第15話 エルフの魔法

 緊迫した空気の中で、ギルド長は首を横に振りながら、エルダにとって残酷な現実を突きつけた。


「そのままのお主じゃ、戻った所でなんの役にも立たん」


 鬼人族は身体能力に引いた出た種族だ。そして強さが全ての基準になる。

 魔法も得意という話は聞かないけれど、ギルド長は人の能力を計ることは慣れている。

 エルダが悔しそうな顔で、ギルド長を見つめた。赤い瞳が燃えるように輝いている。


「でもっ」

「魔法が苦手なら鍛えればよいのじゃ」


 にっこり。絵に描いたように笑ったギルド長がエルダに告げる。

 あたしは顔をしかめた。

 魔法を鍛える。そんなの聞いたことがない。


「えっ、そんなことできるの?」

「もちろん可能じゃ!」

「いや、そんな鬼人族の常識で話されても困っちゃうよ?」


 目を輝かせてソファから立ち上がるエルダ。そのままの勢いで、ギルド長が座る机に詰め寄る。

 急に動いたら危ない。あたしは苦笑しながら、エルダの少し後ろに立った。


 鬼人族は強さを追い求める種族であり、それには限りない自己鍛錬も含まれている。

 つまり、強いのが好きで、強くなるのを誰しも追い求める。

 鬼人族の可能が、人間にできるかは分からない。

 と、ギルド長が意味深にあたしに視線を投げかけてきた。


「アリーゼの知り合いにうってつけなエルフがいただろう?」

「アルビダさんのこと? 確かに魔法には詳しいけど」

「エルフから魔法を習うなんて、とても名誉なことじゃない!」


 目を輝かせるエルダに、あたしはまた苦笑するしかない。

 また、面倒な名前が出てきた。

 ギルド長が口にしたエルフのアルビダさんは、魔法に詳しい人で、よく仕事の依頼をされる顔見知りだ。

 アルビダさんなら魔法を教えてくれる可能性はある。

 けれど。


「エルフと人じゃ、使う魔法自体が違うんだよ?」

「知っているわ。そして、その違いに古代魔法の秘密が隠されていることも!」


 どうやら魔法を使う人間にとって、エルフの魔法は憧れの象徴のようだ。

 違う魔法だと知っていても、さらに意気込みが強くなった気がする。

 グイグイくるエルダを押し留めながら、あたしはギルド長に顔を向けた。


「そうなんですか?」

「古代魔法とエルフの使う精霊魔法は近しいものとされておるのぉ」


 ギルド長の言葉を聞いたエルダに胸元を掴まれ、引き寄せられる。

 エルダとの距離がぐんと縮まり、あたしはされるがまま首を揺らした。


「アリーゼ、その人のところに連れて行って!」

「えぇ、大人しくしてたほうがいいんじゃない?」

「連れて行ってやれ。ドイルとロビンに灸をすえたところで、エルダの存在が隠せるわけでもない」


 そんな状態になってもギルド長は面白そうに口元をニヤニヤさせていた。

 ドイルとロビンとの間のこともある。目立たないように動かない方が良いかと思ったのだが、この分だとヴァルクランドにいない方が良さそうだ。


「……やっぱり、危ないですかねぇ?」

「この娘は目立つからのぉ」


 ちらりとギルド長がエルダに視線を投げかけた。

 まぁ、そうだよな。とあたしも思う。

 赤髪に赤い瞳なんて、そうそうある色味ではない。


 得意属性は色に出ると言われている。

 属性の種類は水風地火木が基本とされ、それぞれが青、白、黄、赤、緑を表すとされていた。

 あたしは目が緑で、髪の毛も白に近い黄色だ。色だけで言えば、木、風、地。

 だけど、使えるのは身体能力強化の魔法だけ。

 薄い色ほど力が弱いんじゃないのかと推測されていた。

 その考えでいけば、エルダは火属性の中の火属性となる。


「っ……好きで、この容姿なわけじゃないわよ!」


 ギルド長とあたしの視線が集まったことで、エルダは怒ったように顔を赤くした。

 何もエルダの姿が悪いって言ってるわけじゃない。


「あたしは好きだけどなぁ。エルダの赤は太陽みたいだよね」

「あ、ありがとう」


 褒められると思ってなかったのか、エルダは瞳を泳がせた。

 色々な属性の人を見たことがあるし、強い魔法使いも見たことがある。

 でも、エルダみたいな真っ赤な髪の毛は見たことがなかった。

 ギルド長も小さく頷きながら、首をわずかに傾げる。


「そこまで属性が色に出るのも珍しい。よほど強い力を秘めているのではないかと思うが?」

「そうだと、嬉しいのだけれど」


 エルダは自分の赤い髪の毛に指を絡ませながら答えた。

 あたしもそう思う。ストランド火山で見たエルダの魔法は、あたしの知っている魔法とは違った。

 あんなに魔力があるのに、火属性以外は爆発するのも聞いたことがないし。

 火属性だけあんなに上手に扱えるのも不思議な話だろう。


「ほれ、危ない場所から離れられる。エルダの能力も伸ばせる。お主は珍しい場所に行ける。良いことだらけではないか?」


 エルダの様子をギルド長が優しい笑顔で、あたしを見てくる。

 エルダもチラチラとあたしを伺う。

 二人の視線から感じる圧力にあたしは両手を上げて答えた。


「……わかりました。連れていきますよ。しばらく依頼は受けませんからね!」

「よいよい。エルダの保護と、今受けているリンダの依頼だけこなしてくれればの」


 からからと笑うギルド長は、軽やかに手を揺らしている。

 トミーは少しだけ複雑そうな顔だったが、しょうがないと肩を落としていた。

 エルダは分かりやすく、顔色を明るくさせるとあたしの両手をつかみブンブン振ってくる。


「ありがとう、アリーゼ!」

「もう、エルダと出会ってから、休む暇なしだよ」

「うっ……ごめんなさい」

「はぁ~。そこで、謝られると調子が狂っちゃうなぁ」


 ちょっとだけ冷たく言ったら、わかりやすくエルダが落ち込んだ。

 ほんと、お姫様らしくないお姫様だこと。たまにすっごくお姫様っぽいのに。

 あたしは悪戯に口角を上げるとエルダにわざとらしく伝える。


「エルダはお姫様なんだから、偉そうにしてもらわないと」

「偉そうになんてしてないわよ!」

「そうそう、その調子」


 エルダにがっと言い返されて、あたしはうんうんと頷く。

 さて、アルビダさんにエルダを紹介するなら手に入れないといけないものがある。


「じゃ、お酒、買いに行こうか?」

「え?」


 エルダの肩に手を置き、あたしがそう言えば、エルダはキョトンとした顔で首を傾げた。

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