃない。

 エルダを気にしつつ、アルビダさんとドラゴンの巣に向かう。

 思ったよりすんなりことが運んで拍子抜けしたくらいだ。


「ほーう、これは怒っておるのぉ」

「やっぱり、そうですよね」


 ドラゴンの巣に浮かぶ球体が赤や黄色に色を変えるのを見て、アルビダさんは面白そうに口角を上げた。

 予想していた通りの状況。

 緑から赤とか黄色になるなんて、ドラゴンはわかりやすい警告をしてくれる種族らしい。


「宝に触らず、ここまで怒りを買うとは……何をしたのか、逆に気になるの」


 目の上に手をかざして、瞳を細めるアルビダさんの顔には、珍しいものを見たと書いてあった。

 あたしもそれが知りたい。

 ルーンフェルの兵士たちは一体ここで何をしているのだろう。


「エルダ、体調は?」

「大丈夫よ。今のところ、何も変化はないわ」

「あの薬は効くまで時間がかかる。一日は魔法を使うでないぞ」

「わかりました」


 アルビダさんもいるので、移動は格段に楽だった。

 魔法で人を浮かせて移動できるなんて、エルフは反則過ぎる。

 人間でもできる人がいるとは聞いたことがあるが、実際魔法を使って空に浮くのは初めての体験だった。

 エルダはひたすら目を輝かせていたけれど。


「どうやってドラゴンと意思の疎通をとるんですか?」

「まぁ、見ておれ」


 そうやって降り立ったドラゴンの巣。エルダは顔色を悪くすることもなかった。

 以前見たルーンフェルの兵士は確認できなかった。帰ったのか、奥に進んだのか。下手なことをしてないことを祈るばかりだ。

 いたとしても崖の中腹にいるあたしたちには気づけないだろう。

 アルビダさんは懐から、薄い葉っぱのようなものを取り出し、唇に当てた。


「ピィー!」

「うわっ」

「すっごく響くわね」


 あたしは慌てて両耳に手を当てた。エルダは顔をしかめたものの、それよりドラゴンへの興味が勝ったようで、アルビダさんをそのまま見つめていた。

 草笛にしては音が響きすぎる。谷間に響くように、高らかな音が反響していく。

 音が飛ぶのが見えるような感覚に襲われた。


「軟弱じゃのう」


 その音を巻き起こした本人は唇に当てていた葉っぱをひらひらと見せた後すぐに懐に戻した。

 ふっと子供を見守るように笑われる。


「ドラゴンを呼ぶには昔から笛と決まっておる」


 崖の縁で振り返るアルビダさんがそう言うのと、どちらが早かったか。

 巨大な白い影が上から舞い降りた。


『そうそう気楽に呼び出されては堪りませんがね』

「久しいの、エクイブ」


 声、ではない。頭の中に直接響くような音。だけど不思議と意味は伝わってくる。

 優しい話し方は女性らしいけれど、ドラゴンの性別などどうやって判断するのか、あるのかさえ知らない。

 アルビダさんがエクイブと呼びかけたドラゴンは、全身が真っ白で額には緑の楕円形の石が埋め込まれている。

 ドラゴン。基本的にははるか遠くで眺めるしかない存在が、あたしの目の前に舞い降りていた。


『そちらの人間は?』

「せっかちよのぉ、お主たちも探していたのではないか?」

『巣を騒がせている人間がいるとは聞いていましたが、そちらが?』


 すっと緑の瞳がこちらに向けられる。

 怒っている声には聞こえなかったが、まるで強い風で押し出されるような圧力が体にかかる。

 あたしは慌てて顔の前で手を振った。


「ち、違います!」

「私たちは、止めに来た側ですっ」


 エルダと慌てて答えるあたしたちに、アルビダさんが面白そうに笑っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る