土曜日は買い物日和 - Ⅱ

 そんなこんなで、それぞれ注文を決めて(甘奈には説得の末Mサイズに妥協させた)、料理を待っていると、ふと美遊が口を開いた。


「……甘奈さん、これは訊いていいか分からないんですけど……」

「ん? なになに? 何でも訊いて!」


 ぐっと美遊に向かって体を乗り出す甘奈。

 美遊はなおもしばらく躊躇ためらった後、おずおずと甘奈を見て、小さく訊いた。


「……ご両親のこと、本当に大丈夫ですか?」

「なんだ、そのこと?」


 少し重苦しい空気を軽く扱って、あっけらかんとした調子で答える甘奈。

 やひろはそっと隣の甘奈を見る。


「まぁ、心配なのは心配なんだけど。でも探してくれるって話だもんね。なんたって、やひろんちお抱えの探偵さんがね!」

「こっち見ないでくれ……」


 いたずらっぽく笑う甘奈から顔を逸らすやひろ。


「……そうですか」


 いつも美遊の声は静かで熱がない。お昼時のレストランだとかき消えそうだ。やひろは注意深く耳を傾ける。


「も~、美遊ってば優しいねぇ。いい子いい子」

「……いえ」


 甘奈の緩んだ笑顔から気まずそうに目を伏せる美遊。前髪が影になって顔色が見えない。


「強いよね、甘奈は」


 唯がすっと会話に入る。


「さっきアパートを見に行った時も思ったの。受け止め方が強いなぁって」

「えー、えへへ、なんか強いとか照れるなぁ! あ、でも流石にアパートなくなってたのはショックだったよ!?」

「いや、そうだよね……。思い出の場所だもんね」

「そう、オンボロでも思い出いっぱいだったの! それがただの駐車場に……! しかもスカスカなの! わざわざ取り壊す必要あった!? 怒り心頭だよ!」

「確かに……」


 思い出のアパートを壊してまで作った駐車場がろくに使われていなかったら、ムカつくのかもしれない。


「まぁでもね。やひろの話によると、ママとパパがアパートの倒壊に巻き込まれたりした訳じゃないみたいだし」

「おっかない想像だね……」

「今更じたばた焦ってもしょうがないかなぁって。今まで九年も異世界で離ればなれだったんだもん。今は同じ世界にいるんだから、いつかは会えるよね」


「お待たせしました」

「……ッ!」 


 呼吸が止まる。

 いつの間にかテーブル横にはエプロン姿の男性店員が立っていた。腕でお盆を抱えている。


「こちらサービスのお味噌汁になります」


 慎重に息を吐き、どくどくと脈打つ心臓の鼓動を聞きながら、味噌汁の入った紙コップを一つずつ配っていく店員の顔を盗み見る。

 真摯さと緊張感、無礼でない程度にだけ不機嫌そうにも見える表情。いたずらな好奇心や驚きはうかがえない。


 ……聞かれてない、か……? 


「お料理が出来上がるまで、今しばらくお待ちください」


 慇懃いんぎんに頭を下げ、テーブルを離れていく店員。心臓の鼓動がゆっくりと元のリズムに戻ってくる。


「……なんで、お味噌汁?」

「「甘奈っ!」」


 きょとんとした甘奈の声を皮切りに、やひろと唯が声を殺して悲鳴を上げる。


「え、え、なになに?」

「なにじゃないよ、もうっ」

「ビビらせないでくれ、ほんと……」

「な、なんのこと?」


 頭に疑問符を浮かべている甘奈に、思わず溜め息をつく二人。甘奈はますます困惑していく。


「……向こうの世界のこと、外で話しちゃダメですよ、甘奈さん」


 美遊が味噌汁にふーふーと息を吹きかけながら、冷静にそう言う。


「え、あ、異世界のこと?」

「だからそれを言っちゃダメなんです」

「え、うん……?」


 依然、甘奈は要領を得ない様子だ。

 周囲を見渡すやひろ。

 幸いこのテーブルは店の奥の方で、近隣のテーブルに客はいない。やひろは声をひそめて、


「ごめん、ちゃんと話をしてなかったかもだけど。甘奈、異世界にいたことは、ここにいる三人以外、誰にも知られないようにしてくれ」

「えっと、どうして?」

「こっちの人間は異世界のことも魔法のことも本当にあるだなんて知らないんだよ」

「うん、そうだよね」

「異世界があるとか甘奈が魔法を使えるとかが世間に知られたら大混乱になるだろ?」

「大混乱……、毎日テレビにネットにひっぱりだこ! みたいな?」

「……なんでちょっと楽しそうなんですか」


 冷静にツッコミを入れる美遊。


「言っとくけど、楽しくないよ。ある日突然前触れもなく異世界に誘拐されるかもしれない、なんて」

「あ……」


 甘奈の表情から笑みが消える。


「魔法のこともそう。魔法が使えるだなんて知られてみろ。怯えて石を投げられるか、その力を良いように利用されるか。どっちかだよ」

「やひろってば、そんな言い方しなくても」


 甘奈はしばらくの間、不満げにやひろを見つめていたが、視線を前に戻して、


「美遊も唯もそう思うの?」

「……ですね。わたしも同意見です」

「悲しいことだけどね……。人は、自分達と異なるものを、自分達の世界から弾き出そうとするから。それも悪意なく。人間の正常な本能なんだよ、異常さを忌避するのは」

「んー……」


 甘奈はしばし神妙な顔で何か考え込んでいたが、やがてぽつりと呟く。


「仮面ライダー、みたいな?」

「……は?」

「正義の味方は正体不明でなければならない、みたいなアレだよね、つまり」

「ん? ちょっと、いや全然違うような」

「怪人がいるってみんなが知ったら平穏に暮らせないよね、みたいな」

「んー、まぁそれに近い、のかな……?」


 一応、理解していない訳ではなさそうだ。

 甘奈はすっきりした顔で笑う。


「うん、分かったよ。魔法使いってバレたら酷い目に遭うってのはちょっと納得いかないけど、みんなが不安に思ってるのは伝わったから。らじゃ、わたし達だけの秘密だね」


 やひろと唯が揃って息を吐いて、肩の力を抜く。

 美遊だけは涼しげな目のまま、熱のない声で呟く。


「……甘奈さん、うっかり口滑らせそう」

「わたしも思う! いつかどこかでやらかす自信があります! その時はフォローしてね」


 何故か誇らしげに胸を張る甘奈。

 やひろと唯は渋い顔で目を合わせて、揃って溜め息をついた。

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2024年12月26日 12:00
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異世界帰りの勇者なあの子は、君がいないと生活できない。 夏祭 詩歌 @sum-fest-360

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