Pray Their Reply
「美遊の髪の毛、お団子で可愛いねぇ。はみ出してる髪もしっぽみたい。可愛い~」
「……あの、触らないでください、崩れます」
「見て見て~。わたしもお団子お揃いだよ~」
「あぶなっ。急に首振らないでくださいよっ。かんざしが刺さります」
「も~、そんなミスしないって~」
「……信用ならない」
お昼前の少し混雑した市バスの中、前の席で美遊と甘奈が抑えた声で和気
美遊はいつものようにツインテールの根元をお団子のようにまとめている。口を開く度に跳ねる髪の軌跡は、仔猫のしっぽのようで、いつまでも目で追っていたくなる。
「すっかり仲良くなったみたいで良かったよ」
「やひろさん!? 話聞いてました!?」
「あはは。でもやひろ君の気持ち分かるよ」
隣で唯が楽しげに笑う。
美遊がこういう荒い口調で話せるまでに、やひろも唯も結構時間がかかったのだ。
「ねぇ、甘奈。そのかんざし、素敵だよね。使いやすい?」
唯が、甘奈の髪を後ろでまとめている、水晶のついたかんざしを見ながら話しかける。
「うん、慣れると色々楽ちんだよ」
「へぇ~。さっき髪まとめているとこ見てたんだけど、すごいスマートで格好良くって! ヘアゴムなしでこんなに綺麗にまとまるんだね」
「えへへ、そう? もう一回やる? やっちゃう?」
「あ、いや、わざわざほどかなくて大丈夫だからね?」
「そっか~……」
しょぼんと落ち込んでみせる甘奈に、思わず口元が緩む。
……良かった、思ったより元気そう。
これから行く場所を考えると、甘奈の精神状態が心配だったが案外普通だ。
街の中心を通り過ぎて、だんだんと乗客が降りていく。バスは車通りの少ない静かな住宅街に進んでいく。
目的のバス停で降りたのはやひろ達だけだった。そこから十分程度、四人で並んで歩く。
「あ、ここ。前はこのマンションに住んでたんだよねー、やひろ」
「ああ、結構懐かしいな」
「おぉ、やっぱり大きいところに住んでたんだね、やひろ君」
「……唯さんのおうちもこれくらいじゃなかったですっけ?」
「懐かしいな~、マンション全体で鬼ごっこして、二人で管理人さんに怒られたんだよ」
「あったなぁ……」
甘奈は夕焼けのように明るい声で思い出を歌う。大きな目を優しく細めて、何かをなぞるように街の景色をゆっくり眺めている。
「誕生日のケーキは毎年このお店で買ってたの。ママがおうちでご馳走作ってる間に、パパと二人でケーキ取りに行ってね。わたしが持つ! って言って、パパから袋を取ったんだけど、ついはしゃいじゃって、ケーキぐしゃぐしゃにして泣いて怒られちゃった」
やひろも唯も美遊も、だんだんと口数を減らして、ただ甘奈の思い出を聞いていた。返す言葉がないからでなく、きっと一人で語る時間が必要だから。
ふと甘奈の声と足が止まる。止まったまましばらくその場所を眺めた後、確かめるように一周、二周と辺りを見渡して、やがて言った。
「……うちのアパート、ホントになくなっちゃたんだ」
その場所は、石の敷き詰められた駐車場は、かつて甘奈の住んでいたアパートのある場所だった。甘奈が父と母と暮らした場所だった。
甘奈は閑散とした駐車場の中を何気なく歩いて行く。おもむろに屈んで石を拾って、何をするでなく放り捨てて、また石を拾う。
やひろは、背を向けてしゃがみ込む甘奈に声をかける。
「……甘奈がいなくなって一年くらいした頃かな、おじさんとおばさんが引っ越していったの。うちには何も言わずにだったけど、アパートの大家さんとは話をしてたみたいだから、夜逃げとかそういうんじゃないと思う」
「……うん」
「きっと辛いことを思い出すから俺の家族と話したくないんだろう、って母さんは言って、引っ越し先を詮索したりしなかった。……アパートがなくなったのは、それから三年後くらい」
「……そっか」
また甘奈は石を放る。
「昨夜、母さんには電話したんだ。甘奈が帰ってきたこととか色々伝えて、甘奈の両親のことも馴染みの探偵に言って探してもらうって。だから、すぐには無理でも、いつかまた……」
会える、とまでは言えなかった。
甘奈の背中が小さく震えている。
「……っ」
「……甘奈」
「……ぷふっ」
甘奈が小さい声で噴き出した。
え?
「ぷっ、ふふっ、な、馴染みの探偵ってなにっ……。馴染むものなの……?」
「え、ええ?」
「……正直わたしも思いました」
「八重のおうちってそんなに探偵使うんだ。一体何に……」
確かに、言われてみると変かもしれない……。母さんのことだから、本当にいるんだろうけど。
「あはは、ちょっと元気出てきた」
振り返り、晴れやかに甘奈は笑う。
力強く、眩しくて、思わず息が止まる。
「ね、後五分だけ待って」
そう言って、目をつむる甘奈。
三人は黙って甘奈を見ていた。波のない海のように穏やかな横顔。時折風が木々を揺らす音を静かに聞いている。
やがて、甘奈がぱちりと目を開いた。
「さ、そろそろお買い物行こっか」
陰りのない澄み切った声だった。
本当に、すごい奴だよな、甘奈は……。
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