第7話 魔道ショップのジェニファー
ヴァルクランドをエルダと歩いていてわかったこと。
彼女はとにかく人目を引く。
赤い髪の毛に赤い瞳という珍しい色彩な上に、身につけているものが、見るからに上流階級のもの。
ただ歩いているだけなのに、あまりにもナンパに引っかかるので、あたしは魔道ショップより先に服屋に入ることにした。
「ありがとう、服まで買ってもらって」
「また絡まれると面倒だしね」
エルダの言葉にあたしは首を横に振りながら答える。
せめて変えられる所だけでも、と冒険者が良く使う服装を購入した。
よく町で見かける服装も試着したのだが……なんというか、浮いていた。
「ルーンフェルに行ったら、必ず払うから」
「安い服だし気にしないで」
出費は嵩むが、まぁ、苦しくなるほどではない。
あたしは申し訳なさそうなエルダに笑顔を向ける。
配達人として働いて、暇なときはダンジョンに潜ってマッピング。
そんな生活をしているからお金が溜まるばかりなのだ。
「それより、ダルの価値知ってたんだね」
「通貨の取り扱いと変換は、国に関わることだもの」
小さく胸を張る姿が可愛らしい。
お貴族様は知らないと思っていたら、そういう事情らしい。
ダンジョン通貨と呼ばれているそれは、ルーンフェルだとあまり流通していない。
だが、ヴァルクランドやソルフィヨルドのようなダンジョンとの繋がりが深い国ではよく使われていて、単位はダル。
冒険者のお給料もこれで支払われる。
「っと、ここだよ」
ちょっと外に出るだけで色々なものが知れるものだ。
あたしは建物の間に挟みこまれたように存在する扉の前で足を止めた。
相変わらずの目立たなさ。
「〝ジェニファー魔道ショップ〟?」
「店主の名前なんだけど、まぁ……会ったほうが早いかな」
エルダが木でできた看板を読み上げる。
ツタが絡まるそれは重厚感に溢れていて、魔法の道具を扱う雰囲気を醸し出している。
実際扱う道具も質の良いものが多いし、修理の腕も良い。
だけど、なんというか、店主が少し独特なのだ。
「こんにちはー」
木の扉を引いて中に入る。キィと甲高い音が響く。
ただの古ぼけた扉に見えて、色々仕掛けがあるらしい。
薄暗い店内は両側にも棚があり、可愛らしいアクセサリーや小瓶などが置いてあった。
興味深そうに周りを見回すエルダを先導するように先に進む。
「はぁい」
「ちょ、ジェニファーさん! 前、止めてください」
「あら、油断」
少し開けた場所に出た。
と、カウンターの更に奥から前を開けさせたローブ姿のジェニファーさんが緩い返事とともに出てくる。彼女の豊満な肉体が惜しげもなく披露されそうになっている。
やっぱり。
あたしは苦笑するしかない。エルダにくいくいと袖を引かれた。
「ちょ、ちょっと、大丈夫なの? あの人?」
「大丈夫。いつもああだから。腕はピカイチなんだけどね」
「いつもああって……少しも安心できないけど?」
「あははー」
片眉を吊り上げたエルダに笑って誤魔化す。
エルダのような階級の人からすれば、破廉恥の一言だろう。
だけど、まぁ、慣れた。
ジェニファーさんはローブを直し、肩のストールをかけ直すとゆったりと微笑んだ。
「ごめんなさいねぇ。誰が来るかは分かってるから安心してね?」
「男の人も多いんですから、気をつけてください」
「ありがとう、アリーゼちゃん」
そう、ジェニファーさんはあたしが来るときはいつも気が抜けた姿なのだ。
他のお客さんがいるときに入ったときはないけれど、ギルドでたまに会うとしっかりした格好をしている。
色気に溢れた笑顔を見せたかと思うと、エルダにちらりと視線を飛ばした。
「で、そちらの貴族さまはどういったご要件で?」
「え?」
「わ、私は……」
目を瞬かせてしまう。ジェニファーさんは笑っているだけ。視線だけは値踏みするように鋭いのだけれど。
エルダの素性について、あたしは全く触れていないのに、エルダが貴族だと言い当てた。
瞳を泳がせるエルダの前に立つ。
(ジェニファーさんが関係するとは思えないけれど)
一応、保護するよう言われた身だ。
面倒事がもう一つ増えた。エルダを保護するなら、今まで普通に付き合ってきた人たちにも疑いの目を向けないといけないということだ。
エルダを背中に隠すような体勢になりながら、あたひはジェニファーさんを見上げた。
「エルダです。あたしの仕事関係で……なんで、貴族だと?」
「あらー、簡単よぉ?」
頬に手を当てながら、ジェニファーさんがエルダの胸元を指さす。
つられるようにあたしもエルダを見た。
「その胸から下げている護符。ルーンフェルの魔法でしょ?」
「そんなの……って」
エルダは何も知らないというように頭を横に振った。
つけてない。
そう言おうとした口が途中で止まる。
ごそごそと買ったばかりの服の下から何かを取り出した。
白いエルダの手のひらの中でコロンとした丸い卵のような形のそれ。
「まさか、これ?」
「ペンダント?」
「あらあら、これはまた」
卵型の外見に、細やかな金属装飾がなされている。
細い金属を加工する技術は見事の一言で、そういったものに詳しくないあたしでも高そうだなと思った。
ジェニファーさんはエルダの差し出したそれを軽く一瞥すると、頬に手を当てた状態で首を傾ける。
「それ、見える場所に付けないほうがいいわよぉ」
ジェニファーさんのアーモンド形の瞳がすっと細くなり月のようになる。
あたしには見えない何かがそこにはあるようだ。
エルダ自身もよくわかっていないようで、困ったように眉を下げていた。
「そうなんですか?」
「確かにこれはお母様から貰ったものだけど」
ぎゅっと手のひらにそれを握りこむ。
ルーンフェルの護符。聞いたことはあるけど実際目にするのは初めてだった。
「ルーンフェルの護符は外には流出しないし、ましてやそんな強い力じゃねぇ」
鮮やかな赤色の塗られた爪の先がエルダのペンダントを指さす。
あたしにはさっぱり分からない。
だけど、ジェニファーさんは服の上からでもわかる。
ということは、他にもわかる人がいてもおかしくないってことだ。
「ねぇねぇ、ジェニファーさん以外にも、これが特別なものってすぐわかるの?」
「うーん……見るだけでわかるには技術がいるし、そんなに多くないと思うわ」
その言葉に少しほっとする。
良かった。これで「魔道具に関わる人間だったら、すぐわかる」なんて言われたら、隠ぺいの方法を考えなければならなかった。
見るだけでわかるルーンフェルの護符を隠す〝何か〟
そんなものまで探さないといけなくなったら、さすがに泣きたくなる。
「よく見せてくれる?」
ジェニファーさんが手を伸ばす。
エルダが一歩引く。
その姿が、犬におびえる子供の様で可愛らしい。
「大丈夫だよ」
「う、わかったわ」
エルダの隣に立って、一緒にジェニファーさんに近づく。
この間もずっと甘い笑顔を浮かべたままなのがすごい。
ジェニファーさんの笑顔以外をあまり見たことがないのだけれど。
「へぇ、これは……どんな事情か知らないけれど、お姫様を預かるなんて大変ね。アリーゼちゃん」
「……そこまでわかるの?」
もう呆れたような声しか出ない。
ジェニファーさんはエルダの手からそっとペンダントを受け取ると、慎重に回しながら眺めた。
いつの間にか白い手袋までしているところに本気度を感じる。
頭が痛い。
どうやらエルダは、見る人が見れば身分までわかるものを身につけさせられているらしい。
「思いっきり家紋入りよ、これ。大切にされてるわねぇ」
ジェニファーさんに指をさされた場所を見る。
細い金細工が絡まったその下に、うっすらとうっすらと刻印してある。
杖と剣と、王冠のような何か。
言われてやっとわかる程度だ。
これが思いっきり扱いなら、魔道具は本当に慎重に扱わないといけないものなのだろう。
「そう、だからこそ、私は帰らないと……!」
ジェニファーさんの言葉に、エルダは何か思いつめたように拳を握る。
よほど帰りたいのだろう。だけど、彼女を返すわけにはいかないのだ。
彼女が帰りたいと願っている王家の事情で。
「んー……そのへんの事情は分からないけどぉ」
ジェニファーさんはエルダにペンダントを返す。
それから、顔にかかっていた髪の毛を指で耳にかける。
髪の毛の下から綺麗な琥珀の瞳があたしを貫く。
嫌な予感が体を走った。
ジェニファーさんが「んふ」と口端に笑顔を載せる。
「お家のセキュリティは固めることをオススメするわ」
「そんなハートマーク付きそうな声で怖いことを」
「あら、親心よ」
苦笑するあたしにジェニファーさんは楽しそうに笑うだけ。
いやいや、家のセキュリティを強くするなんて、攻め込まれる前提としか思えない。
エルダの持っているものはそれだけ危険ということだ。
「どうする?」
「……買います」
にっこりと笑いかけられて、あたしにそれ以外の選択肢があったのだろうか。
エルダが申し訳なさそうにする隣で、あたしは魂が抜けたように天井を仰いだ。
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