爆発姫の問題
第13話 納品と爆発姫
「ファイアードランクの炎、三つ。確かに納品されました」
あたし的ちょっと怖い道〝魔樹の昇降壁〟を使って、ヴァルクランドには二日で戻ることができた。
エルダはひいひい言っていたけれど、あたしが助ける必要もなく自力で登りきった。
依頼達成の報酬をもらい、あたしはエルダの背中を軽く叩く。
「いやー、間に合って良かったね!」
「ツタを登るのは安全な道なのかしら……」
カウンターに両肘をつき、体力を回復させている。口から出るボヤキにあたしは苦笑した。
〝魔樹の昇降壁〟は果てが見えない高さの崖をツタが覆っている場所のことだ。見上げても先が見えないから、普通の冒険者なら登る気も失せる。
だが、ストランド火山から大平原にショートカットで戻るためには、この崖を登り切る必要があった。
「言った通り、早いし、綺麗だったでしょ?」
「綺麗は、綺麗だったわね」
「でしょ?」
なんと言ってお先が見えないくらいの高さの崖だ。
登っている途中に一度ある窪みから見る景色は絶景の一言。
ストランド火山が遠目に見えるし、その麓に広がる樹海は霞むくらい先まで続いている。木々の間に見える川は日差しでキラキラと反射して美しい。
それらを一気に見えるのが、あの場所なのだ。
やっと少し頬を緩めたエルダと話していたら、嫌な雰囲気を感じた。
「おいおい、どんなズルを使ったんだ?」
「ストランド火山からこんな早くに帰ってくるなんて無理だろ」
「無事、納品された時点でズルだってわかるな」
ニヤニヤ笑うドイルとロビン。
達成した依頼をズル呼ばわりされたことに、あたしは顔をしかめた。
あたしが口を開く前に、エルダがあたしの隣に立った。さっきまでカウンターに肘をついていた人とは思えない姿勢の良さ。
その姿は確かに上流階級の身のこなしだった。
「あら、失敗すると思っていた依頼を押し付けたの?」
自分より大きい男二人相手に、エルダはにっこりと笑いかけながら言い放った。
「ヴァルクランドの冒険者って、随分卑怯なことをするのね」
「なんだと?」
「納品できた事自体がおかしいって言ってるんだ」
わかりやすい挑発にドイルとロイドが気色ばむ。
怒るってことは、自覚があるってことじゃないかな?と思ったことは、胸の中にしまっておく。
エルダはカウンターにいるトミーにちらりと視線を向けた。
「ファイアードランクの炎は採取してすぐに鮮度が落ちるもの。これは最高級品よね?」
「ええ、こちらは鮮度もよく、少なくとも三日以内に採取されたものだと確認されています」
トミーの手元にある採取瓶にはファイアードランクの炎が入っている。
ファイアードランクの炎は、時間が経過するほど炎自体が小さくなっていく。
そのため、採取の面倒くささはもちろん、鮮度が問題になる。
誰よりも受付嬢のトミーがそう言ってくれたことで、あたしたちがズルしていないことは証明されたはずなのに。
「ちっ、受付もグルか」
「配達人がファイアードランクの炎の納品なんてできるわけがねぇ」
ダメだ、こりゃ。何を言ってもズルとされてしまうだろう。
ドイルとロビンは端から決めてかかっているようで、トミーにまで疑いの視線を向け始めた。
メガネの奥でトミーの瞳が細められる。
依頼も終わったし、さっさと次の仕事――大平原の再マッピングに移りたい。
「ねぇ、依頼は成功したんだから、それでいいでしょ。あたしたちは別の仕事で忙しいから」
エルダの手を引いてギルドを去ろうとした。
その時、ロビンがエルダを見て嫌な笑いを浮かべる。
「待てよ、その女、ルーンフェルの爆発姫じゃないか?」
「誰だそれ?」
ルーンフェル、姫と聞きたくなかった単語がロビンの口から流れてくる。
ドイルは知らなかった様子だが、ひょいと身をかがめたロビンがエルダの顔を覗き込んだ。
この時のエルダの表情は見たことがないくらい冷たくて、背筋を詰めたい汗が落ちていく。
「赤い髪に、赤い瞳……間違いない、火属性以外使えない出来損ないだ」
「出来損ないと配達人が行動してるのか? そりゃ、ウケる」
二人そろって腹を抱えて笑い始める。
ロビンが口にした内容は、あたしがエルダから聞いたことと被っていた。
だが、魔法が使えるだけで充分なのに、こんな風に馬鹿にされる謂れはない。
「な」
反論しようと口を開いたあたしの隣を一筋の光が通り過ぎる。
熱い。赤い、炎。
ファイアードランクの前で焚いていた人は丸きり違う。
圧縮された炎の矢がロビンにまっすぐに向かっていく。
(まずい!)
「うぁ」
「ぶっ放しやがった……!」
止めることも、消すこともできなかったあたしの目の前で、炎の矢をは床に突き刺さった。
爆発することもなく、木が焦げる匂いが充満する。
まさか魔法を放たれるとは思っていなかったのだろう。ドイルとロビンの額にも汗が伝っていた。
「取り消しなさい」
「エルダっ」
「今の言葉、取り消しなさいって言ってるのよ!」
誰も言葉を発しない中で、エルダの怒りに満ちた声はよく通った。
関係なかった冒険者たちまで、あたしたちの方を見てくる。
突進しそうなエルダの腕を掴むも彼女の勢いは止まらない。
「はんっ、ギルドでの魔法使用はいかなる理由でも違反だぜ」
「そっちが先に手を出したんだからなあっ」
ドイルもロビンも武器に手をかける。
こちらを叩き潰そうとしている二人と引く気がないエルダ。
抱えて逃げるしかないかと思っていたら、救いの声が聞こえてきた。
「やれやれ、若い冒険者は血の気が多くていかん」
「ギルド長!」
「アリーゼ、頭に血が上っとる相方を退かせ」
これほどまでにギルド長が頼もしく見えたことはあっただろうか。
後ろ手に手を組んだ状態で、ギルド長がカウンター前に姿を表した。
今にも飛び掛かりそうなエルダを退かすように顎で指示される。
「はい! エルダ、ほらっ」
「離して、あいつらの発言を撤回させないと不敬罪でっ」
「わかってる、わかってるから!」
少しだけ気がそれたのか。あたしの声は聞こえるようになっていた。
エルダの腕を両手でつかんで、後ろに引きずる。
魔法を放ってしまったことは事実だし、エルダの正体を知っている人間がいることも問題だ。
今は大人しくしていることが一番なのに、エルダはあたしの手を振りほどこうとしてくる。
「まったく」
「あぅ」
「エルダ?!」
抵抗するエルダにギルド長は肉薄すると、とんと額をついた。何をしたかは分からないが、エルダの体から力が抜ける。
あたしは慌てて彼女の体を支えるように腕を回した。
ギルド長は呆れたように顔を横に振っている。
「寝かせただけじゃ、さっさと連れて行け。奥にな」
「あ、ありがとうございます」
指でカウンターの奥を示される。ギルド長室に行っていろということらしい。
トミーも先導するために待ってくれていた。
だけれど。一言だけ言っておかないといけない。
「あたしも怒ってますから。依頼は成功しました。言いがかりをつけてきたのは、あっちです」
あたしの言葉にギルド長ははぁと息を吐いた。
と、ドイルとロビンの後ろから、大きな人影が現われる。
「……わかっておる。のぉ、ボルド?」
「配達人の仕事も分かってない若造だ。きちんと鍛え直すっ」
「そんなっ、ボルドさん!」
「俺らは正しいことを言っただけで」
ドイルとロビンの肩に手を回したのはボルドさんだった。
ヴァルクランドダンジョンギルドで働く冒険者たちの仕切り役だ。
スキンヘッドにがっしりとした巨体を革鎧で包んでいるのが特徴的で、武器はハンマー。討伐も採集もマルチにこなす凄い人だ。
ドイルとロビンもボルドさんには頭が上がらないのか、さっきまでとは様子が一変している。
「いいか、お前ら、座り直せ」
ボルドさんの腕に力が入り、ドイルとロビンが成すすべなく床に座る。
座りなおしたというより、座らされた。まるで無理やりお座りさせられた犬のようだった。
ボルドさんはこちらをちらりと見ると、ニヤッと交流がない人間が見たら脅されているように見える笑顔を浮かべた。
任せろ、ということらしい。
「誰のおかげで美味い酒が飲めると思ってるんだ。あぁ?」
すぐに大音量で公開説教が始まり、あたしはエルダを抱えたまま、そそくさと奥に進む。
ボルドさんがいてくれて助かった。
今度お礼をしなければと思っていたら、トミーがこっそり教えてくれた。
「ボルドさん、アリーゼさんの配達する火酒が一番の好物なんです」
火酒。ドワーフが作るお酒だ。
保存が難しく、人が多い場所ではなかなか流通しない。
確かに定期的に酒屋さんから頼まれて卸に行っていた。
「あぁ、あれ」
「それ以外も、アリーゼさんの持って来るお酒や食べ物は状態が良いので、感謝してる冒険者は多いんですよ」
「……食べ物の恨みが一番恐ろしいってことか」
配達人をしてて良かった。
あたしはエルダを担ぎながら一人、胸を撫でおろしていた。
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