第10話 無茶な依頼

 ストランド火山まで行って、ファイアードランクの炎を3つ取ってくる。期日は明後日まで。

 普通に考えれば、一度破棄されて新しいのが出るのを待つべき内容だ。

 この依頼の難しさをエルダはようやく理解したようだった。


「……あなたなら、どうにかできるわよね?」


 あたしにトミー、エルダ。

 緊張感が空気さえ重くしているようだった。

 期待と絶望に苛まれたエルダの声が、視線があたしを見てくる。


「エルダさん、冒険者に無理をさせることは貴族階級であっても禁止されています」


 事務的なトミーの声がエルダの望みを絶つ。


「無理ではないわ! だってアリーゼだもの」

「無理すればできる、はできるではないのです」


 トミーの言うことはもっともだ。

 冒険者に無理をさせて依頼をこなさせようとする事案が昔はいくつもあったらしい。

 だから、ダンジョンギルド職員のトミーは、何も間違ったことはしていない。

 対立する二人の間に入るようにして、あたしは両手のひらをそれぞれの前に向けた。

 

「まぁ、ちょっと、方法を考えてみるよ……師匠の依頼も受けていい?」


 あたしはトミーを宥めるように、頬を指でかきながら答えた。

 トミーは間違っていないけれど、エルダにもエルダの事情がある。

 例えば、簡単に公の前で王族が謝罪するのは許されていないとか。

 非を認めるだけで、面倒なことになるとか。

 そういう、あたしには遠い世界のやつ。

 トミーの眉間によったシワが少し緩くなる。


「可能ですが、リンダさんの依頼は期限がないので急ぐ必要はありませんよ?」

「んー、取られたくないし、大平原だったら通るから一緒にマッピングできるところはしておくだけだよぉ」

「一緒にマッピングなんて、単語はアリーゼさん以外から聞いたことがないですけどね」


 苦笑しながら手続きをしようとしてくれるトミーは、すっかりいつもの調子に見えた。

 と、その手が止まり、エルダへ視線を向ける。

 エルダもそれに気づき、少しな顔が険しくなった。


「エルダさんも連れて行かれるんですよね?」

「ギルド長からも頼まれてるし」

「一時的に保護することも可能かと」


 依頼の優先順位からすれば、エルダの保護、ドイルとロビンの依頼、師匠からのマッピング依頼という順番だろう。

 エルダの保護が最優先であり、それ以外は問題になるようなものでもない。

 あたしの依頼履歴に〝失敗〟が増えるだけだ。

 片眉を上げたエルダがトミーに向かい、口を開いた。


「……それは、私は足手まといということかしら」

「ドイルさんとロビンさんは、この頃波に乗る冒険者ですが……素行が悪いんです」

「失敗したら、ただじゃ済まないってこと?」


 二人の間で視線が火花を散らしていた。

 あたしが口を挟む間もなく、エルダとトミーのやり取りが続いていく。


「ギルドはアリーゼさんの実力を知っています。こんな風に受けた依頼でその評価は揺るぎません」


 嬉しい言葉に、あたしは肩を竦めた。


「負けても良いんだけどねぇ……冒険者は舐められると仕事しにくいんだよね」


 難点があるとすれば、それだけ。

 舐められると仕事がしにくい。それが冒険者という仕事だろう。

 あたしの言葉にエルダが唇を尖らせて気炎を吐いた。


「なら、なんでさっきは言い返さなかったのよ!」


 あたしはもう一度肩を竦めて、首を傾げてみせる。


「受けなきゃ、失敗することはないから」

「できるできないの見極めは大切ですからね」


 それだけ。

 しなくていい仕事をする必要はないし、馬鹿にする連中は他の仕事で思い知らせればいい。

 わざわざ危ない橋を渡る必要性を感じなかった。さっきまでは。


「トミー、保護の話、ありがとう。でも、エルダも今回の依頼には連れて行くよ」


 あたしは両手を握りしめて悔しそうにしているエルダの肩をポンポンと叩いた。

 自分のために怒ってくれた人を蔑ろにするのは、少し気が引ける。

 何より今回の依頼はエルダの力がいる気がしていた。


「承知しました。両方受諾ということですね?」

「うん、そう処理しておいて」


 くいとメガネを上げて、トミーに確認される。あたしは大きく頷いて、タグを差し出した。

 配達と違い、マッピングと採集はこのタグに依頼を受けたかが認証される。

 マッピングとファイアードランクの依頼がタグに入ったのを確認して、あたしはタグを懐にしまった。


「アリーゼ」

「大丈夫。作戦会議しよう!」


 不安そうにあたしの名前を呼ぶエルダに笑いかける。

 こうやって、あたしはギルドに来るときは思いもしなかった依頼を2つ抱えることになった。


 ギルドを出て、すぐ。

 人気がなくなってきた通りで、エルダに服の裾を引かれた。

 わずかな力だったが、振り向くには十分で。

 後ろを向けば肩を落としたエルダが俯いていた。


「ごめんなさい。私のせいで……無理な依頼をすることになって」


 やっぱり。エルダの態度にあたしはそう思った。

 彼女は大勢の前で一度口に出したことを、すぐに撤回するとか謝るとかが苦手。もしくはできない人間なのだ。

 何となくの予感が当たって、あたしはエルダの手を取って歩き始める。


「うーん、ちょっと大変だけど、あたしのために怒ってくれたんでしょ?」


 止まって話すには少し照れくさい。

 エルダは心細げに付いてきてくれた。


「あなたのために、なったのか……わからないけどね」

「なら、しょうがないよ。あたしは放っておくけど、エルダの立場だと放っておけないこともあるし?」


 途切れ途切れな言葉は、さっきまで怒りに燃えていた人にも、トミーと張り合っていた人にも見えない。

 自分の仕出かしたことを素直に申し訳なく思っている少女の姿があっただけだ。

 あたしには王族なんてものは分からない。

 自由に好きな場所に行けることを何より楽しんでいるあたしには、一番遠い場所。


「ええ。でも、失敗できないことも多いわ」

「やる前から失敗かなんて、分からないよ」


 その声はもう依頼が失敗すると思っているトーンだった。

 少し気に入らない。

 あたしは面倒だから受けたくなかっただけで、受けたなら失敗させる気はない。

 エルダの手を引っ張る。


「まぁまぁ。配達人の特技を見せてあげましょう」


 あたしは怪訝そうな顔をするエルダに、にっと笑いかけた。

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