第12話 採取の時間


 ストランド火山はキレイな稜線を描き、尖った山頂からもくもくと煙を吐き出している。

 目的のファイアードランクは火口の手前、山で言えば中腹にいることが多いモンスターだった。

 その姿は名前の通り、炎に包まれたトカゲのようで。

 赤いたてがみが炎のように揺らめくのが特徴とされる。


 ファイアードランクの炎は、ファイアードランクを討伐した際に落ちることがほとんどのアイテム。

 3つとなると討伐も大変なんだけど、うまく採取する方法をあたしは知っていた。


「エルダー、行くよー!」


 ファイアードランクは全身炎のようなモンスターだ。

 迂闊に近づくと熱いし、攻撃される。

 だけど、彼らが心地よいくらいの火があると、代謝が良くなるのか、ファイアードランクの炎を落とすのだ。

 あたしはそれを素早く近寄って拾う。


「私の知ってるファイアードランク退治と違う……!」


 エルダに頼んで炎をファイアードランクたちがいるところに燈す。

 攻撃以外で魔法を使うことに、エルダは半信半疑といった表情を浮かべている。

 そう言われても、あたしにすれば一番効率が良いやり方を取っているだけだ。


「えー、だってこれ、ファイアードランクの炎の採取だもん」

「どこに、モンスターの機嫌をとって炎を貰う人がいるのよっ」

「だってファイアードランクの炎って、彼らにとっては抜け毛みたいなものらしいし」

「抜け毛……ファイアードランクの炎が抜け毛扱い……」


 呆然としながら、エルダがブツブツと呟く。

 そう言いながらも炎の大きさは安定してるから大したものだ。

 気持ちよさそうに日に当たるファイアードランクの背中の炎が大きくなる。

 もうちょっとで、また一つ取れそうだ。


「エルフじゃ普通の取り方らしいよ?」

「エルフと交流があるの?!」

「まぁ、配達が必要なのは、エルフの人たちも同じでしょ」


 この取り方を教えてくれたのはエルフの人たちだった。

 エルダが目を丸くして、あたしに詰め寄ってくる。

 その勢いが分からなくて、あたしは首を傾げた。

 あたしは配達の仕事がある所に行くだけだ。

 その時、ついでのように、色々教えてくれるのだけれど、魔法がからっきしのあたしにはできないことも多かった。


「あたし一人じゃできないし、エルダのおかげ」

「あまり嬉しくないわ。前は大火力で押して押してやっとだったのに」


 唇を尖らせながらエルダが言った。

 火属性のエルダにすれば、ファイアードランクを倒すには余程強い火力じゃないと難しいだろう。

 それでも押せるだけの力があるのが凄い。

 納得いかなそうな姿にあたしは採取瓶を手にとって揺らす。


「簡単に取れるならいいんじゃない?」

「そうなのだけれど……釈然としないわね」


 モンスターを倒さずに取れるアイテムなら、その方が楽だ。

 倒すことに命をかける冒険者もいるから、その反対がいても良いだろう。

 あたしは会話しながらも魔法を安定させたままのエルダの方が凄いと思う。


「炎を持続させられるだけで、凄いんじゃないの?」

「こんなの詠唱もいらない魔法よ。魔力を元に炎を出してるだけなんだから」

「ふーん」


 魔力だけで炎が生まれるなんて話は聞いたことがない。

 魔法は魔力を元にして現象を生み出す方法だ。

 あたしみたいな身体強化だけならともかく、外に向けて魔法を放つには詠唱がいるはず。

 エルダの魔力の使い方は、エルフの使う魔法に近い気がしていた。


「エルダは火属性が得意なんだね」

「……火属性しか使えないのよ」

「使えない?」


 少しの沈黙。

 エルダは言いたくなさそうに答えてくれた。

 魔法の属性は大まかに水風地火木の五属性に分かれている。

 魔力があれば、どの属性も使えるとはされていたが、実際は三種類も使えれば十分だろう。

 だが、一種類だけというのも珍しい。特にエルダのように魔力が多い人間にとっては。

 エルダは小さくため息を吐いた。


「火属性以外は全部爆発するの」

「ははぁ、そりゃまた派手だね」


 失敗すると爆発するというのも、聞いたことがない。

 あたしの反応にエルダは大きく首を横に振った。


「笑い事じゃないわよ! ルーンフェルじゃ、多彩な魔法を操れるほど才能ある魔法使いとして認められるのに」

「火属性だけでも強ければいいんじゃない?」


 エルダの声が大きくなると、ファイアードランクの前の火少しが強くなる。

 これだけの事ができれば他の属性はいらない気がした。


「だって、あたしは身体強化以外使えないし」


 まだ不満そうな顔をしているエルダを目の端に見ながら、ファイアードランクが身震いするように体を震わせた。

 火の粉がその動きに合わせて舞い落ちる。

 と、大きな炎の塊がコロンと落ちた。


「っと、3つ目ゲットー!」


 すかさず、手に持っていた採取瓶の中に入れる。

 地面に落ちる前に拾い上げ、蓋を閉める。その足で地面を蹴って元の場所に戻った。

 あたしの動きにエルダは呆れたように腰に手を当てる。

 炎はいつの間にか消えていた。

 瓶を掲げながら、エルダに見せる。


「これで帰れるね」

「ねぇ、帰りもあの落とし穴みたいなのを使うの?」

「ん? 帰りは違うよ」


 ファイアードランクにお礼のエサをまいて、さっさと麓に戻る。

 もう一度採取したものを確認しつつ、小休憩。

 持ってきていたパンと干し肉、水に口をつける。

 蓋をしっかり閉めて、あたしは不安そうにこちらを見るエルダに答えた。


「大平原から他のエリアは見つかってても、他のエリアから大平原へのショートカットできる道は少ないんだ」

「ということは、もしかして、地道に戻るの……?」


 苦いものを飲み込んだような顔をするエルダ。

 いや、地道に戻ると三日はかかる。そうなれば納品は失敗。

 だけとーーあたしはわざと笑顔を浮かべて首を傾げた。


「んー、地道に走るのと、ちょっと怖いの、どっちが良い?」

「走るのは、あなたの速度ってことよね?」

「うん、そうだよ」


 エルダと出会った時のように走れば、余裕をもっても二日でつく。

 あたしの言葉にエルダは「はぁー」と長いため息を吐いた。それから首を横に振る。


「それは、選択肢って言わないわ」

「またおんぶしてもいいよ?」

「良くない!」


 おんぶ、そんなに気に食わなかっただろうか。

 あたしとしては一番楽な移動法になるから、必要であれば適宜するつもりなんだけど。

 まるで乙女の沽券に関わるというように拳を握るエルダに、それを言う気は起きなかった。

 となれば、とれる道は自然と一つになるーーちょっと怖い道だ。


「後は帰るだけだから、いつでも助けて欲しいときは言ってね」


 下るのに比べれば、登ることはどんな道でも危険になる。

 あたしはエルダに優しく伝えた。

 だけど、それでもエルダにとっては、天を仰ぐ事態だったようだ。


「できるなら助けがいらない道を選んで欲しいわ……」

「頑張る!」

「期待できない……」


 肩を落とすエルダを引っ張るように、ちょっと怖い道へ連れて行く。

 これを使えば、誰でも一日でヴァルクランドに戻れる便利な通路。

〝魔樹の昇降壁〟はすぐそこだった。

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