第4話 交易の国 ソルフィヨルド


 ソルフィヨルド共和国は貿易で稼いでいる海運の国だ。

 その周囲は切り立った崖のようになっており、大きな港として使えるのは1箇所だけ。

 ダンジョンを使わなければ入国するのも難しい国だ。

 だからなのか、ソルフィヨルドが近くなると潮の香りがするような気があたしにはしていた。


「ちょっ、ちょっ、ちょっと、これ、大丈夫な道ー?!」

「いつも使ってるから」


 倒れていたわりに元気に叫ぶエルダにのんびりと答える。

 今走っている場所は人ひとりがやっと通れるような細い道だ。

 少しでも右にずれたら落ちるような幅だけど、走り慣れているとここが一番近い。


「私は知らないわよ!」

「あれー、おかしいなぁ」


 マッピングして、きちんと最短の近道として登録したはず。

 のんびりと首を傾げたら、胸の前で組まれている手で軽く叩かれた。

 足腰が立たない割に元気なことだ。良かった、良かったと頷く。

 と、目の前の道が急に消えている。


「あ、ちょっと浮くから」

「え、って、崖ー!」


 どうやら、また変わっていたらしい。

 崖の端を思い切り蹴って、ジャンプする。

 3メートルもないくらいで助かった。

 ギュッとエルダの手の力が強くなるのを感じながら着地。

 地図を書き直す必要がありそうだ。


「死ぬかと思ったわ」

「もう着いたから」


 そこからはひたすら走るだけ。

 幅の広い安全な道もあるけれど、あれはかなり遠回りで人も多い。

 エルダの文句を背中でしばらく聞いていたら、ソルフィヨルドへの出口が見えてきた。


「いや、あり得ない」


 ダンジョンの出口を示す光にエルダが口をあんぐりと開けた。

 ダンジョンの不思議のひとつ。

 出口は外が夜だろうと雨だろうと常に光っている。

 ダンジョンの中はダンジョン独自の時間で、明るくなったり暗くなったり、下手したら点滅してたり。

 そんなだから、同じ時間だろうと思って外に出ると騙され気持ちになる。


「人ひとり背負って、この速度って……」

「んー、あたし、体力だけはあるから」

「ぜったい、そういうレベルじゃないわ!」


 さっきまで呆然としてたのに、今度は怒ってる。上流階級のわりに素直な女の子だ。

 腕時計を確認すれば予定より遅れていたけれど、期日には間に合うくらいだ。

 さすがに走るのを辞めて、ゆっくりと歩く。

 その分、背中からの声は増した。


「魔法は?」

「えー、みんな使ってるのだけだよー?」


 身体能力向上だけ。

 エルダの鋭い声に、彼女を背負い直しながら答えた。

 時間が深夜に近いからか、あたしたち以外の冒険者はいないようだ。

 ダンジョンで人を背負っていると、心配した人たちに囲まれたりするから、急いでる今助かる。


「早く完了させてくるから。お仕事中は静かにしててね」

「わかってるわよ、大人しくギルドで保護されてるわよ」


 まるで子供に言い聞かせるようにエルダに伝える。

 保護された冒険者は、ギルドで冒険者タグを確認される。

 その後は自由だけど動けない場合は動けるまでギルドが面倒を見てくれる。

 冷や汗が出るほどの料金があとで請求されるらしいが、命優先だろう。


「ほら、出るよ」


 大体の流れをエルダに説明していたら、出口の前に来ていた。

 縁から光が溢れ、揺らめきながら色を帰る。

 目を引くそれにエルダがこくんと頷いたのを見て、あたしは足を進めた。


「ここが、ソルフィヨルド」

「綺麗な場所だよねー」


 まず感じたのは匂い。

 その次に水平線から少しずつ顔を出す太陽の光。

 ダンジョンの出口が高台にあるおかげで、そのわずかな光でもソルフィヨルドを一望することができた。


 交易国家ソルフィヨルド共和国。

 中心に城が建てられ、そこから渦を描くように城壁が広がる。

 城壁の合間に家や店があるんだけど、とても入り組んでいて下手に中を進みたくない。

 だが、空へ手を伸ばすような尖塔を含めたお城はとても優雅で、見るだけならイチオシの国だった。


「こんにちは! ソルフィヨルドのギルドに配達です」

「ご苦労さまです。お名前をどうぞ」

「アリーゼ・ウィンドリダーです」


 ギルドは夜でも空いている。

 受付には見知った眼鏡のお姉さんーーフィルゼさん。

 エルダを背負って入店しても、ピクリとも表情を変えなかった。

 さすが氷の受付嬢なんて言われる人は違う。


「……了承しました。奥で承ります」


 名前を名乗っただけなのに、わずかに沈黙があった気がした。

 首を傾げようとして後ろのエルダのことを思い出す。

 そっと隣に降ろせば、やっと立つことができるようになっていたが、足は震えている。


「あと、彼女をダンジョンで保護しました。手続きをお願いします」

「承知しました。では、こちらへ」

「よろしくお願いします」


 フィルゼさんに頭を下げる。エルダはギルドの受付に手をついて、担当の人と話している。

 あたしはそれを横目で見ながら、奥の部屋へ歩いていった。


「アリーゼさん、ヴァルクランドを出たのは今日とお聞きしましたが?」

「いや、遅くなってすみません」

「まったく遅くなってません。期日は明日までです」


 ギルド長室でまっていてくれたのは、線の細い眼鏡をかけた男の人。

 ソルフィヨルドのギルド長、ライオネルさんだ。

 冒険者というより官僚と言われた方がしっくりくる線の細さに長髪。

 深夜なのに眠気を感じさせない視線の鋭さに、あたしは肩をすくめた。


「え、明日までヴァルクランドに戻らなきゃいけませんよね?」

「そうできたら最高ですけど、普通なら明日まででもギリギリなんですよ。無理はいけません」

「してませんよー。今回は冒険者の保護もしましたし」


 もちろん、エルダのことだ。

 ライオネルさんは仕事も早くて丁寧なんだけど、小言が多いのが玉に瑕。

 エルダの話題にライオネルさんの眼鏡が光った気がした。


「ああ、彼女ですか」

「お知り合いで?」

「ギルド長レベルになれば、知ってて当然ですよ」


 はぁとため息をつきながら、木の椅子にもたれ掛かる。

 知ってて当然、となれば、よほど上流階級の人間だろう。

 最低でも伯爵以上。下手すれば王族か。


「やっぱり、貴族関係ですか」

「ルーンフェルは今、面倒が起きていまして。ソルフィヨルドで保護することはできません」

「えぇ〜! なんとかしてくださいよ」


 あっさり、ばっさりと切り捨てられた。

 ソルフィヨルドは交易で国を成り立たせているので、様々な国と中立、もしくは友好的な関係を気づいている。

 つまり、エルダを保護すると交易に関係するほどの面倒が起きるということだ。

 ライオネルさんはうっすらと、大人が物事を誤魔化す時によくする笑顔を浮かべた。


「私は何も見ておりません。さっさとヤーパンに戻すのをオススメします」

「仕事でヴァルクランドに戻る間くらいいいじゃないですか」

「だ、め、で、す」


 せめてヴァルクランドに戻る間だけでも、ソルフィヨルドで保護してくれれば、あたしは安心して戻れる。

 仕事が終われば、ヤーパンに送っていくのだってできる。

 頬を膨らませても、ライオネルさんの態度は変わらなかった。


「わっかりました。じゃ、ヴァルクランドに連れ帰ってから、ヤーパンに行きますよ」

「それが最善でしょう」


 にっこりとした笑顔を返される。

 頑固、石頭と愚痴が頭の中を回るが、表面では配達人らしく笑顔をつくれていたはずり

 さっさと仕事を済ませてしまおう。

 あたしは国書を手渡すと書類を差し出した。


「じゃ、受取印を」

「はい」


 ライオネルさんが受領書にサインをすれば、紋様が浮かび上がり、あたしの左腕にある紋様に重なった。

 一瞬の光のあと、完了模様と呼ばれる印が現れる。

 あとはこれを依頼主に見せて、手続きをすれば、依頼完了。

 ギルドからお金が支払われる。


「ありがとうございます」

「あなたに言う必要はあまり感じませんが、お気をつけて」

「酷いなぁ、心配してくださいよ! か弱い配達人なんですから」

「見た目だけでしょ?」


 完了模様を確かめたあたしを、ライオネルさんは笑顔で押し出そうとしてくる。

 ソルフィヨルドにとって、今、エルダはとても面倒な存在のようだ。

 仕事が終わればここに用はないのは、あたしも一緒。

 扉を出ようとしたあたしの背中に声が飛んできた。


「まぁ、道中お気をつけて」

「はい、急いで帰ります」


 面倒なことになったなぁと思いつつ、それでも彼女を置いていく気にはなれなかった。

 あたしは受付にいるはずのエルダの元に向かう。

 とりあえず、また背負って帰るのかなぁと苦笑をこぼすしかなかった。

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