第9話 まさかの依頼変更
ヴァルクランドダンジョンギルドまでの道のりは、そこまで人はいなかった。
昼前という時間帯だけど、もう日差しが強くなっている。
暑さを避けるためにも朝市帰りの人が多い気がした。
不思議な静けさのあるこの時間帯があたしは好きだった。
「あ、アリーゼさん」
「トミー! 師匠の依頼、まだ残ってる?」
扉を開けてすぐに受付に直行する。
後ろでは息を切らせたエルダが肩で息をしていた。汗が滲む額に申し訳なさがこみ上げる。
そんな急いだつもりはなかったんだけど。
そっとハンカチを手渡せば「ありが、とう」と途切れ途切れにお礼を言ってくれた。
トミーは手元の書類を整理しながらニコリと微笑んでくれた。
「はい、もちろんですよ」
「良かった~」
ほっと胸を撫で下ろす。
マッピングの依頼も、師匠からの依頼も数は少ない。
できるだけ逃したくない。
あたしの様子にトミーは依頼票を差し出してくれる。
「マッピングは技量が問われますし、〝リンダのマッピング依頼〟となると、それだけで逃げ腰になる冒険者の方も多いですから」
あたしは依頼票を手に取り中身を確認する。
依頼人はリンダ。内容は『大平原の再マッピング』。
大平原はダンジョン内部の草原で、どの国に出る時も通る場所だ。
底なし沼やトラップ、抜け道は大体網羅されているはず。
だけど、再マッピングの依頼が出るってことは、何か変化を師匠は見つけたに違いない。
あたしが依頼票とにらめっこしている間に、エルダは息を整え、トミーと話し始めていた。
「アリーゼのお師匠さんはそんなに有名な人なの?」
「有名ですよ!」
エルダの言葉にトミーはメガネを掛けていても分かるくらい目を見開いた。
いや、まぁ、ヴァルクランドだと有名かもしれないが、他国ではそうでもないだろう。
ダンジョンで生計を立てているヴァルクランドで、収入の一柱になっているのは地図販売。
その地図の大半は師匠が作製している。
「初級ダンジョンマップをご存知ですよね?」
「ダンジョンに入る前に必ず買うように言われる奴よね」
「それを作ったのがリンダさんです」
「えぇ?!」
トミーが見本品を出してきた。懐かしい。あたしも最初はこの地図から始めたのだ。
だけどーー地図を作った時のことを思い出し、あたしは苦笑した。
「師匠、まとめるの苦手だから、あたしも手伝ったけどね」
「すごいじゃない!」
エルダからキラキラした瞳を向けられる。
そんなに真っ直ぐ褒められることがないから、照れてしまう。
でも、師匠との仕事を褒められるのは嬉しかった。
トミーも頷いてから、少し得意げに胸を張った。たぶん、あたしのことを紹介できるのは少ないからだろう。
「アリーゼさんには、毎年最新版を提出いただいてます。ご協力、本当にありがとうございます」
「いえいえ、危ないところも多いし、調べるのが好きだから」
あたしは小さく横に手を振った。
初級ダンジョンマップはその名の通り、ヴァルクランドからダンジョンに入ってすぐの場所の地図だ。
そこから主要な採集場所への行き方や行きやすい国への通路などが書いてある。
大きく変わることはないのだけれど、初めてダンジョンに入る冒険者にはその〝ちょっと〟が危険につながる。
よく使う場所でもあるし、あたしはなるべく小まめに変化を地図に反映させるようにしていた。
「はぁ~、あなた、やっぱりすごい冒険者なんじゃない」
「いや、ほとんど配達しかしてないから」
地図作りはお金にならない。
配達のついでに変化を観察しているだけ。
まぁ、師匠みたいに見果てぬエリアを探すのも夢があるけれど。
あたしは小さな変化を書き留めていくのも好きなのだ。
と、カウンターで師匠からの依頼を請け負おうとしていたら、面倒な声が聞こえてきた。
「そうだぞ、嬢ちゃん。そんなのが凄い冒険者なんて、ちゃんちゃらおかしいぜ」
「俺達が本当に凄い冒険者について教えてあげるよ?」
「ドイル、ロビン」
ゴツゴツとした筋肉に、あたしの倍はありそうな身体の幅。背中には大きな盾を背負っている。ドイルは分かりやすいタンク役の冒険者だ。
その隣に立つロビンはひょろりとした身長と細身の剣を身につけている。魔法剣士としてそこそこ有名になってきた。
この頃、調子が良い二人で、あたしの仕事を馬鹿にする二人でもある。
面倒なのが来た。あたしは内心でため息をつく。
構うだけ時間の無駄なのだが、エルダは吹っ掛けられた言葉に大きく眉をしかめた。
「結構よ。私はアリーゼが凄い人だって知っているもの」
「何言ってるんだか。そいつはモンスターの一匹も倒せないんだぜ?」
「ウォルフを傷つけるだけで泣きそうになるんだから」
エルダの言葉に大きな笑い声を上げながら、ドイルとロビンが下卑た笑いを浮かべる。
事実は事実なんだけど、こういう言い方をすればムカついてくる。
エルダも更に火がついたように、こちらに視線を向けてきた。
「あなたも何か言い返しなさいよ」
「いや、だって、本当のことだし」
「本当って!」
噛みついてきそうな勢いのエルダに肩を竦める。
本当のことだし、言っても無駄だし。
あたしは自分の仕事が好きだし、マッピングも好き。ギルドや人の役に立てているのも嬉しい。
それだけで十分なのだ。
「ほら、嬢ちゃん。そいつは腰抜けなんだよ」
「なぁ?」
ニヤニヤ、ニタニタ。そのデカい図体から手が伸びてこようとする。
あたしを馬鹿にするのは構わないけれど、エルダに触れようとしてくるのはいただけない。
エルダの服を少し引くも、彼女は岩のように動かなかった。
「っ、アリーゼは凄い冒険者なんだから! あなたたちより、凄い依頼をこなしてみせるわっ」
一歩も引かず、ただそう言い切る。
赤い瞳と赤い髪の毛が輝きを増しているようにさえ見えた。
その強さに弾かれるようにドイルとロビンは一枚の依頼票をエルダの前にぶら下げる。
「へぇ、面白いじゃねぇか」
「だったら、このファイアードランク退治でもしてもらおうかな」
「どうせ、できないだろ?」とでも言いたそうな瞳があたしとエルダの間を行き交う。
エルダは引ったくるように依頼票を取った。
あたしはファイアードランクと言う単語に嫌な予感を覚える。
「ファイアードランク? ちょ、エルダ」
その依頼票、見せて。と言おうとした言葉は、エルダの声にかき消される。
「わかったわ、やってやろうじゃない!」
あぁ、なんでこのお姫様はこんなにも単純なのか。
真っ直ぐで、引かなくて、突き進む。
危なっかしくて目が離せない。
「じゃ、きっちり、期日までによろしくな」
エルダの言葉に、ドイルとロビンは口笛を吹くとヒラヒラと手を振り去っていく。
二人の姿がなくなってから、あたしはエルダの手から依頼票を取り、トミーと顔を見合わせた。
「……やられましたね」
「ほんと。乗せられた形になっちゃった」
トミーは苦々しく顔をしかめた。あたしも合わせるように両肩を上げた。
受付嬢として依頼を把握しているトミーはファイアードランクの依頼がどんなものか覚えていたのだ。
エルダだけが状況を理解していないように、切れ長の瞳をキョロキョロと動かした。
「ファイアードランクなら、私も倒したことがあるわよ」
「いや、エルダ、この依頼はモンスターより、期日が問題なんだ」
あたしはエルダから依頼票をもらうとカウンターの上に置き、期日の部分を指し示す。
エルダが少しつま先立ちになり、真上から覗き込むようになった。
「期日?」
「明後日までに、ファイアードランクの炎、三つ納品」
ファイアードランクの炎は、基本的に倒したときのみに出現するドロップアイテムだ。
倒すとしたら、あたしには荷が重いのだけれど、あたしはファイアードランクの炎の特殊な採取の仕方を知っている。
倒す必要はなしい万が一そういう状況になっても、エルダが倒せるなら、その部分は問題ない。
「大丈夫よ!」
エルダは自信満々に腰に手を当てた。
まだ気づいてないようだ。
あたしはなんと言っていいか考えながら尋ねる。
「……ファイアードランクがいる場所は?」
「ストランド火山の麓……って」
ストランド火山。ダンジョンは異空間とはいえ地下に存在するというのが定説。
その地下空間に火山さえあるのだ。
あたしも初めて見た時は、とても感動したのを覚えている。
エルダは自分で場所を口にしてから、ハッとしたように口元に手を当てる。
トミーがメガネを上げながら答えた。
「そう、ここから三日はかかる場所なんです」
モンスターの強さは元より、場所の遠さのほうが問題になる。
師匠の依頼も受けたいのに、とんでもない依頼が飛び込んできてしまった。
あたしを見るエルダの顔からドンドン血の気が引いていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます