第19話 アルビダの試験
アルビダさんに連れて行かれたお家は、あたしが以前と足を運んだときとそう変わらない様子だった。
エルフは大樹の近くに集落をつくる。
そして、木の枝やその根本に家を作るのだ。全体で見ると木全体がエルフの巣のように見えた。
その代わり、一つ一つの家は小さく、基本的に二部屋程度しかない。寝る場所とそれ以外。
多くのエルフが集まるような集会場はまた別に作られているのが、常だった。
場所が合わっても室内の雰囲気が同じなのは、アルビダさんの部屋に置いてあるものが酒瓶しかないからかもしれない。
他のエルフの部屋に入れたこともないが、これが普通でないのはわかる。
何かの植物でできた床はふかふかとした感触がした。まるで絨毯が敷かれているようだ。
アルビダさんはそこに座ると、クラクラルを抱えながら話を聞いてくれた。
「ひっく……エルフから魔法を習おうってのかい?」
「どうか、ルーンフェルのためによろしくお願いします!」
エルダは躊躇いなく頭を下げた。
王族はなるべく頭を下げるなと言われているだろうに。
横から見ていてもエルダの必死さが伝わってくる。
じっとエルダの下げられた頭を見つめたアルビダさんは、軽くもう半分ほどになってしまったクラクラルを掲げた。
「アリーゼ、いくら何でも、この酒一本でできる話じゃないねぇ」
「アルビダさんでも難しいですか?」
エルフの魔法と人の魔法は違うし、エルフが人に魔法を教えたなんて、神話の時代のおとぎ話だ。
今人間が使っているのが、現代魔法とでも言うならば、エルフの魔法は失われた古代魔法に近い。
そして、それこそルーンフェルが一番尊ぶ魔法だと、エルダは言っていた。
「ふん……ひっく、エルダと言ったかい? あんた、魔法はどういうものだと思っておる?」
「魔法は、身体の中にある魔力を使い、現実に事象を起こすものだと」
「かーっ、それだから、人の魔法はつまらんのだ!」
アルビダさんからの問い抱えにエルダは頭を上げると、教科書通りの答えを口にした。
だが、アルビダさんは気に入らなかったようで、自分の膝を叩き、顔をしかめる。
エルダの視線が戸惑うように揺れ動いていた。
「エルフの魔法は、己の魔力で外界の魔力を動かす。これは人程度の魔力じゃ、とてもできぬ話」
初めて聞く話だ。元々あたしは魔法が使えない。身体強化と生活魔法だけで足りていた。
エルダの『自分の魔力を動かす』という説明は身体強化ではよくわかる感覚だった。
ただ、自分の魔力を元に外の魔力を動かすとなると……さっぱり理解できない。
「アルビダさんでもエルダの魔法を強くすることはできないですか?」
「そうは言っとらん!」
あたしの言葉にアルビダさんはムッとしたように顔をしかめた。
組んでいた腕を解くと、軽く指を鳴らした。それだけで、後ろの酒瓶の山が動き始める。
滑るように瓶たちが動き、その中の一本が自動でアルビダさんの前に滑ってきた。
鮮やかな魔法。人だったら風魔法を使う必要がある。それでもここまでうまく動かすことはデキないだろう。
少しだけ色の違う酒瓶だった。
他の瓶がすべからく空なのに、この酒瓶だけ半分ほど液体が入っており、コルクで栓がしてあった。その上を保護用紙で包み、封をしている。
見るからに取り扱いに注意しないといけないものだ。
「お主、この酒を飲めるか?」
アルビダさんがエルダをじっと見る。
薄い緑の瞳とエルダの赤い瞳がぶつかった。
あたしは二人の間に入るように身体を乗り出す。
「アルビダさん、エルダはまだ飲酒できる年じゃ……」
「では、酒ではない。薬だ!」
なんという横暴。酒と言っていたのに、薬になってしまった。
エルダはあたしとアルビダさんのやり取りの最中も、ずっと瓶を見つめていた。
「人の身でエルフと同じような魔法を使うには用意がいる」
アルビダさんの指が瓶の縁をなぞり、最後にしっかり封してあった上部を剥がす。
コルクも抜かれ、度数が高いアルコールを飲むときに使う、小さなグラスに中身が注がれる。
キレイな琥珀色をした液体。わずかにとろみがあるように見えた。
「これを飲んで、戻ってこれたなら、あっしが魔法を教えてやるよ」
エルダの前にそのグラスが差し出される。
ふわりと薬草とアルコールが混じったような匂いがした。
エルダはグラスを取らず、アルビダさんに顔を向ける。
「戻って来られなかったら?」
「意識が戻ることなく死に向かう」
ピシャリと言い放たれた一言。
エルダは動じない。隣で聞いているあたしの方が、手に汗が浮かんできていた。
グラスを見つめたままエルダが呟いた。
「私があなたから魔法を習うことができたら、レイフルに勝てるのかしら」
「その男がどれだけ魔法ができるか知らんが……人の身に負けることはないじゃろな」
酒臭いしゃっくりを漏らしながら、アルビダさんはニヤリと笑った。
レイフルに負けない。
その一言がエルダの背中を押しているのは間違いなかった。
「ひっく、無理に飲めとは言わん。どうするかは、お主が決めろ」
だけどーーあたしはエルダを見る。
エルダはお姫様で、保護対象で、本来であれば、魔法を鍛える必要さえない。
大人しくしていて欲しい。それが家族の願いなのだから。
死ぬ可能性をとってまで、すべきことか、あたしには理解できなかった。
「エルダ、無理に飲まなくてもいいんじゃない? 魔法が使えるより、エルダが生きてた方がいいと思うよ?」
「私は」
「うん?」
ずっとグラスを見ていたエルダの視線があたしを向く。
燃えるような赤い瞳。この時点で、彼女はもう決めているんだなとわかった。
「私が魔法を使えるようになれば、多くの人を救えると思うの。少なくとも、魔法のできない子供が捨てられるようになることはない」
「エルダ、でも、それは成功したらの話でさ」
「それに!」
今、死んでしまったら、元も子もない。
どうにか納めようとしたあたしにエルダの赤い瞳が突き刺さる。
「これが私の運命なら、私は絶対に死なないわ」
「どういう……?」
エルダの宣言。それを理解する前に、彼女がグラスを掴み、一気に琥珀色のお酒を流し込んだ。
止めるまもない。
あたしが思わず手を伸ばしたときには、グラスは空になっていた。
「ほっ」
「エルダっ」
アルビダさんが目をその飲みっぷりを賞賛するように破顔した。
「飲みよった、飲みよった……くっくっくっ、人にしては思い切りが良いのぉ」
「ちょ、エルダ!」
「ん〜……」
「なぁに、この娘の言う通りさね。死なぬ運命なら死にやしない。そこにこの娘は賭けたのさ」
すぐに力が抜けて、エルダはフニャフニャと座り込む。
その背中を支えつつゆっくりと床に寝かせた。
まだ息はある。だけど、これからどうなるか分からない。
あたしはエルダを覗き込むようにしているアルビダさんを睨んだ。
「アルビダさんっ」
「そうカッカするな。自分で飲んだんだ、戻って来るさ」
その言葉を信じることしか、今のあたしにはできなかった。
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