土曜日は買い物日和 - Ⅰ

 折り返しバスに乗って、二十分弱。大型ショッピングモールの前でバスが停まる。

 ぞろぞろと降りてゆく人の波に沿って、やひろ達もバスを降りる。頭上からまっすぐ照り下ろす太陽が、体を急速に熱していく。


「でっかー……」


 モールを見上げて甘奈が感嘆を上げている。


「ここ、映画館まであるからな。大体のものはここで揃うよ。とりあえず中入ろ、一瞬で茹だっちゃう」

「はーい」

「すっかり暑くなってきたねぇ」


 モールの中に入ると、空調の効いた涼しい空気が汗に濡れた体を冷ましていく。

 休日のモールは家族連れや私服姿の若者達でいっぱいで、話し声、笑い声で溢れかえっている。


「とりあえず、配達してもらう家具類とかそういう、手荷物にならないヤツから見ていこうか。あ、それとも先にお昼にする?」

「お昼! 私もうお腹空いちゃった」

「……甘奈さん、一番遅くに食べてなかったですっけ」


 美遊がドライに言う。

 とはいえ、時計を確認するともう十二時半。昼食にもちょうど良い頃合いだ。


「オッケー、じゃあとりあえず4階かな」


 四人でエスカレーターまで歩いて、レストラン系の多い最上階を目指す。



 このモールは吹き抜け構造になっていて、エスカレーターに乗ると各階のショップを良く見渡せる。本屋、雑貨屋、おもちゃ屋。服についてもスーツなどの礼服に着物、民族風のカジュアルなお店までよりどりみどりだ。


 甘奈は、どのお店にも興味津々という様子で、せわしなく視線を動かしている。

 ……異世界には、こういうショッピングモールとかなかったのかもしれない。エスカレーターに乗る時も、小さく感嘆の声を上げていた。


「……そういえば、カレーも食べてなかったって言ってたな」

「え、なになに?」


 エスカレーターの一段下から、甘奈がぐっと顔を寄せてくる。

 内心戸惑いながらも、やひろも少し頭を低くして、


「いや、昨日カレー久しぶりって言ってたから。向こうだとどんなの食べてたのかなって」

「えー? あんまり種類はなかったかなぁ。チーズとかバターみたいな乳製品とか、野菜スープみたいな煮込み料理が多くて、でもスープはチーズ以外味薄くて。季節によっては固い干し肉ばっかりで。んー、面白いのだとミルク粥とか羊鍋?」


 食事には不満があったのか、甘奈は渋い顔で話す。


 だが、例え不満そうな話でも、異なる土地の食生活の話は聞いてて結構面白い。

 甘奈のさらに後ろから、美遊と唯も話に入ってくる。


「……ミルク粥って美味しいんですかね。牛乳とお米って、組み合わせ悪いイメージなんですけど」

「ミルク粥は全然いけたね! 単純にミルク入れればいいわけじゃないらしいんだけど、詳しくはあんまり」

「干し肉は? ファンタジー小説とかで良く名前聞いたけど、実際どんな感じだった?」

「干し肉はちょっとねぇ。保存が利くのはいいんだけど、固くて食べにくいから私は苦手だったぁ」



 三人のそんな会話を聞いている間に、4階のレストラン街に辿り着く。


「……せっかくだから、お昼は甘奈の食べたいものにしようか」

 エレベーターを降りてすぐのフロアマップの前でやひろが提案する。


「え、いいの?」

「うん、こっちに帰ってきて食べたいものもあるかと思って。二人もそれでいいかな?」


 美遊と唯に向き直って付け加えるやひろ。


「……大丈夫です」

「そうだね、お祝いも兼ねて。さっきの話聞いてたら私もちょっと切なくなっちゃった」

「えへへ、ありがと。じゃあどうしよっかなぁ……」

 と、フロアマップを眺め出す甘奈。


「さっきのお話だとお魚系はあんまりなかった感じかな?」

「だと、寿司とか和食系?」

「…………」

「甘奈?」

「えっと、オムライスか、ハンバーグ、どっちにしよっかな……」

「……思いっきり洋食だね」

「だってだって、卵もお米もこっちと全然違うし……! ハンバーグなんてなかったし……!」

「ごめんごめん、好きなの選んで大丈夫だよ」

「なんなら、選ばなかった方は夕食に俺が作るよ」

「え、いいの……!? いくらなんでも甘やかしすぎじゃない?」

「せっかくのお祝いだし。レストランの誰かの料理じゃなくて、俺の手で作る機会が欲しい」

「……やひろさん、そういうところありますよね」



 数分の熟考の末、オムライス屋に向かう四人。

 幸いにも並ぶことなく、テーブルに案内される。


「……隅っこのテーブルってちょっと安心感ありますよね」

「あー、分かる。店の外を歩いてる友達に見つからないのがいいよね」

「……ここ、クラスの人も良く来るんで」

「面白いこと気にするんだな……」


 女子ってそういうものなんだろうか。


「ねぇ、やひろ? これメニューどこかな?」

「え、このタブレットじゃない?」

「ほへぇ……!」


 テーブルの隅に立てかけられたタブレットに触れると、甘奈が感嘆の声を上げる。


「あっ、あれだね、回転寿司方式だ!」

「そうそう」

「へぇ……! あ、すごい、動く」


 すいすいと甘奈は、楽しそうに指を振って画面を行ったり来たりさせる。


「はぁ、回転寿司も行きたいなぁ……」

「そうだな。行こうよ、また今度いつでも」

「甘奈、回転寿司で毎回パフェ頼んでそうだよね」

「えっ!? 回転寿司ってパフェ頼むものじゃなかった!?」

「ホントに頼んでた……」

「……で、甘奈さん何頼みます?」

「あ、ハンバーグカレーオムドリア? だって……! こんな贅沢盛りが存在するなんて……!」

「……昨日カレーだったじゃないですか」

「夕食ハンバーグにするってさっき話したろ」

「うう、分かってるよぅ……! そうだね、ここはスタンダードなケチャップのオムライスにします!」


 甘奈が勢い良く宣言する。


「オムライスっていっても、色んな種類あるんだね。クリームソース、デミグラスソース、トンカツ……。ねぇ、美遊見て、これなんてスープに浸かってるよ」

「……あれですね、明石焼き風のたこ焼きみたいですね」 

「ねぇやひろ、わたしLサイズにしてもいい?」

「字面に騙されない方がいい。ここ、Sでも多いから」


 ここではSSサイズが標準サイズ。Lになると、もはや爆盛りと言ってもいい。

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