第18話 酔いどれエルフ


 クリクラルを手に入れたあたしたちはヤーパンを離れ、ダンジョンの中に戻っていた。

 エルフに魔法を教わる。

 それが魔法を尊ぶルーンフェルでは、特別視されることのようで、何から何まで聞きたそうなマルグリットさんを残して出てきた形だ。

 あの呆気にとられたような顔が忘れられず、あたしはエルダに尋ねた。


「良かったの、あんな逃げるような別れ方して?」

「いいの、いいの。どうせ一緒にいられるわけじゃないんだし、マルグリットも父様たちに伝えてくれるでしょ」

「エルダがいいなら、いいんだけどさ」


 あたしは肩をすくめた。

 ダンジョンの中に点在するエルフの集落へ行く方法はいくつかある。

 というのも、エルフ自体が定期的に住処を変える習性を持っているからだ。

 儀礼的な移動している説や季節にあわせて移動している説など、様々な理由があげられているが決定的なものはない。

 あたしはヤーパンからダンジョンに潜り、鬱蒼とした森の中を足元を確かめるように歩いていた。


「マルグリットは風と水が得意な魔法使いなのよ」

「へぇ、エルダと逆だね」

「そのせいか、小さい頃から一緒に育ったんだけと……真面目でね」


 エルダが太い幹に手をつき、少しの崖になっている部分を降りる。

 あたしは手を貸し、場所を確認する。

 エルフの集落がある場所は、常に深い緑の匂いがする。

 同じように見える場所でも森の匂いが薄い所に彼らはいない。


 エルダが語るマルグリットという人について聞きながら進む。

 見た目も性格も正反対そうな二人だ。

 初対面だったあたしにもそれは分かるくらいだ。


「ルーンフェルに行くときも黙ってたとか?」

「言ったら、止められるもの」


 普通は止める。あたしでも止める。

 王女様が一人で突撃しようとするなんて、あり得ないだろう。


「エルダを拾ったのがあたしで良かったよ」


 あたしは道端に倒れていたエルダを見つけたのが自分で感謝した。

 つい口に出した言葉の意味もあたしは考えずにいた。

 森がいきなり途切れ、門と若い男のエルフが現れる。


「そこの二人! 止まれっ」


 鋭い視線があたしたちを射抜く。

 この唐突さがエルフの集落をさらに分かりにくくさせる。

 これは正解の道順を辿った証拠なのだ。


「っ……ほんとにエルフだわ」

「ちょっと黙って見ててね」


 突如現れた光景にエルダが息を呑んだ。

 目がキラキラしていて興奮しているのがわかる。

 ぽんと肩を叩いて、こちらに意識を向けさせる。静かに伝えれば、エルダはコクコクと頷いてくれた。


「こんにちは、配達人のアリーゼです。アルビダさんにお酒を持ってきました」

「配達人……アルビダは今は不在だ。配達人以外の人間を入れるわけにもいかない」

「そんな、アルビダさんから頼まれたお酒なんですよぉ」


 何度か通ってきているから、顔見知りではある。

 配達人と小さく呟いたエルフの門番は、眉間にシワを寄せて顔を横に振るばかりだ。

 アルビダさんは不在か。

 そうなると中に入るのは難しいだろう。エルフという種族は、そういうものなのだ。


「知らぬ。外で待つがいい」


 予想通りの返答にあたしは苦笑して、お酒を掲げたままエルダの元に戻る。

 森の中に入らず、門番にも警戒されない。

 そんな距離でエルダと話をした。


「エルフってこんな感じなのね」

「基本的に外の人間は入れないからね」

「エルフの魔法が秘技扱いされてる理由がわかった気がするわ」


 小さな声で話していても、声が響く気さえした。

 エルダは初めて見るエルフにエルフの集落、そして突然現れるという仕組み自体にも目を奪われているようだった。

 そうやって、どれくらいの時間が経ったろう。

 さすがのエルダもエルフを見るのに飽きてきた時に、その声は聞こえてきた。


「ひっく、なんだぁ? 人間がいるたぁ、珍しいじゃないかい」

「あ、アルビダさん!」

「……アルビダ、お前に客だ」

「客ぅ?」


 まず、酒臭さ。

 そして現れたエルフーーアルビダさんは、頬を赤らめて目は半眼。明らかにお酒に酔っている顔だった。

 美しい緑の髪に抜けるような白い肌も、酒で台なし……とまでいかなくても、大幅減点になっていた。


「配達人のアリーゼです。今日はこのお酒の配達に来ました!」


 あたしはアルビダさんの視線がこちらを向くのにあわせてクラクラルを掲げる。

 まったく初対面じゃないのに、お酒しか見えてない。

 アルビダさんにとっては、人の認識より先にお酒の認識なのだ。


「おぉ、それは、クラクラルじゃないかっ。今年は諦めかけてたんだよぉ」


 そして、それが見えた瞬間、アルビダさんは移動していた。

 目にも見えぬ速さというか、この人、瞬間移動の魔法を使ったようだ。

 酒瓶ごと抱きしめられる。


「ちょっ」

「あ、アルビダさん! 嬉しいのは分かりますけどっ、離れてくださいー!」

「なんだい、ちょっとくらい、いいさね」


 とてもお酒くさい!

 息だけじゃなくて、体全体からアルコールが揮発してる気がする。

 エルダがあまりの光景に固まっているので、自力でどうにかするしかない。


「あっしの好きな酒を持ってきてくれだんだ。エルフからのハグなんぞ、滅多に受けられんぞぉ?」

「……アルビダ、エルフの品位が疑われることは止めてくれ」

「なんだ、ゲーテは堅いのぉ」

「いいから、離れろ」


 門番さんはゲーテさんと言うらしい。

 お堅い彼のおかげて、あたしはアルビダさんから離れられた。

 フラフラしながらエルダの元に戻ると肩を支えてくれた。


「私、エルフってもっと儚げで清冽な種族なのかと思ってたわ」

「……うーん、アルビダさんは特殊だから」


 エルフは禁欲的で排他的。外での生活に馴染まない。

 それを言い換えれば、儚げで清冽になるかもしれない……が、アルビダさんはその枠には入らないのだ。


「なんぞ、聞こえておるぞ、アリーゼ! あっしに酒を持ってきたくせに、その言い草わぁ」

「あぁ、すみまんって。アルビダさんのためにクラクラルを手に入れたんですよー!」


 完全に絡み酒だ。

 エルダと話していたら横から首根っこを捕まえられる。

 肘で引き寄せられたので、間にクラクラルを置いてブロックした。

 クラクラルを渡すと機嫌を一転させニコニコし始める。


「まぁ、良い。その酒を飲む間くらいなら聞いてやろう」

「ありがとうございます」


 また色々カルチャーショックを受けているエルダを手招きする。

 アルビダさんと一緒じゃなければ、目をつけられてしまうのだ。

 あたしは引きずられるように、エルダは恐る恐るエルフの集落に足を踏み入れた。

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