ダンジョン配達人は無意識チート〜厄介な拾いものはお姫様?!〜

藤之恵多

第1話 ダンジョン配達人アリーゼの日常

 走る、走る、走る。

 石畳の道に軽さと丈夫さで選んだ靴の音が響く。

 走るのは好きだ。だって、何より自由を感じさせてくれるから。


「アリーゼ、おはよう!」

「おはようございますー! 今日も風が気持ちいいですねー」


 いつも野菜を買っている野菜屋さんから声をかけられ答える。

 軽く手を挙げるも足は止めない。

 次々と聞こえる挨拶はあたしがこの町を気に入っている理由の一つだ。


「今日も速いね」

「遅刻しそうで、急いでるのー!」

「はは、頑張るんだよ!」


 ぐんぐん変わる街並みも見慣れたものだけれど、同じ日はない。

 ちょっとした天気や時間の違いを肌で感じることができる。

 あたしはブンブンと大きく手を振った。


「はーい、行ってきますっ」


 日常の買い物をしている通りを抜けて、少しだけ道の雰囲気が変わる。

 職人さんが多くて、装備や道具が多くある通りだ。

 この街は外側から住宅街、日常品、専門道具のお店の順で並んでいる。

 そして、その中央に位置するのが――あたしはたどり着いたお店の看板を見上げた。


「はー、間に合ったぁ」


 足を止めて、大きく伸びをする。

 汗は出てないが、何となく額を拭う。

 それから『ヴァルクランドダンジョンギルド』と書かれた扉を潜った。


「ダンジョン配達人なんて、クソみたいな仕事だろう?」

「荷物を運ぶだけの腰抜け……冒険者に分類されるのも、おかしな話だよなぁ」


 ヴァルクランドダンジョンギルド。

 ヴァルクランド共和国にあるダンジョンを管理するギルドだ。

 その利用者の多くは冒険者であり、ヴァルクランド共和国の運営の一部にもなっている……らしい。


(また何か言ってるなぁ)


 扉を入ってすぐの場所は食事ができるようになっていて、多くの冒険者が集まっていた。

 ちらりと横目で見る。一人行動の多いあたしには縁のない場所。

 あたしは彼らの愚痴とも言えない文句を拾いながら目的の受付へ向かう。


「こんにちはー!」

「あ、アリーゼさん、ちょうど良かった」


 受付のお姉さんに声を掛ける。

 一応、ギルドの職員さんは国の所属で、平民でしかないあたしからすれば全部お偉いさん。

 だけど冒険者だった人や気さくな人が多くて、あたしみたいな配達人にも明るく声をかけてくれるのだ。


「なになに、どうしたの? トミー」

「アリーゼさん向けの依頼ですよ」


 にっこり笑うと柔らかさが出て可愛いらしさが増す。

 メガネをかけていて凛としている姿は冒険者の間で高嶺の花と言われているらしい。

 トミーはあたしがここに来てからずっとお世話になっている受付さんだった。


「マップ? 配達?」

「配達です。奥で詳しいお話がありますから」

「はーい」


 あたしがダンジョンギルドで請け負う仕事はふたつ。

 マッピングと配達。

 戸口で言っていた冒険者たちの言う『クソで腰抜けな戦わない冒険者』だ。

 だけど、あたし自身はこの仕事を気に入っているし、そこらの冒険者に負けているとも思わない。

 トミーに促されて奥に進む。背中に刺さる視線は知らないフリをした。


「よく来た、アリーゼ・ウィンドリダー」

「お久しぶりです。ギルド長」

「お主のマップ、配達共に評判が良くて何よりじゃ」


 ヴァルクランド共和国はダンジョンで成り立つ国だ。

 ということは、ダンジョンを管理するダンジョンギルドのギルド長はとても凄い人なわけで。

 あたしは目の前に立つ銀髪に額に角を生やした女の子に頭を下げた。


 ギルド長は見た目はあたしより年下でしかないのに、ずっと年上らしい。

 人間の何倍も長生きな鬼人族で、詳しい話を聞きたくても『女に秘密はつきものじゃ!』と一蹴された。

 ちょっと悔しい。


「ギルド長、お話はお早めに」

「トミーは堅いのぉ。ちょーっとした世間話じゃろうに」

「その、ちょっとした時間が惜しい仕事もありますから」


 ギルド長の額に生えた赤い角に触りたくて、ウズウズしていたら、トミーがギルド長に釘を刺す。

 途端に唇を尖らせたギルド長は、ほんとに幼女のようで可愛らしい。

 ちらりとこちらを見ると、ひとつ咳払いをした。


「まぁ、そうじゃが」


 配達で早い仕事。

 そうなるとひとつしかない。

 あたしはトミーとギルド長の顔を交互に見た。


「速達ですか」

「速達の〝国書〟じゃ」

「国書ぉ」


 国書という言葉に思わず問い返してしまう。

 配達には特に指定のない普通の配達〝通常配達〟と、指定日がある〝指定配達〟そして、何より速く届けることが目的の〝速達〟の三つがある。

 配達人は速達が嫌いな人も多いが、あたしは速く届けることが苦じゃない。

 だが、国書となると話は別だ。


「そう嫌そうな顔をするでない」

「いやー、嫌とは言ってませんよ……面倒くさいだけで」

「国書の配達なぞ、名誉なことぞ?」


 ギルド長が苦笑いするので、あたしは後頭部に手を当てながら答えた。

 名誉なのは知っている。その名誉の分、面倒くささが増すのだから。


「配達人としては、とても嬉しいんですが」

「ですが?」

「ちょーっと、大変だなぁと」


 国書と普通の速達の何が違うか。

 まず、国からの依頼だから失敗はありえない。

 次に内容は秘密。どこに、いつまでなんて情報でも駄目。

 そして、配達先の人に不快な思いをさせないこと。

 これはどんなに速くても不潔すぎたりするのは駄目で、それなりの身綺麗さが大切。汚れたらお風呂などの余計な出費と時間がかかる。

 つまり、なるべく速く、綺麗にダンジョンを抜けなければならない。


「仕方あるまい。お前さんを指名しておるのじゃから」

「ありがとうございます」


 指名されれば金額も上がるから、それは嬉しい。

 あたしは愛想よく返しつつ、トミーが奥から持ってきた封書に目をやる。

 しっかりとヴァルクランドの国印が入っていた。


「場所は?」

「ソルフィヨルドじゃ」

「交易関係ですか」


 すぐさま返ってきた答えに、あたしは目を細めた。

 ソルフィヨルド王国は貿易の国で配達も多いから何度も足を運んだ。

 ギルド長も大きく頷くとトミーから封書を貰い、そのまま気安く渡してくる。


「わがヴァルクランド共和国の生命線じゃからのぉ」


 ヴァルクランドはダンジョンしかない内陸国。交易で生活に必要なものを入手している。

 表、裏と確認して、保護の魔法をかける。燃えたり曲がったりしないようにだ。

 結構便利な魔法なんだけど、配達人でも使っている人は少ない。

 本物の国書だと確認して、ギルド長を見る。


「わかりました。いつまでですか?」

「明日じゃ」


 空耳かと思った。信じられなくて、もう一度尋ねる。


「はい? 明日?」

「だーかーらー明日じゃ!」


 ギルド長が腰に手を当てて胸を張る。

 なんで、そんな偉そうなのか。

 速達にしても、ソルフィヨルドまで明日は厳しい。


「そんな急ぎなら、電信使ってくださいよ!」

「正式な国書は強化硬質紙で締結と決まっておるからの」


 ギルド長はしたり顔で、そう言う。

 いや、そうだけど。電信で決めておいて、文書が後なんてちょくちょくあるでしょうに。

 あたしは眉間の皺をほぐす様に指で揉みながら大きな息を吐いた。


「わっかりました。全速力で行ってきます」

「よろしく頼むぞぉ。お主が駄目なら、諦めもつくだろうに」

「今度から、配達依頼は余裕を持ってお願いするようにしてください!」

「伝えてはみるぞ」


 それ、絶対、改善されないやつ。

 あたしが再び大きく息を吐いたので、ギルド長は片眉を上げてニヤニヤとした笑いを浮かべた。

 見た目少女がすると違和感が凄い。


「何、間に合うじゃろ?」

「ダンジョン配達人にも準備が必要なんですよ」

「……厳しいか?」

「明日までに帰って来るのはギリギリです」


 唇を尖らせて答える。

 ダンジョン配達人は、ダンジョンの内部を使い各国へ配達する。

 これはダンジョンの出入り口が世界の至る所にあるからできる仕事だ。


 ソルフィヨルドへの最短ルートを頭の中で組み立てる。

 必要な時間、持ち物をピックアップ。

 ソルフィヨルドまでは、道は走りにくいけど大掛かりなトラップや面倒なモンスターはいなかったはず。

 家に帰る必要はない。それが救いなくらいか。


「ほっほぉ、よろしく頼む」

「はい、わかりました」


 ギルド長は、満足そうに笑った。

 あたしはこの時間も惜しくて、差し出された依頼書に走り書きでサインをする。

 終えると同時に依頼書から紋様が浮かび上がり、あたしの左腕に張り付く。

 これが正式な依頼受諾の証拠。

 あっちで受領書にサインを貰えば、また書き換わる。

 紋様が付いてすぐにあたしは部屋を飛び出していた。


「明日までに帰ってくると」

「アリーゼさんならあり得るかと」

「まったく、規格外よのぉ」


 だから、部屋の中でそんな会話がされているのは、まったく知らないことなのだった。

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