第35話 城下町と抜け道


 王城からエルダ、マルグリット、フィンブルと一緒に外に出る。

 書状を待つ間の観光と伝えれば、すんなり承認された。

 どうせ何もできないと思われているのか、何なのか。

 門を出て、城下町へまっすぐ向かう。


「楽しみだなぁ」

「私に任せなさい!」


 あくまで観光することを強調しながら歩く。

 仕事で来たことはあるが、こうやって城下町を歩くのは初めてだった。

 魔法を尊ぶ国だけあって、そこかしこに魔法を使うための道具や、薬屋がある。


「ローブばっか」

「魔法使いの制服みたいなものよね」


 思わず溢れた一言に、エルダは笑って肩を竦めた。

 伝統的な魔法使いの格好は、ローブと帽子、杖の三点セット。

 ローブの中には薬やら触媒やらを持ち歩くし、帽子は髪の毛を隠すため。

 何でも魔力は髪の毛に宿るという考え方がまだ一般的らしい。

 杖は大きかったり短ったり。発動のスイッチのようなもので杖以外の人もいる。


 キョロキョロしながら、街を歩く。

 中々刺激的な街並みだった。

 後ろからついてくる人間がいなければ、もう少し楽しみたかったくらいだ。


「どう?」

「今までにないマッピングができて、楽しいよ」


 エルダの言葉に当たり障りなく返す。

 まぁ、余裕があればもっと街歩きを続けたいが、そろそろ潮時だろう。

 あたしは視線だけで後ろを示すと、エルダに小声で囁いた。


「人がついてきてる」

「まぁ、そうよね」

「下手に逃げられないし、どうする?」


 いきなり走り出すと怪しい。

 王様が言っていた抜け道は、エルダ以外わからない。

 できるだけ長く街にいたと思わせたい。


「ダンジョンに入っちゃいましょ」

「場所はわかるの?」

「ルーンフェルのことならね」


 エルダも同じことを考えていたようで、ニット笑った。

 今までにないくらい頼もしい反応だ。

 エルダに先導してもらいながら、後ろをついていく。

 エルダの隣にはマルグリットがいて、思い出話に花を咲かせていた。


 着いたのは年代を感じさせる重厚な木の扉を持つお店だった。

 ショーウインドウにはアクセサリーや、宝石をあしらった小物が並べられている。

 扉の前には二人の門番がいて、その一人にエルダは話しかけた。


「これは姫様」

「〝奥でお気に入りの宝石が見たいの〟」

「! 承知しました。ご案内します」


 エルダが普通の口調でそう告げただけなのに、門番の一人は少しだけ目を見開いた。

 それから普通の表情に戻ると、扉を開き招き入るてくれた。

 どうやら、符号のようなものが決まっているようだ。

 案内するために中で待つ門番を前に、エルダとマルグリットが頷き合っていた。


「エルダは宝石見ると長いから、私は帰るわね」

「ええ、またね。マルグリット」

「見すぎに注意しなさい」

「わかってるわ」


 会話が途切れることなく続いていく。凄く自然。

 自然すぎて不自然に思えるほどだ。

 マルグリットとはここで分かれることになるようだ。彼女にも追っ手は行くかも知れないが、この別れ方ならそう問い詰められることもないだろう。

 マルグリットの背中を見送りながら、あたしたちは店の中に入った。


 ※※※


 宝石店の地下金庫にダンジョンへの入口はあった。

 一見すると金庫にしか見えない作りで、金庫の扉を開けると中にぽっかりと黒い空間が広がっていた。

 ダンジョンで色々なトラップに飛び込んできたあたしでも入るのに少し躊躇する怖さ。

 意外なことにフィンブルも顔をしかめていて、聞いてみたら「人の姿でダンジョンを行き来するとムズムズして収まりが悪い」と言っていた。


「どうにか、なったわね」

「宝石を見てるなら二時間くらいは騙せるかな」

「どうでしょうね。私、元々買い物しない質だし」


 出た先はルーンフェルの正規の入口より、大分下層の場所だった。ここであれば、ルーンフェルの誰かとばったり会うこともないだろう。

 あたしは恒例になったエルダをおんぶした格好で走る。

 あまり使ったことのない道だった。


「あんな抜け道あるんだっ」

「王家しか知らないから、使ったことは忘れてね」

「はいはい」

「マッピングもだめだからね!」

「わかってるよー」


 前はすぐに青い顔をしていたのに。

 慣れたのか背中の上でうるさいエルダに唇を尖らせる。

 いくらマッピング好きなあたしでも、王家の抜け道を地図に載せるようなことはしない。

 ただ王家を戴いている国はルーンフェル以外にも、まだあるわけで。

 探せば、また新しい道や出入り口があると思いるだけでワクワクした。

 ビョンと崖の切れ目を飛び越える。


「エルダもセンサー落とすの忘れないでよ」

「わかってるわよ」


 ジョセフィーヌさんのお店で買ったセンサーをドラゴンの巣に向かう道の間に設置する。

 とはいえ、走りながら置くだけという簡単仕様だ。

 人で魔力量が大きいと反応するように設定した。

 抜け道を使いながらだが、ドラゴンの巣に来るまでの間にできる限りばら撒く。

 宰相殿が来る目安にくらいなるだろう。


「何をするにも人間って面倒なんだな」

「大方の人間は、こんな面倒しゃないよ。偉くなるほど、考えないといけないことが多くなるんだよ」

「こんな、練習用のゲートがそんなに大切なのか?」


 ぴょんぴょん跳ねているあたしの横で、フィンブルは少し前傾姿勢になった状態でスライドしていた。

 ドラゴンは人化していても飛べるらしい。

 ほんと、反則的な生き物だと思う。

 あたしが必死に走っているのに、フィンブルの顔は余裕そのものだ。

 彼から聞かれたことにあたしは少しだけ首を傾げてみせる。


「人は積み重ねてきた時間を大切にするからね。元が何でもいいんだよ」

「ふぅーん」


 ドラゴンにとっては玩具みたいなものでも、ルーンフェルではすでに宝玉なのだ。

 それ一つで、国が動くくらい。

 物の価値ではなく、その物が過ごした時間に意味がある。

 あたしの説明にフィンブルはいまいち分からない顔で相槌を打った。


「初代が私と一緒なら、私にも宝玉が使えるはずよね?」

「王になりたいのか?」

「王様になりたいわけじゃなくて……私は今あるものを守りたいだけよ」


 エルダの声が耳元で響く。

 ああ、彼女らしいなぁと思った。

 王様になりたい人は山ほどいる。宝玉を奪っても、王家を倒してでも、新しい王様になりたい人は多いのだ。

 だけど、エルダは違う。


「今あるもの?」

「家族と国民ね。レイフルのように魔法が使えるのも大切だとは思うんだけど」


 エルダは守りたいだけ。

 それだけで、こんな無茶をするのだから、筋金入りだ。

 付き合って走っているあたしもあたしだけど。

 エルダの言葉にフィンブルは少し考えるように顎を引いた。


 ブーブー!


 走る音にも負けない振動が響いた。

 あたしとエルダの視線が一気にエルダの握る受信機に向く。

 チカチカと点滅しているのは、センサーの近くを目標が通った証拠。


「アラーム……入口の奴だね」

「もう気づいたのね」

「持った方かな」


 ルーンフェルからまっすぐドラゴンの巣へ向かうとして、普通なら3日くらい。

 あたしたちが抜け道を使いつつ走ってきて、今、大体半分くらいの道程が終わった。半日走りっぱなし。

 かなり巻いている。そのはずなのに、少しも油断できる気がしない。


「さて、急がなきゃね!」

「お願い、アリーゼ」


 首に回されたエルタの手に力がこもる。

 そうしている間に、次のセンサーが喧しくなった。

 どれだけ早いんだか。フィンブルのように飛んでいるのかも知れない。

 あたしは唇を舐めた。


「わかってるよ!」


 どん、と踏み出した一歩は今までで一番気合が入っていて。

 土煙に追いつかれる前に、あたしは次のエリアへ駆け抜けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る