お姫様との日常
第6話 爆発から始まる日常
ダンジョン配達人の朝は早い。
だから、朝を苦手と思ったことはない。
基本的に午前中に依頼を受けて、そのあといかに早く配達を開始できるかが勝負だからだ。
だけれども、さすがに爆発音で起こされるのは勘弁して欲しい。
「な、何っ!」
ドンと何かが爆発する音で、あたしは布団を跳ね除けた。
すぐにどこか焦げ臭いような匂いがしてくる。窓から差し込む爽やかな朝の光とは正反対の最悪の目覚めだろう。
動かない頭にどうにかエンジンを入れつつ、あたしは焦げ臭さ漂う一階に下りた。
「エルダ?」
「あら、おはよう。アリーゼ」
見慣れた台所は様変わりしていた。
一人暮らしの台所なんて小さなものだ。二人並べば狭さを感じてしまう。
その狭い台所の中にエルダは朝日と同じように眩しい笑顔を放っていた。
後ろで黒い煙を上げる何かが幻に思えてくる光景だ。
(面倒を見ろって、無理じゃないかな?!)
ギルド長から聞かされた事情は簡潔明瞭。
ルーンフェルの王家からエルダの保護依頼が来ている。
大々的に保護すると目をつけられる可能性があるので、迷子になったついでに行方不明ということにする。
『逃げるスピードでお主に敵う者はいるまい?』
そんな言葉でお姫様を押し付けられたあたしは、まだ慣れない生活に四苦八苦していた。
なんというか距離感を掴みかねている。
エルダはさすがお姫様なだけあって、庶民的な常識が抜けている場面が多かった。
「おはよう……爆発で起こされるのは勘弁したいなぁ」
反射的に挨拶を返してから、エルダを横にどかす。
黒い煙をあげている物の正体を確認するためだ。
煙に包まれている上に黒焦げに近かったが、それの正体はすぐにわかった。
「これ、触ってたら爆発してしまって」
エルダの白い指先がちょんちょんと黒焦げの物体をつつく。
四角い箱。扉。その脇にはダイヤル。
爆発で開きっぱなしになった中からはまだ黙々と煙が出ていた。
「この間、買ったばっかの魔道レンジ!」
「魔道具って、扱いが難しいのね」
置いてある場所から、そうかもしれないとは思っていた。
ずっと欲しかった魔道具の一つ、魔道レンジ。
やっと買ってこれから使い倒そうと思っていたのに、それはまた夢になってしまった。
こみ上げそうになる涙を天井を見ることで押し止める。
壊した本人がキョトンとしているのが、怒りきれないところだ。
「エルダは普通の人より魔力が大きいからだからっ。普通は壊れません」
そう、エルダは魔道具との相性が壊滅的に悪かった。
元々持っている魔力が大きいのか、コントロール下手なのか。
触っただけで壊してしまうこと、もはや数回。
このままではあたしの快適な生活が破壊されてしまう。
「そうなの? ルーンフェルには魔道具ってあまりないのよ」
「お姫様が使うような道具じゃないもの」
ルーンフェルは元々最新の魔道具には懐疑的な国だ。
輸入も少なく、昔ながらの生活魔術を使いこなす人が多い。
ある意味器用で、ある意味排他的とも言える国。
そこの王族なんてしてたら、魔道具を気軽に触るのは難しいだろう。
「お姫様扱いは止めて。私はただのエルダよ」
「ただの人だから、怒ってるんでしょ……ああ、あたしの最新魔具が」
「ごめんなさい。買い直しましょうか?」
あたしからのお姫様扱いにムッとして、あたしが落ち込んで見せれば素直に謝ってくる。
エルダは素直すぎて、人を振り回すタイプだった。
ただすぐに買い直すと言ってくるのは頂けない。
せめてここで生活する間くらい、庶民的な生活をしてもらわないと。
あたしは小さく長く息を吐いた。
「一回、直せないか聞いてみるよ」
「直せるの?」
「魔道具ショップがあるから。これもそこで買ったし」
ぽんと黒焦げの箱を叩く。
普通なら運ぶのも面倒くさいのだろうが、あたしにとっては慣れたもの。
ついでにエルダにヴァルクランドについて教えておくのも良いだろう。
「一緒に行こっか」
置いていくのは怖い。速さだけで言えば、あたし一人で行ったほうが早いのだけれど。
あたしの一言に、エルダは花が咲いたように笑った。
「ええ! 是非!」
結局、この笑顔に弱くて、保護を押し切られたようなもの。
まさか、こんな弱点が自分にあるとは初めて知った。
あたしは煙を吐く魔道レンジの扉を閉め、出かける準備にとりかかった。
「ヴァルクランドって、ほんと色々なお店があるわよね」
「冒険者たちが作り上げた場所だから、普通じゃないお店も多いしね」
エルダは周りをキョロキョロと見ながら歩く。くるくると動く瞳は好奇心に満ち溢れていた。
ヴァルクランドはダンジョンを中心に発展した場所だ。
そのため、冒険に必要なものーー武器や防具、道具、薬屋などが豊富にある。
冒険者が増えれば人が増えるということで、一般の商店も多種多様なものが多くあった。
「エルダはあんまり街に出ないほう?」
だけれど、ある程度、生活に必要なお店など決まっている。
お姫様とはいえ、留学していたのだろうし、あたしの疑問にエルダは顎に手を当てると首を傾げた。
「ルーンフェルは魔法、特に古代魔法に拘ってるから、魔道具とか新しい道具のお店はなかったわね」
ああ、それはそうかも。
ルーンフェルは魔法自体を尊ぶから、魔道具という魔法が使えない人間でも使える道具はあまり発展していない。
どっちも便利なら使えばいいのに。国柄というのは不思議なものだ。
「ヤーパンは? あそこは技術大好きだから、いっぱいあったでしょ」
「ヤーパンは専門店街がありすぎて、行かない限り目にしなかったわ」
「あー、確かに、そうかもね」
思い出そうとしているのかエルダの眉間にシワが寄る。言われた言葉にあたしも大きく頷く。
ルーンフェルとヤーパンは対称的な国だ。
魔法だけが尊ばれるルーンフェルと、技術そのものを尊ぶヤーパン。
変態の国と影で言われるほど、ヤーパンには様々な技術を極めようとする人間が集まる。
そのため、専門店街が国のそこかしこにあり、関係ない住民の生活圏とは被らないのだ。
「アリーゼはヤーパンにも行ったことがあるの?」
「あたしはダンジョン配達人だもの。ダンジョンが繋がっている国はほとんど行ったよ」
「すごいわ。私はヤーパンとルーンフェルだけ」
キラキラと目を光らせるエルダに苦笑する。
仕事で多いだけだから、そんなに感心されても困ってしまう。
あたしは小さく肩をすくめた。
「貴族ならしょうがないんじゃない?」
「どこがお気に入りなの?」
「うーん、難しいなぁ。あたしが一番ワクワクするのはダンジョンの中だから」
だからこそ、ヴァルクランドに住んでいる。
少しずつ絶えず変わっていくダンジョン。その内部に入っている時間があたしには一番楽しかった。
師匠も暇があればダンジョンに潜っているような人間だったから、似たのかもしれない。
「……ダンジョン配達人って珍しいわよね」
エルダの瞳が不思議そうに丸くなる。
「配達人だけって人はあんまりいないかもね」
「なんで配達人に? 冒険者でも良かったんじゃない?」
痛いところを。あたしは苦笑する。
配達人は冒険者の種類の一つだと思われているが、どちらかといえば副業に近い。
ダンジョンに潜ってモンスターを退治する〝ついで〟に届ける。ダンジョンで採取する〝ついで〟に届ける。
そういう冒険者がほとんどだ。
あたしのように配達のみ、そして、配達に使う地図を作ることだけで生計を立てている人間はほぼいない。
「んー、モンスターを倒すのが苦手で」
あたしは頬を掻きながら答える。エルダが目を丸くした。
「冒険者なのに?」
「そ、冒険者なのに」
血が、苦手だった。
極めつけは最初の頃にやったウォルフ退治。これは狼みたいな形をしたダンジョンモンスターなんだけどーー可愛い。すっごく可愛い。
もふもふ好きで、契約獣が欲しいあたしには、倒すことが苦痛でしかなかった。
それから潔く、倒すことはせず、避けるか、餌をまいて気を取られている間に逃げるか。
おかげでモンスターに警戒されることは減った。
「不思議な人ね、あなたって」
「そうかな?」
人によっては情けないと一刀両断してくる話を、エルダはふわりと笑って受け止めてくれた。
それが心地よくて、胸の奥がほんのりと暖かくなる。
この時間が長く続くように、街の紹介をしながら、あたしたちは歩いていった。
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