医者として
今すぐにでも天音と瑠璃のところに行きたかったが、ひとつ問題があった。
女子寮には男子は入ってはならないという鉄の掟があったのだ。
しかしその問題は一瞬で解決することになる、となりにいる聖奉飛彩によって。
「ちょっとあんたたち!女子寮に入ってくるんじゃないわよ!」
「生徒がひとり心肺停止との通報があった、医師として行かなければならないのだよ、君が我々を止めることによって、命が一つ消えるかもしれないのだぞ?そ
の重圧に君は耐えきれるのかい?」
飛彩は“聖奉の異端者”でも、マッドサイエンティストでもなく、医者の目をしていた。
先輩と思われる女子生徒は飛彩のあまりの迫力に黙り込み、道を開けた。
寮内の造りは男子寮と同じで、下の階から中等部1年、2年、3年、高等部1年、2年、3年のフロアになっている。
4階に上がり、奥の方へ進むと1部屋だけドアの開いた部屋があった、表札を見ると高等部1年Sクラスと書かれている。
「姫、入るぞ?」
断りを入れて中へ進むと、制服が濡れて、瑠璃に心臓マッサージをされている目を閉じた天音がいた。
「瑠璃君、患者の様態は?」
「来たときには倒れていて脈もなく、恵みの歌をかけても治らなくて...」
「承知した、私が変わろう」
飛彩は慣れた手付きで天音の様態を確認し、心臓マッサージを開始する。
…正直なところ、不安が大きかった。
まだ彼の実力をこの目で見たというわけではないからだ。
「...心配ねえよ、こいつはガキの時に医者である父親の医療ミスを発見して、その後もありとあらゆる患者の命を救い、特例で医師免許取得したんだからよ、命の重さってのはこいつが一番理解してるさ」
ボクの不安を感じ取ったゼフュロスは何も不安はないと言った顔をしていた。
1分程たっただろうか、天音は息を吹き返した。
「衰弱しきっているな...仕方あるまい...」
飛彩は天音の脈を確認し、まだ弱いことを確認すると彼女に手をかざした。
「術式展開...出力30%、対象夜城天音...術式起動、“回復”、“癒しの波動”」
彼の手に若草色の温かい光の粒が集まる。
一度衝撃波と共に光が天音に発せられると、飛彩は術式を終了した。
「...様態は安定した、一先ず命の危険は脱したさ、今は気を失っているだけだ、目が覚めるまで研究室で休ませよう、あそこは一握りの者しか知らないから安全は約束されるさ」
瑠璃が運ぶの手伝います!と言って再び天音の方に駆け寄っていった。
「...ゼフュロス、情報の照らし合わせをしよう...」
「構わねえが、なんでそんなことすんだ?」
「真犯人に必ず報いを受けてもらうため、とでも言っておこうかな...」
ボクはまだ死ねない、ボクの愛する彼女の仇を討つまでは屍になろうとその喉元にナイフを突きつけると誓ったのだから。
目を開けると、見知らぬ場所だった。
服は病院で患者が着るような服で、体は少ししっとりとしており、左手には点滴の針が刺さっていた。
見渡す限り、新築の木造建築のような、まるで木の中身をくり抜いたかのような空間に、様々な機械や実験道具がおいてあった。
ヴィィィンと音を立てて窓のついた壁の一部が開いた、どうやら扉になっていたようだ。
中から出てきたのは女性のような顔立ちの第2席、聖奉飛彩だった。
「おや、目が覚めたのかい、温かい飲み物でも入れてこよう、コーヒーと紅茶、どちらが好みかな?」
「あっ...紅茶で」
「承知したよ」
彼は元いた部屋に戻り、数分すると戻ってきた。
私の横にあった小さなテーブルにマグカップを2つ置いて、椅子に座った。
「聞いているとは思うが...改めて、私が第2席の聖奉飛彩だ、同時に君も所属するSクラスの主治医でもある」
実際、こうして適切な治療までしてもらっているのだから本当のことだろう。
「えっと...私寮にいたはずじゃ?」
「詳しい経緯は不明ではあるが、君は水恋瑠璃と別れた後に第17席の術式である“電撃”を受けて心肺停止の状態となって、瑠璃君と私の救命措置によって助かり、今は安全性を考慮して私の研究室兼医務室にいるというわけさ、ああ因みに服は君が眠っている間に瑠璃君が着替えさせたよ、制服は洗濯して隣の部屋にあるから、ここから出る時に着ていくといい」
なんか1で10を話されたような感じがする。
「ありがとう...?」
「感謝ならリューゲ君にするといいさ彼が君が襲われている可能性に気づいたからね、気づくのがあと1分遅かったらどうなっていただろうね」
ククク、と気味の悪い笑顔で言うが、死にかけた身としては全く笑えないブラックジョークだった。
「...私は研究者であると同時に医者でね...今回の一件、非常に腹立たしいのだよ」
先程までの不気味なマッドサイエンティストはどこへ行ったのやら、目の前にいるのは列記とした医者だった。
「君は魔眼を持っているからこそヒトでもこの学園にいることができる、それはなんの罪もないことだ、逆に言えば君は学園の監視下に無理やり入れられたわけさ、その時点で君は被害者なんだが...」
彼は悲しそうに続きを語った。
「それでもなお君は命を狙われた、それは命の冒涜の他なにものでもない、私はどす黒い人間をたくさん見てきたが...変わらないものだね」
どす黒いもの、それはきっと私の想像できないようなもので、見たら吐いてしまうようなものだろう。
それを彼はたくさん見てきたと言っているのだ、だからこれほどまで達観しているのだろう。
私は学園で唯一のヒトだからきっとまだまだ私の存在を不満に思う人も多いことだろう。
それでも、それでも立ち止まるわけには行かない、私の求めている答えが見つかるまで、この歩みを止めてはならない。
「...私、行くよ」
「そうかい...なら私も久しぶりに出るとしようかな、2日ぶりの日光を浴びようじゃないか、私はそっちの研究室にいるから、着替え終わったら呼んでくれ」
彼は私の腕から点滴の針を抜いて、針の刺してあった場所に絆創膏を貼った。
しばらく気を失っていたというのに脚はしっかりとしていて、少しよろめくが問題なく歩けた。
「...というか、2日ぶりの日光浴ってどんだけ外出てないの」
「ずっと研究室と医務室を行き来していたからね、というか天音君も2日間寝ていたから人のことは言えないぞ?」
「ええ...」
後書き
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これは誰よりも優しい魔王を救うお話のプロローグ GOA2nd @GOA2nd
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