第2話 ダンジョン配達人のお仕事

 ギルド長から依頼を託され、部屋を飛び出した。

 その勢いのままさっき潜ったばかりの扉に向かう。

 テーブルが並ぶ脇を通り抜けようとしたところで声をかけられた。


「お、配達?」

「そうー! 急ぎだから、またねー!」

「はいよー」


 ご飯を食べている人たちから声をかけられる。

 配達人は冒険者相手に荷物を届けることもあるから知り合いの数だけ言えば多い。

 背中を押してくれる声には軽く手を上げ、通り過ぎる。


「配達人風情が……」

「お前らもお世話になるだろうが?」

「ボ、ボルドさんっ!?」


 その中の一つに、入ってきたときに文句を言っていた人たちの嫌な視線があった。

 だけど、彼らはスキンヘッドの冒険者にすぐに首根っこを掴まれる。

 ボルドさんはあたしの配達のお得意さまだ。

 にっこり笑い返すと、子供だったら泣き出してしまいそうなボルドさんの笑顔が返ってきた。

 あとでお礼をしなきゃ。

 文句を言っていた人たちのことはボルドさんに任せて、ギルドを出る。


「着いたー」


 数分も走ればダンジョンの入り口に到着した。

 息は切れない。どうやらあたしの身体はとても優秀らしいのだ。

 ヴァルクランド共和国はダンジョンで生計を立てている国だ。

 ダンジョンから取れる資材でお金を得て、そのお金目当てにダンジョン来た冒険者が建てたような国。

 そのすべての始まりである入口は思ったより小さい。


 横は人が三人も並べばいっぱいになる。縦も背の高い男の人は少し頭を下げて入るくらい。

 拡張しようとしたけれど、なぜか元に戻るという不思議仕様。

 入口と比べて入ってすぐの空間はとても大きいから、不思議な力で別の空間に繋げられているとされている。


「急ぎだけど」


 このまま突入したい。だけど、師匠から配達人としてダンジョンに入る前に荷物確認は必須と言われている。

 ダンジョンの小さな入口脇には門番の兵士さんが2人。

 ひとりが通行書を確認して、もうひとりが入口を見張っている。

 よく通るあたしはもはや顔見知りなので、目と目があって軽く頭を下げた。


「水と食料よし。念のためマップ……もあるし、あとは配達物」


 少しだけ体を背けて、荷物を確認する。声出し確認も、師匠から言われて続けていることのひとつ。

 唯一の高級品。衝撃吸収と保護の作用がついた鞄を漁る。

 これに容量拡大をつけられたら……なんて思うこともあるけど、文書の配達だけであれば大きな問題はない。


「よし、行こうかな」


 荷物は持った。

 あとはダンジョン内部を走るだけ。

 小さく息を吐いてから、あたしは門番のお兄さんに通行証を差し出した。


「配達人のアリーゼです。ダンジョンの通行許可をお願いします」

「はいよ。アリーゼなら大丈夫だと思うが、配達のためのダンジョン通行は出入り口が指定されてるからな」

「了解です!」


 通行証の確認、顔の確認といつも通り数秒の作業。

 何度も使っているから、大抵の門番さんとは知り合いだ。

 無精ひげを生やしたお兄さんに敬礼するようにして通行証を受け取る。


「じゃ、気をつけて」

「明日までには帰ってきますから」

「そりゃまた」


 小走りで入口まで進む。

 背中にかけられた言葉に、あたしはそう言って笑った。

 お兄さんが苦笑して肩を竦めるのを見て、あたしはダンジョン内部に足を進めた。


「なんか、荒れてる?」


 一瞬、暗闇に吸い込まれるような感覚が体を包み、次の瞬間にはもうダンジョンだった。

 特に異常もないことを確認してから、あたしはソルフィヨルドの方向に走り出す。

 使い慣れた道のはずだが、少し違和感があった。

 ソルフィヨルドへは冒険者も多く通行するが、あたしが使うのは距離優先の道とも言えない道だ。


(大規模な戦闘はなかったはずだけど)


 どことなくダンジョンが傷んでいる気がする。

 幅の広い道ではなく、少し上にある細い植物の足場を跳ねて進む。

 ツタに覆われた壁面は下から見たら気づかない小道や分岐を隠していた。

 こういうのを見つけて地図に描いていく。

 マップ作りはあたしの趣味みたいなものだった。


「裏道通るし、大丈夫かな」


 あたしは小さな傷のついたツタを撫でる。

 とりあえずはセーブポイントのある中間地点まで走り切った。

 セーブポイントは、大きな四角錐の結晶だ。とんでもなく硬い。

 ダンジョンにいる人間が使うと記録が残る。安全確保やクエストの確認のために使われている。


「アリーゼちゃん!」

「あれ、ディーナじゃん。どうしたの?」


 セーブポイントの置かれている広場の端にいたら、ブンブンとこちらに手を振る人影がいた。

 ブロンドの長い髪の毛が勢いよく揺れている。

 彼女は出稼ぎに来ているらしく、手紙の配達をよく頼まれた。


「探索だよ。アリーゼちゃんこそ、配達?」

「そう、中間記録に来たの」

「そっかぁ」


 にこやかな笑顔は冒険者とは思えない穏やかさだ。

 ぽやっとながされそうになるけれど、こちらも仕事中。

 あたしは通行証を出してセーブポイントを見た。

 ディーナは五人ほどのグループで行動中らしく、ちらちらとそちらから視線が飛んできていた。


「トラブルとか、起きてない?」


 ディーナは採集中心の冒険者だ。戦闘中心ではないが、トラップが作動した可能性もある。

 あたしの問いかけにディーナは頬に指を当て、少し上を見上げた。


「今のところ順調だよ。どうして?」

「なんか、ダンジョンが少し傷ついている気がして」


 ディーナの言葉に苦笑する。

 何とも言えない違和感。理由として話すには弱い。

 ディーナはそれでも真剣な顔で頷いてくれた。


「気づかなかったなぁ……ちょっと注意して見てみるよ」

「いや、気のせいかもしれないし」

「アリーゼちゃんがダンジョンで言うことは大体当たるから!」

「あはは、ありがと」


 ぐっと手を握ってそう言ってくれるディーナに礼を言う。

 配達人の言う事なんて頭から信用しない冒険者もいる中で、ディーナのような人がいるのは嬉しい。

 セーブポイントに通行証を当てて読み込ませる。


「じゃ、行くね」

「またね!」

「探索、気をつけて。あ、帰りは東ルートの方が良いかも」

「わかったよぉ」


 ヴァルクランドからソルフィヨルドの最短ルートは西回りだ。

 道のりとしては短いのだけれど、採集するにはうまみが少ない。

 急いでないなら東周りで進んだ方がいいだろう。きっと、ディーナたちもわかっているとはおもうけれど。

 あたしの言葉にディーナはふんわりと柔らかく笑うと頷いてくれた。


「さて、あと半分。気合を入れますか」


 手を振りあって別れる。

 ディーナは仲間たちと仲良さそうに過ごしていた。

 あたしは一度大きく伸びをすると、残り半分を一気に駆け抜けるために気合を入れた。


「予定通り、着きそうかな」


 走る。ツタの巡った細い道を。

 走る。崩れそうなレンガが積み上げられた遺跡を。

 走る。かすかに水の匂いがしてきた林の中を。

 目指すソルフィヨルドの出入り口は、海の近くだ。空気の違いを感じるのがあたしは好きで。

 だから思わぬ落としものに、少し通り過ぎてから気づいた。


「っ、人?!」


 何処の出入り口も、ダンジョンと出入り口の近くには広場がある。

 その近くの道に燃えるような赤い髪の毛をした女の子が倒れていた。

 顔は見えないのに、その背中に流れる赤さはまるで炎のようで。

 あたしは周囲に目を配る。


「モンスターの気配なし」


 人が倒れていても、すぐに近寄ってはいけない。

 人に擬態するモンスターも確認されているし、倒れたふりして人をトラップに嵌める冒険者――もとい盗賊もいるのだ。


「トラップも、ない」


 神経を集中させる。

 耳と目の感覚を尖らせると、世界は少しだけゆっくりと動くようになる。

 赤い髪の少女の周辺をくまなく見るも、違和感はなかった。


「純粋な人……だよね?」


 言い切れなかったのは、匂い立つような魔力の圧力を感じたから。

 すごい力を持つ魔術師に似たような雰囲気だ。もしくは元々魔力量の高いエルフとか。

 あたしはじりじりと赤髪の女の子に近寄り声をかけた。


「大丈夫ですか?」

「う、ん」


 身じろぎ。と、ともに小さな声が響く。

 わずかに動いたことで顔が見えるようになる。

 ぱっちりとした、気の強そうな瞳の少女だった。


「誰?」

「ダンジョン配達人のアリーゼです。ダンジョン配達人には冒険者の保護が義務付けられています」


 声には思ったより力があった。

 あたしは保護する際の決められた文言を口にする。

 少女は体を起こす力もないのか、口だけを動かした。


「ダンジョン、配達人。お願いがあるの」

「はい」


 今さら、少女の顔が整っていることに気づく。

 綺麗な赤い髪とルビーのように煌めく瞳。

 ここまで属性が匂い立つ人を見たことがなかった。

 格好からして上流階級の人間だろう。

 思わず神妙な気持ちで聞き返したあたしに、彼女は力のない声で告げた。


「……おなか、へったわ」

「はい?」


 目を瞬かせる。

 彼女のお腹がきゅるるるると可愛い音を立てた。

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