第14話 ルーンフェルの宝玉
ギルド長が戻ってきたのは、あたしがエルダをソファに寝かせて、一息ついたときだった。木目の美しい扉がわずかに軋みながら開かれる。
重みを感じる動きで扉が閉められたあと、ギルド長はあたしを見て苦笑した。
「やれやれ、騒がしいと思ったら、お前らとはのぉ」
「すみませんでした! あと、エルダを止めてくれて、ありがとうございます」
「よいよい。ドイルたちはこの頃素行が悪くての。灸をすえるには丁度よかったぞ」
大きく頭を下げる。
ギルド内で魔法を使うことは、ドイルたちが言ったように違反だ。
それどころか、あのままでは乱闘騒ぎになっていただろう。
ギルド長とボルドさんが間に入ったおかげで有耶無耶になってくれたが、下手したら謹慎や冒険者タグの剥奪処分になっていたかもしれない。
「しかし、面倒なことになったのぉ」
「エルダさんがここにいることは知られてしまったでしょう」
ギルド長が自分の椅子に座り、ゆっくりと椅子を回した。
その視線の先にはソファで眠るエルダがいる。
トミーも眉を下げた困り顔で、同じようにエルダを見つめていた。
最初、エルダを拾ってきたときのことを思いだす。
『お姫様は行方不明の方が都合が良い』
エルダの所在は分からない方が、ルーンフェルの王家には都合が良かった。王家の事情はわからないが、もうエルダはヴァルクランドだとバレてしまった。
人の口には戸が立てられない。探している誰かの耳に入るのも時間の問題だろう。
「やっぱり、バレると不味いかな……?」
「そこまで問題にはならんが、面倒ではあるな」
「ルーンフェルからの保護依頼って、まだ取れないんですか?」
保護というのも難しい話だ。
ギルド長からはエルダを誰にも渡さないように言われている。
いざとなれば、あたしが担いで逃げろとまで。
ギルド長は小さく口元を歪めると首を横に振った。
「国のゴタゴタがそう簡単におさまるわけがなかろう」
そりゃそうだ。わかっている。
国の問題がすぐに済むくらいのものならば、元々お姫様の保護依頼なんてギルドに出さないだろう。
母国が安全でないから、エルダはヴァルクランドにいるわけだ。
どうしたらいいのか。
エルダの顔を眺めていたら、彼女の瞼がぴくりと動いた。
「んっ……あいつらは?」
「ボルドさんに説教されてるよ」
「ほんと、ムカツクわ。何より、言い返せない私も……情けない」
起きてすぐに言う言葉がそれか。あたしは苦笑しながらエルダを見つめる。
ソファの上で体を起こすと、かけられた毛布の腕でぎゅっと拳を握っていた。
かすかに震えているその手にあたしの手を重ねながら、エルダの足元に腰かけた。
「エルダは何も馬鹿にされることはしてないよ!」
「ありがとう、アリーゼ」
火属性だけで何が悪い。
エルダの魔法の凄さは見たあたしが知っている。
徐々に震えが収まるまで、あたしはエルダの手をぽんぽんと撫でていた。
「さて、エルダ姫。お国の状況は良くないぞ」
ギルド長がエルダが落ち着いた頃を見計らって話しかけてくる。
空気は今までにないくらい緊迫していた。
トミーはまるで彫像のように直立していたし、エルダもギルド長も顔が険しい。
事情を把握できかねているのは、あたしくらいだ。
「わかってるわよ。でも、爆発姫じゃ、何もできやしない」
悔しそうに呟くエルダに、あたしはずっと疑問だったことを尋ねた。
「ねぇ、なんでエルダの国は荒れているの?」
エルダは長いため息を吐くと、小さく頭を振ってから説明を始める。
「宰相のレイフルが父様に代わって政治をし始めたのよ」
「え、でも、王様じゃないんでしょ?」
こくりとエルダは頷く。だけど、その顔がすぐに苦々しく変化した。
「ルーンフェルは魔法を尊ぶ国……レイフルは全ての魔法が使える男なの。王にふさわしいという話さえ出てきている」
「えー、魔法と王様は関係ないでしょ」
わからない。
魔法を使う上手さと国を運営する能力は同じではない。魔法が上手ければ、すごい魔法使いにはなれるだろうけれど、王様になれるわけではない。
王様が魔法が上手くて得するのなんて、戦争の時くらいじゃないだろうか。
あたしが首を傾げるとギルド長が苦笑しながら補足してくれた。
「関係してしまうのが、ルーンフェルという国じゃ」
魔法を尊ぶ国では、魔法が凄ければ王様にさえなれる。あたしは唇を尖らせた。
そんな中で火属性しか使えないエルダは、たしかに肩身の狭い思いをしたのかもしれない。
ギルド長が口元にニヤリとした笑みを浮かべた。
「だからこそ、まだ完全に乗っ取られていないとも言える」
「どういうこと?」
「……ルーンフェルの王は、宝玉に認められないといけないの」
エルダはぽつんと声をこぼした。
あまりに小さな声だったので、一瞬聞き逃しそうになる。
「宝玉って?」
「なんじゃ、アリーゼ、知らぬのか? 『宝玉と若者』といえば、おとぎ話にもなっておるじゃろ」
ギルド長がカラカラと笑い声をあげながら言った。
あたしは顔をコメカミに指を当てる。
宝玉と若者。おとぎ話。と、あたしは記憶を遡った。
「あぁ、あの、ダンジョンで見つけた宝玉のせいで、いろいろ大変な目に遭う話!」
「そう、それじゃ。最後はどうなっておった?」
『宝玉と若者』は、ダンジョンで宝玉を手に入れた若者の冒険譚だ。
普通の冒険者だった主人公は、宝玉を拾ったことで、色々な事件に巻き込まれることになる。
宝玉の助けを借りつつ少しずつ力をつけていった主人公が最後は国を作り幸せになるという、おとぎ話にありがちな話だ。
「きれいなお姫さまと結婚して、王様になって国を作った……って、もしかして?」
だいぶ昔に聞いたおとぎ話なので、細かいところまでは覚えていない。
だけど、宝玉と王国が作るという部分が、エルダの言った「宝玉に認められる」というところと被る。
あたしは信じられない気持ちでエルダに視線を向けた。こくりと頷かれる。
「細部は違うけれど、それがルーンフェルの建国神話よ」
「えぇ……あのお話、本当だったんだ」
知らなかった。というか、ルーンフェルってそういう成り立ちなんだ。
ヴァルクランドが冒険者がダンジョンを効率的に探検できるように国として成り立ったように、ルーンフェルにはルーンフェルらしい建国理由があるものだ。
確かにそんな始まりなら、魔法を尊ぶことも理解できる気がする。
「じゃ、大丈夫じゃない?」
宝玉が認めないと王になれないなら、その宰相レイフルが認められない限り大丈夫だ。
だけど、あたしの予想に反してエルダは苦い顔をしたままだった。
「あの宝玉が認めたのは、初代だけなのよ」
「え? 今の王様は?」
「子孫だから認められているってことにしている」
「え〜……それでいいの?」
スッキリしないというか。あたしは首を傾げる。
まぁ、貴族なんて世襲だから、そういうものなんだろうけど。
エルダとギルド長は何とも言えない表情で顔を見合わせていた。
「民にしてみれば、それより善政をしてくれることの方が大切じゃろ」
「だけど、レイフルは全ての魔法を使えるものこそ王になる資格があるだと唱えているの」
「宝玉に認められた者こそが王だと?」
「ええ……自信があるのよ」
全属性が使える魔法使い。
ひとつも使えないあたしにすれば、想像さえつかない。
だけど、エルダを見る限り、魔法を使えない人間には厳しい国になりそうだ。
少なくともあたしは暮らせなさそう。
「もし、その宰相さんが宝玉がに認められたら?」
「王家は終わるわね」
革命。エルダの親族たちの命が危うい。
魔法がすべてのような考え方をする人間が、前の王など残しておくだろうか。
重い空気をまとってエルダの出された言葉が部屋にしみこんでいく。
「だから、私はルーンフェルに戻りたいの」
そう真っ直ぐ前を見て宣言するエルダは、今まで見た彼女とは違いとても王族らしく見えた。
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