第17話 ヤーパンでの邂逅
ヴァルクランドからヤーパンへはダンジョンを使えば二日で到着する。
あたしが配達するときは急いでいるので往復一日程度だ。
今回は急いでないし、エルダと一緒だ。普通ではないが、ちょっとだけショートカットするに留めた。
「クラクラル? あるよ」
「本当ですか! やったぁ!」
あたしはその言葉に思わずガッツポーズをした。
着いてすぐに、あたしたちはヤーパンのアルコール専門店街に向かった。
ヤーパンは調査研究がとにかく好きな国で、お酒の類も生産国や生産方法で専門に扱う店がある。
それらが集まって専門店街になっている。多いところで百近く、少ないところでも三十ほどは店舗がある。
アルコールの専門店街には初めて入ったというエルダは周りを興味深そうに見つめていた。
あたしは馴染みのお店があったので、そちらに一直線。ヤーパンにしては珍しい、国や方法にこだわらず、種類を多く揃えている店だった。
自分が飲むわけでもないし、種類が多いほどありがたかった。
「エルダ、あるって! 良かったね」
「ええ、ここまで来た甲斐があったわ」
とりあえず二本クラクラルを手に入れた。
一本はアルビダさんへ。もう一本は予備だ。
お店から出てお酒を確認すると、エルダはほっとしたように胸を撫で下ろす。
その姿にショートカットの道で尻込みしていたエルダを思い出す。
「ヤーパンの出口にビクビクしてたもんね」
「あなたの教える出口が普通と違いすぎるだけでしょ!」
あたしが使うヤーパンの出口は通常の出入り口と比べても高い位置にある。
切り立った崖のような細い道を使う必要もあり、エルダは怖そうにしていたのだ。
ひと目につかないし、早いし、あたしとしては使いやすい道だ。
「エルダ?」
と、二人で話 をしていたら、見知らぬ人から声をかけられた。
水色に近いような薄い青の髪色。身にまとうのは、上品な白いブラウスの上にマントを纏い、下はチェックのスカート。ヤーパンの学校制服の一つに見える。
お堅い美人さんがエルダをじっと見つめていた。
「エルダ? 髪の色が違うみたいだけど……あなた、ここで何をしているの?」
「うぁっ、マルグリット……これは、その、ね」
髪の色さえ変えれば万全と思っていたが、まさかの知り合いだったようだ。
これは慌てるほど自滅するやつだ。
慌てるエルダに目配せして、小声で尋ねる。
「知り合い?」
「幼馴染で、ルームメイトで、お目付け役……」
「なるほど。とりあえず、場所を変えませんか?」
ぼそりと気まずそうな顔で告げられた言葉。
それだけ関係が深ければ髪色くらいじゃ誤魔化せないか。
あたしは苦笑しながらマルグリットと呼ばれた女性に向き合う。
「失礼ですがあなたは?」
「マルグリット、この人はあたしを助けてくれた人なのよ」
「いや、お姫様が冒険者と一緒じゃ、不安になるよね」
飛んできたのは凍てつくような視線だった。
久しぶりに貴族らしい貴族をみた気がする。
エルダが余りにも気安いので忘れがちだが、これが貴族としては普通の反応だろう。
前に出ようとしたエルダを押し止める。
「初めまして、ヴァルクランドの配達人のアリーゼです」
「配達人? 配達人がなんで、エルダと」
「あー、ダンジョンで困っているところに遭遇しまして」
マルグリットさんがエルダの状況をどこまで知っているか分からない。
だが、お目付け役もしていたのならば、エルダ一人でヤーパンを抜け出したのは、マルグリットさんの失態になるだろう。
「冒険者ギルドで保護してもらっていると聞いていたのに、これじゃ心配だわ」
「あはは、ごもっともですね」
飛んできた言葉は正論だった。
保護されているはずなのに、ヤーパンをウロウロしていたら怒りたくもなるだろう。
しかも、強そうには見えない配達人と一緒。いっそのこと、誘拐されている途中の方が自然なくらいかもしれない。
ヘラヘラと笑いながら受け流そうとしたあたしだったが、その前にエルダが我慢できなかったようだ。
「マルグリット、アリーゼは素晴らしい配達人よ。その態度は無礼でしかないわ」
「っ……失礼しました」
「ごめんなさい、アリーゼ。うちの国で配達人になる人はあまりいなくて」
「いいよ、配達人は冒険者の中でも珍しい職業だから」
たまに見る王族の空気をまとったエルダは、存在感が違う。
ヤーパンの酒屋の前なのに、ここだけ神聖な場所のようだ。
エルダの言葉にマルグリットさんはハッとした顔をして、頭を下げてくれる。エルダも神妙な顔で謝ってくれた。
あたしは顔の前で両手を振る。とにかく目立ちたくない。場所を変えることにした。
「それで、エルダはどうしてヤーパンに? 国の状況は把握してるわよね?」
「父様たちが帰ってくるなって言っているのは知っているわ」
「エルダ以外の王族はみんな、宰相殿が把握している状態。一人だけでも自由でいて欲しいのでしょうね」
手頃な場所といっても内容が内容なだけに困ってしまう。
下手に女三人で入って違和感ある場所でもダメだ。
木を隠すなら森ということで、そこそこ混んでいる喫茶店の外の席にする。
紅茶を三つ注文して、あたしは円卓の中でエルダとマルグリットさんの間に座る。
他国の政治的な話に口を出せるわけもなく、紅茶をちびちび飲みながら周りを警戒するだけ。
「宰相殿は魔法第一主義を掲げ、ますます魔法の実力だけで人を登用するようになっているわ。家柄や今までの功績に関係なくね」
「あれ? 魔法は使えたほうがいいんじゃないの?」
「ええ、それはそうなのだけど。宰相殿は能力の低い子どもがいるだけで家の扱いを下げたりするのよ」
そりゃ、わかりやすい。
一人の能力で家全体が下げられるんじゃ、貴族としてはやり辛いだろう。
「私にも耳が痛いわね……魔法の力は子供に伝わりやすいとはいえ、ひどい話だわ」
「酷いところだと能力の低い子どもが生まれたら、縁を切るような家も出始めているの」
「まさか、それだけで、自分の子どもを捨てるなんて!」
エルダの眉間にシワが寄る。
エルダも一属性だけだから、他人事ではないのだろう。
あたしもルーンフェルに生まれてたら、捨てられてた方の子供だ。身体強化と簡単な生活魔法しか使えないんだから。
「魔法第一主義、ねぇ」
「勘違いしないでね、アリーゼ。もともとルーンフェルは魔法を尊ぶ国だけれど、魔法の強さだけではない国だったのよ」
宰相の考えも分かりやすいけれど、確かに国としては生きづらいかもしれない。
エルダが険しい顔のまま、以前のルーンフェルについて説明してくれる。
「エルダの言うとおりよ。ただ宰相殿の魔法の上手さは群を抜いているわ。一人で何人もの魔法騎士を相手に勝っているくらいだもの」
「火だけなら負けないのに!」
「……どちらにしろ、エルダは大人しくしていなきゃ。ヤーパンに戻るなら、警護を増やすけれど」
聞けば聞くほど、エルダが戻ったところでどうにかなる話ではない。
全属性が使えて、王様より強くて、政治を把握しているは宰相相手にどうするのか。
大人しくしていて欲しいというエルダの家族の希望はもっともな気がした。
マルグリットさんがエルダとあたしを交互に見る。
「えっと、ヤーパンには」
「ふふん、私はヤーパンには戻らないわよ。力をつけて父様たちを助けるの。そして、みんなが幸せに生きられる国に戻すのよ!」
「力をつける?」
マルグリットさんがエルダの幼馴染だとしても、あたしへの依頼は『誰にもエルダを渡さないこと』だ。
アルビダさんのところに行く途中でもある。
煙に巻こうとしたあたしの前で、エルダは得意そうに胸を張った。
「なんと、エルフに魔法を教えてもらえるの!」
「何ですって?」
この楽天的というか、乗りやすい性格は何なんだろう。
エルダの宣言にマルグリットさんが目を丸くして、あたしを睨む。
あたしは「あはは……」と笑って誤魔化すしかなかった。
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