第39話 明日を拓く執念のゾンビアタック②

 逆立つ黒髪の男、アモウが重い青龍偃月刀を振るう。トランスパワー《悪意を退ける力》により示された、わずかな安全地帯に向かってサカキは跳ぶ。勢いで壁にぶつかりながらも、すんでのところでアモウの攻撃をかわすことに成功した。空気が唸る。その不気味な音が、湿った岩肌に囲まれた盗賊団の部屋に響いた。


 エデルがたまらず駆け寄る。


「サカキ殿!」

「来るな! エリクサーを腹にぶっ刺していない、お前には無理だ!」


 手のひらで静止をうながすサカキに、エデルは歯を食いしばり、目を背けるしかなかった。


 ボス部屋だけあって多少の広さはある。しかし、大の大人が暴れ回るには少し心もとない広さの空間で、青龍偃月刀ほどの長尺の得物であれば、アモウがその気になれば攻撃を当てることは造作もないはずだ。サカキの体は表面積も広く、お世辞にも動きが俊敏とは言えない。それを一応は自覚しているサカキは、アモウがわざと攻撃を外しているのだろうと思った。


「どうした、サカキ!」アモウが挑発する。「もっと、もっと、俺を楽しませろ! 俺に、あらがって見せろ!」

「言われなくても、やってやらあ!」


 ヤケクソじみたサカキの槍のひと突きを、アモウは半身になって、ひらりとかわす。すぐさま攻撃に転じたアモウは、再び青龍偃月刀を大きく振るった。


「ぐっ!」


 今度はかわしきれず、サカキは左わき腹を大きくえぐられた。とっさに後ろに跳び、アモウとの距離をとる。赤いポリゴンの粒子が噴出するが、それを上回る勢いで、緑色の回復の光がサカキの体を修復した。腹に刺さったエリクサーの空瓶は、外套の中で展開されたインベントリによって、中の液体を瞬時に補充された。


 息が上がる。顔から、体全体から、玉のような汗が吹きあがる。今の状態でサカキは不死身といえるが、疲労に対しては無力だった。痛みだってゼロではない。心が折れた時、それが真の敗北といえるだろう。しかし、負けるわけにはいかなかった。このイベントを突破したその先に、愛する人が待っているから。


 サカキは眼前の敵を静かに見据えた。


「なんという、しぶとさだ。その根性、敬服に値する」アモウが表情をかすかに緩め、石突を地面に刺した。「いいだろう。もっと、お前が本気になれるかもしれない話をしてやろう」

「……なんの話だ」

「この青龍偃月刀の本当の持ち主のことだ。名前は……たしかカンジといったな。いつも三人組でゼナの遺跡を探索していた」


 サカキの脳裏に、ハチベエとマタベエとの会話の記憶がよみがえる。三人組の生き残りであるリュウジとチョウジ……冒険者ギルドで息巻いていた、しかもいきなりサカキたちに襲いかかったならず者ではあったが、ハチベエとマタベエの話によれば荒っぽくも気はいい人間たちなのだろう。


「知っているぞ。俺はそいつらの仇を討つためにここへ来たんだ」


 まあそれはゲームシナリオ上の建前だけどな、とサカキは心の中で付け加えた。


「ほう、あの生き残りの負け犬どもを知っているのか。なら話が早い」アモウは愛おしそうに青龍偃月刀の刃を指でなぞった。「遺跡の深層で奴らを見つけた。なかなかの装備を持っていたからな。特にこの青龍偃月刀が気に入った。俺が『それをよこせ』と言ったら、このカンジとかいう男は抵抗したよ。他の二人を逃がすためにな。まあ、そこは褒めてやってもいい」


 アモウはサカキを見据え、口元を三日月形に歪めた。


「だが、俺は欲しいものは手に入れる主義でな。徹底的に叩きのめしてやった。そして――」わざとらしく言葉を区切ると、アモウは楽しそうに続けた。「剥いでやったのさ。この得物はもちろん、鎧も、服も、靴も、汚ねえパンツすら、一つ残らずな。文字通り、生まれたままの姿にしてやった」


 その言葉にサカキは、かすかな違和感を覚えた。自分と分かり合えたかに思えたアモウが、そのような非道なセリフを言うのだろうかと。


「俺は慈悲深いからな、トドメは刺さなかった。『その恰好で町まで戻れたら命だけは助けてやる』と言って、そこに置いてきた。……しばらくして、モンスターどもの嬉しそうな鳴き声が聞こえたよ。ああ、奴の絶叫もな。いい余興だった」


 まるで、そのセリフが何者かに言わされているように感じた。……ああ、そうだ。これはゲームなのだとサカキは思い直した。目の前の男は、この世界の「敵」として設定された存在なのだ。ゲームプレイヤーに討伐すべき正当な理由を与え、カタルシスを感じさせるためだけに、非道なキャラクター付けをされただけの、ただの装置。


「悲しすぎるよな、そんなの」

「……悲しい? おかしなことを言う男だ。だが、まあそうだろう。カンジとやらも自らの惨めな最期に、さぞ嘆き悲しんだであろうな!」

「違うよ。悲しいのは……あんたのことだよ」

「なっ、俺が……悲しいだと――」


 想定外の言葉だったか、《制止》を食らった時のように、アモウの動きがフリーズした。


「サカキ殿! 今ならば――」


 エデルが叫ぶ。仕込み杖の鞘が抜かれ、その細身の刀身が燭台の小さな炎を映し、ぬらりと光った。


「待て、こいつは……こいつは俺が倒す! 倒してやらなきゃいけないんだ!」

「サカキ殿……この好機になぜ、そのような世迷言を……。こやつは悪逆非道の盗賊団の頭だぞ!」

「決めつけるな! ……決めつけてやるなよ!」


 エデルはごくりと唾を飲み、大きく息を吐くと、抜き身の仕込み杖を元の鞘に戻した。サカキが何を成そうとするのか、その先を見届ける覚悟を決めたかのようであった。


 サカキは槍を杖のように地面に突き、一歩、また一歩とアモウに近づく。そして、槍をアモウの心臓に向けて、渾身の力を込めて放った。


 クリティカルヒットの派手なエフェクトが生じる。そのダメージがきっかけになったか、アモウが意識を取り戻した。


「貴様……!」


 すぐさま体勢を立て直したアモウが、青龍偃月刀を振るった。サカキは……今度は逃げない。袈裟に斬られ、青龍偃月刀の切っ先が体の中央付近に達した時、その柄を両手でぐっと掴んだ。


「インベントリ! 来い、エリクサー!」


 痛みにこらえながらもサカキは、外套の中で大量のエリクサーを召喚した。赤いポリゴンやら緑の回復やらで、俺はきつねか、たぬきか、などと場違いな考えで頭の中を埋め尽くし、サカキは自らの意識をひたすらに平静を保った。


 さらに一歩、サカキは進み出た。


「うおお! いってぇ……!」


 サカキが作り出した状況。それはアモウの青龍偃月刀が自身の体を貫通し、柄の中心付近を巻き込みながら、完全に肉体を再生させた状況であった。


「貴様……! 一体何を!」


 サカキの両手に込めた力が、厚く積み重なったサカキの脂肪が、アモウの抵抗を許さない。青龍偃月刀を諦めたか、その場を離脱しようとした時のことだった。


「逃がさん、お前だけは! ……制止!」


 サカキはインベントリから出現させた短剣を手に、3秒アモウを制止させた。そのまま全体重をかけて壁際のくぼみまで押し込む。


「肉を切らせて骨を断つ……ってか?」

「動け! なぜ動かん!」

「あんたの非道の言葉で、俺が怒り狂うとでも思ったか? そんな反応、そんなのAI以下だろう」

「AIだって? 何を意味の分からないことを」

「あんたが、そうだって言ってんだよ」


 壁にハマった状況で、《制止》とクリティカルヒットの猛襲を受けるアモウ。ついには、サカキの一撃が引き金となり、アモウの内側から、何本もの光の槍がその体を貫いていった。


「一本は、あんたが演じさせられた非道に」


 光の槍が鎧を砕く。


「一本は、あんたが言わされた下劣な言葉に」


 光の槍がその肉を裂く。


「そして、最後の一本は。あんたを縛り付ける、その役割を砕くために!」


 けたたましい破壊音と共に、アモウの胸から無数の光の亀裂が走った。

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