第25話 無敵の人の愛しき人
サカキはハチベエとマタベエから、ゼナ島の遺跡近くに根城を構える盗賊団の話を一通り聞き終えると、エデルたちが残るテーブル席へと向かった。
「おお、サカキ殿! 遅かったではないか! 待ち侘びたぞ!」
始めにエデルが気付き、フランクリンとエマも口々にサカキを歓迎してくれた。いきなり席を外して悪かったと、謝りながらサカキは席に座った。
「して、サカキ殿。あれは村の門番のハチベエ、マタベエと言ったか。何の話をしていたのだ?」
エデルが問い、サカキは先程の会話内容をかいつまんで話した。まずは村とレジスタンスの関係についてである。
「――そんなことになっていたとはな。一見、平和そうな村でも、実際は分からないものだな」
そう言ってエデルはウイスキーに口をつけた。客観的な見方での感想に終始したエデルと違い、フランクリンは村長にかなり感情移入してしまったようで、魔王を倒すためであれば、犠牲をいとわないレジスタンスの活動に憤慨していた。酒に酔っただけかもしれないが、若く青い感情を剥き出しにする様をサカキは微笑ましく思った。
「でも、本当に良かったの? レジスタンスの誘いを蹴って」
何か思うところがあったのか、エマだけは何も話さなかったのだが、ようやくその口を開いた。そのような疑問が出るということは、彼女はレジスタンスにさほど嫌悪感を抱いていないように思われた。しかし、その真意は分からないため、サカキはエマに問うことにした。
「なんで?」
「レジスタンスなんて私も初めて知ったけど、幹部の人から初対面で直々に誘われた訳でしょ。人の力を推し量れるような特別な何かがあって、その上で声をかけて来たんじゃない? それは魔王を倒す……世界を救うことにつながるかもしれないのよ」
「おい、エマ! お前はなんてことを言ってんだ! 村長の娘さん一人も救えないで何が世界を救うだ! そんな訳の分からん組織、裏で何をやってるか分からんぞ!」
「フランクリン。あなたは黙ってて」
「はいぃ……」
少々熱くなっていたフランクリンが割り込んできたのをエマがピシャリと制止した。フランクリンは意外と尻に敷かれているのかもしれない。
「で、どうなのかしら。サカキ」
エマは頬杖を付き、グラスを片手にサカキを見ていた。氷の入ったグラスをカラカラと回し、その上目遣いはどことなく扇情的に思えた。
彼女はどんな回答を望んでいるのだろうか。
レジスタンスに入らなかったことの理由……。ぶっちゃけ一つしかない。でも、そんなことを言ってしまっていいのだろうか。相当に引かれることだとサカキは自認していた。
サカキの思考は迷宮の袋小路に入ってしまう。
(ダメだ! どう取り繕ったってリカバーできるはずがない! ならば思い知れ、エマよ。
「……好きな人がいるんだ。俺が子供の頃から知っている憧れの人だった。その人は色んな物語に出てくる演者だった。ある時は陰ひなたに周りを支えるクールな女性、ある時は物語をかき回す天真爛漫な女性として。……俺は彼女が好きだった。でもあくまで物語の中の人間だ。現実に出会うことはない。そう思っていた」
驚くほど反応がなかった。周りの喧騒が痛いほど耳に刺さる。
それもそうであろう。なぜレジスタンスに入らなかったかと聞かれて、いきなりサカキが好きな人の話から始まったからだ。でもこの話をしない限り、レジスタンスに入らなかった理由の説明ができない。
あのやかましかったフランクリンですら黙っていた。目が完全に据わってしまっている。
サカキは一旦ビールに口をつけた。……ぬるい。席を外す前に注文したビールであり、しばらく向こうで話していたせいで完全に温まってしまったみたいだ。
「話を続けるからな? 信じてもらえないかもしれんが、俺はこの世界の人間じゃない。別の世界から転移して来たんだ。そして出会った。憧れの人と同じ姿をした女性と。……夢かと思った。でも現実だった。その時は事情があって言葉を交わすことはできなかったけど、この島のどこか、魔王の軍勢の拠点に囚われていることまでは分かっている。……彼女を助けたいんだ」
――彼女を助けたい。二次元の世界の住人であった彼女と言葉を交わしてみたい。
そう思うと、自然とジョッキを握る手に力が入った。
「この島には色んな謎があって、それぞれが複雑に絡み合っている。彼女はとても危うい状況で、少しでも選択を間違ってしまったら、この世界から簡単に消されてしまう。直感かな? うまくは説明できないけど、そう思っているんだ。……生殺与奪の権を他人に握らせてたまるか。何かに流されて後悔したくない。だから俺は何も分からない、今の状況ではレジスタンスには加担しない。そう決めたんだ」
サカキはジョッキに残りわずかとなったビールをあおり、テーブルに強く置いた。
(さあ、キモいでも何でも言ってこい。構うものか。俺は今、無敵の人なのだから)
「……サカキはかわいいのね」
エマから発せられた、思いもよらなかった言葉にサカキはたじろぐ。
「かわいい……だと?」
「レジスタンスに入らなかった理由。なぜ世界を救う必要があるのだとか、自分に何のメリットがあるのだとか、そんなことを言っていたら幻滅してた。それが好きな女性のためだなんて……ちょっと笑えるかも」
「笑える?」
「ええ。エデルから聞いたんだけど、女の人が気になるのに苦手なんだって?」
「エデル! お前、俺がいない間に一体何を話したんだ!?」
「何をって……。全部? かな」
「その全部を教えろと言っているぅ!」
「く、苦しい……」
「知るか!」
声を裏返らせておどけてみせたエデルを、サカキはありったけの力で羽交い締めにした。
「うおお! 中年のくせになんてウブなんだ、サカキ! 決めた! 何があろうと、俺はお前の恋路を応援するからな!」
フランクリンの一際大きな声が風の囁き亭に響いていた。
あったけえ。俗に言う、そういう気持ちである。
「何なんだよ、お前ら……。おい! ジ○リのババア! 追加の酒を持って来い!」
「あいよ」
腰を曲がらせた、しわくちゃの老婆は店の奥に消えて行く。そんな調子でサカキたちの夜は更けていくのであった。
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