第5話 エルダの正体


 エルダを背負って、ひとっ走り。

 近道も使ったし、彼女一人くらいならば軽いものだ。

 ヴァルクランドのダンジョン出口を出たあたしを、昨日とは違う兵士さんが苦笑いで迎えてくれた。


「ほい、到着」

「う〜……まだ目が回るわ」


 ヴァルクランドの町中に入ってからは、さすがにゆっくりと歩いた。

 エルダはソルフィヨルドを出る時から、歩ける状態にはなっていた。遅いから背負って走っただけ。

 どことなくフラフラした足取りのエルダの隣を歩く。たまに肩がぶつかった。


「エルダはだらしないなぁ」

「絶対、あなたの移動方法が異常なのよ!」


 そんなことを言われても、あたしにとってはあれが普通だ。

 跳んだり、駆けたりしても、視界がぶれることはない。

 はっきりと見えるから、走っても怖くはないし、酔うこともない。

 体質といえば、ただそれだけ。


「ほら、ここがヴァルクランドのギルドだよ」

「懐かしいわね」

「来たことあるの?」


 ゆっくりと歩いて、昨日ぶりの建物を見上げる。隣のエルダも同じようにしていた。

 目をわずかに細める姿に、あたしは首を傾げる。


「あのね、ダンジョン冒険者は必ずヴァルクランドで冒険者登録が必要なのよ?」


 呆れたような視線が飛んでくる。冒険者登録はダンジョンに潜る前に必ず行うものだ。

 これによりタグが発行されて冒険者として活動できるようになる。


「他の国にもギルドあるのに?」

「他の国で出す冒険者タグは仮で、ヴァルクランドで本登録しないと使えないの」

「なる、ほど?」


 どうやら結構面倒くさいことを他国の人はしているらしい。

 あたしは何も考えずヴァルクランドで登録したから、仮登録も何もなかった。

 最初から本登録だ。


「ヴァルクランドはダンジョンで稼いでる国だから。タグもヴァルクランド製よ」

「よく知ってるね」

「勉強したもの」


 ヴァルクランドがダンジョンで生計を立てているのは知っていた。

 だけど、まさかそこまで統制してるとは。

 エルダは得意そうに胸を張っていたが、あたしに視線をむけると小さく笑う。


「あなた、ここ出身なのね」

「どうして?」

「仮登録を知らないなら、ヴァルクランドで登録した以外ありえないじゃない」

「あ、そっか」


 ヴァルクランド以外では仮登録が常識なら、それを知らないあたしはヴァルクランド出身以外ありえない。

 エルダの楽しそうな含み笑いに、あたしは苦笑した。

 と、冒険者の集団から声をかけられる。


「あ、アリーゼさん!」

「ディーナ、今帰り?」

「はい。採取を終えたので納品です」


 昨日ダンジョンのセーブポイントで会ったディーナたちだった。

 あのままダンジョンに滞在して今が帰りらしい。

 人数も大きく変わらず、全員ほくほくした顔をしているから、目的は達成できたのだろう。


「そかそか。あたしも同じ」

「相変わらず、早いですね」

「迅速、丁寧に!が基本だから」


 ディーナに何度か伝えた配達人のモットーを伝える。

 完璧に師匠からの受け売りだけれど。

 これを心がけてあたしはダンジョンを走り回っているのだ。

 ディーナたちが先に扉に吸い込まれていくのを見送る。

 見知らぬ人がいるとエルダはとても静かになるのだ。


「じゃ、行こう?」

「ええ」


 エルダが頷いたのを確認してから、受付に向かう。

 昨日と同じはずなのにあたしの手にも汗が滲んでいた。


 ヴァルクランドのギルド長室は、昨日出た時とそう変わっていなかった。

 昨日、今日で変わるわけもないのだけれど。

 部屋に通されたあたしとエルダを愛想笑いを浮かべたギルド長が迎えてくれる。


「おお、期日通りの納品感謝するぞ」

「仕事てすから。それより」

「ああ、ソルフィヨルドから電信が来ておる」


 にこやかだったギルド長の表情が一変する。

 電信。エルダについては、それだけ急を要する情報だということだ。

 今さらながら、とんでもない拾いものをしてしまったようで。

 あたしは内心の苦笑を隠しながら、ふたりを見つめた。


「エルダと呼んでも?」

「構わないわ。口調も通常の冒険者に対するもので」


 口火を切ったのはギルド長だった。

 エルダは人の背中で喚いていた時と違い、顎を引き真っ直ぐ対峙した。

 空気が緊迫していく。


「ルーンフェルに向かっていると聞いたが」

「その通りよ」


 ギルド長の視線がエルダの足元から頭の上まで何度か往復する。

 その時間の間にエルダの機嫌がみるみる内に右肩下がりになってく。

 視線と視線がぶつかる。あたしは交互に二人の顔を見ているしかできなかった。


「かの国は今、ちと不安定な状態。女ひとりが帰ったところで、何もできやしない」

「それでも私は帰らなければならないの!」


 ギルド長の口から出る言葉が重々しく響く。

 それはエルダに向かって釘を差していた。

 だがヤーパンからルーンフェルに向かっていたのに、ソルフィヨルド近くで倒れていたエルダも引けるわけがなかった。


「私の……エルドリット・フィン・ヴァン・ブランドウィグの名に賭けて」

「ブランドウィグ……?」

「やれやれ。ここで名乗る意味もわからん王女様では、あの宰相にやり込まれるだけだと言うに」


 ギルド長が両手のひらを天井に向けて、首を横に何度かスイングした。

 エルドリット・フィン・ヴァン・ブランドウィグ。

 エルドリットが名前。フィンはセカンドネームだろうか。

 そして、問題となるのは、貴族しか使わない〝ヴァン〟と思わず呟いてしまった〝ブランドウィグ〟。

 ルーンフェルの王族の家名だ。


「な、レイフルを知っているの?!」

「ダンジョンギルドは世界各国にあるからのぉ」


 ギルド長に詰め寄るエルダ。

 そんなエルダをひらりと身軽に交わして笑うギルド長。

 二人で盛り上がっているところに水を差すようで申し訳ないが、あたしは呼びかけた。


「あのー……」

「ん、どうした、アリーゼ?」


 小さく挙げていた手を下ろす。

 ギルド長とエルダの視線が集まる。圧力に押されたように体をわずかに引く。

 人目を集めることは苦手だ。


「ルーンフェルに行くなら送りますけど」

「ほんと?!」

「事はそう簡単じゃなくてのぉ」


 ルーンフェルに送るだけなら、3日も貰えれば十分だ。

 普通の道を使えば一週間ほど。

 エルダの足で歩いてもらうにしても、近道を知っているあたしには3日で十分だ。

 目を輝かせるエルダと渋い顔をするギルド長。対称的な反応だ。

 ギルド長の言葉にあたしは首を傾げた。


「じゃ、ヤーパンへ?」

「戻らないわよ!」


 あたしの言葉にエルダは唇を噛む。強く噛まれた唇の色が抜けて痛々しい。

 だが、言葉には絶対意思を曲げない強さがあった。

 あたしにはわからない強い意志。赤い瞳が燃えるように輝いている。

 どうやら、そういうのにあたしは弱いらしい。


「残念ながら、お主はヤーパンにもルーンフェルにも戻れないんじゃ」

「へ?」


 エルダが目をパチパチと瞬かせた。

 ヤーパンに帰れと言われると思っていたに違いない。


「王女様は行方不明が都合が良いようじゃぞ?」


 そう言って笑う少女姿のギルド長に、あたしとエルダは顔を見合わせた。

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