第38話 明日を拓く執念のゾンビアタック①

 サカキは、その大きな体を外套によってさらに膨らませていて、言うなればアフリカオオコノハズクのような状態になっている。アフリカオオコノハズクとは、普段は羽毛と翼を膨らませて太ましく見えるが、びっくりするとヒュッと細くなってしまう、テレビの動物特集でおなじみのフクロウの一種である。ただし、サカキの場合は中身も太いので、その点だけは違う。


「やい、盗賊団の頭。今度こそ、お前を倒してやるよ」


 筋骨隆々で厳めしい顔をした、まさに盗賊団の頭といった容貌の男は、何も言わずにサカキをじっと見つめる。得物の青龍偃月刀を担ぎ、柄の部分を肩に載せて泰然自若に立っている。その態度に、サカキへの侮りの感情が透けて見えた。


「わざわざ、死にに戻ったか。しかし、なんだその体は? おおかた、重鎧でも中に仕込んでいるのだろう。そんなものでは、俺の攻撃を防ぎきることはできん。むしろその鈍重さが仇となるだろう。……選択を誤ったな、名も知らぬ男よ。今度こそ、青龍偃月刀のサビにしてくれよう」


 男が青龍偃月刀を構える。瞬間、空気が変わった。獅子は兎を狩るにも全力を尽くすという。自分は兎だ、とサカキは思った。冷や汗が頬を伝う。対策は十分に行ったはずだが、実践でうまくいくとは限らない。


 どれだけ完璧なつもりでいても、サカキはいつも失敗ばかりだった。身をもってそれを知るサカキは、自分を最後まで信じることがなかなかできずにいた。どうせ自分はダメだと思ったり、時には誰かのせいだと怒りをあらわにするのが常であった。


 長年染みついた負け癖のような思考。今のサカキは、その思考の癖を俯瞰的に見ようとしていた。自分を否定せずに、あるがままを受け入れる。自分が変わることなんて、ないのだから。


「インベントリ!」


 サカキが虚空から槍を取り出す。掴み、足を一歩、踏み出した。


 ザリッ。


 その音が開戦の合図だった。盗賊団の頭の男がサカキに肉薄し、重い青龍偃月刀を高々と振りかざす。


「その首、もらった!」


 サカキは地面に向かって、ほとんど転がるように飛び込んだ。重く振り下ろされた青龍偃月刀が、サカキのすぐ頭上を空しく通過し、地面を深く抉る。間一髪。心臓が激しく跳ねた。


「エデル!」

「承知! 地獄の炎ヘルフレイム!」


 膨れ上がったサカキの体によって、男の死角になっていたエデルから漆黒の炎が放たれる。地獄の炎ヘルフレイムは、サイレントナーフによってすでに即死効果を失っている。だが、少しの隙を作るには十分だった。


(そうだ。全部、自分の力でやらなくてもいい。エデル……俺には、もう仲間がいるんだから)


「制止!」


 攻撃した相手を確率次第で3秒間制止させる特技の力を乗せて、サカキは炎にひるんだ男へと槍を突き出した。


 男の動きが止まった!


 サカキは次の一手を考える。圧倒的なレベル差がある相手に有効打を与えるには、ゲームシステムにおけるクリティカルヒットを狙うしかない。直感あるいは覚醒したトランスパワーによるものかは定かではない。サカキは迷うことなく、男の心臓に槍を突き出した。


 目に星が飛ぶような強烈な発光エフェクト。赤いポリゴンの粒子が舞った。


「心臓だ! エデル! 心臓を狙え!」

「承知した!」


 息をつくサカキの横を、仕込み杖を抜いたエデルが、風のように駆け抜ける。現在のエデルのジョブは、サイレントナーフの事情から剣使いである。かつての魔人兵時代の鍛錬も合わさり、すさまじい速度の連撃によって、気持ちいいぐらいにズバズバと音が鳴っている。


 だが、しかし――。


「ウォォォォ!」


 場を震撼させる獣のような咆哮が轟く。《制止》の効果が切れてしまったのだ。動き出した男の筋肉は、血管が浮かぶほど膨れ上がり、ただならぬ圧によって、エデルは後ろへと引き下がった。


「はぁ……はぁ……」男の周囲に帯電オーラが出ていた。「貴様、よくもやってくれたな……!」


 束ねられていた男の長い黒髪は解けてしまい、怒髪天を突くように重力に逆らっている。ああ、髪が金色だったらスーパーサイヤ人みたいだな、とぼんやり思っていたサカキの視界から男が消えた。


「サカキ殿! 後ろだ!」


 エデルの声が聞こえた時。サカキの胴は、横一文字、真っ二つになっていた。


 ドサッ。


 サカキは目の光を失い、地面に倒れ伏した。赤いポリゴンの粒子は、断面から、どくどくと止めどなく流れ落ちた。


「サカキ殿ぉぉぉぉ!」

「ふはははは! 次はお前だ、エデルとやら!」


 男が青龍偃月刀のポリゴンを払い、エデルに一歩近づいた時のことだった。


「……ちょ、待てよ」


 サカキが男の足を掴む。その手は震えていたが、目はまっすぐに男を見据えていた。


「な、なぜ、生きている!」


 驚愕した男がサカキを蹴り飛ばした。サカキは勢いよく転がると「ぐぇ」とうめき、壁で止まった。その体は二つに分かれてなどおらず、五体満足だ。


「なぜ……だって?」サカキがふらふらと立ち上がる。「答えを知りたいか?」


 その顔はドヤ顔である。それを見て、男の表情がわずかに曇る。


「……やっぱ、やめとくわ」

「いや、言わせて!」


 すげなく答えた男にサカキは食い下がった。


「……ならば、その答えを聞かせてもらおう」

「あんた、いい奴だな。盗賊だから、いい奴ってことはないんだろうけど……」


 言いながら、サカキは外套に手をかけた。バサッとコウモリのように外套を広げる。


「キャッ……!」


 エデルがラウンド髭の顔面を手で覆った。そうしながらも、だんだん指の間がVの字になっていった。


 サカキは決して裸ではなかった。ただ、腹の部分には液体の入った無数の瓶が刺さっていた。


「俺がすぐに復活できた理由、これ全部がエリクサーだ。この世界のエリクサーは飲み薬タイプだからな。普通に使ってたらお腹がタプタプになってしまう。だが、こうして直接腹にエリクサーを繋ぐことで万事解決ってことだ」


 サカキは両脚を肩幅に開き、しっかりと地面を踏みしめる。肩と腕はリラックスさせながらも、いつでも動き出せる緊張感を持っている。某国民的ロボットアニメにおける著名な立ち姿である。


「名付けて! 胃ろう戦士サカキ!」


 場の空気が凍り付く。エデルは「あちゃー」と頭を抱えていた。しばらく続くことになった沈黙を破ったのは、盗賊団の男の笑い声だった。


「あんた、本当に最高だよ! 俺の名はアモウ。あんた、サカキって言ったな? あんたとなら楽しめそうだ。……俺と死ぬまで殺り合おうぜ」


 アモウの髪が逆立ち、帯電オーラをまとい始めた。分かり合えたかに思えたのも束の間、その目は獲物を狙う獣に戻っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る